また一歩歩き出せるような本になるように
──失恋話をテーマにしたのはなぜですか?
この本を書くにあたって、「なにかを失ってしまったときに背中を押せるような本」というのが根底のテーマにありました。人って既存のものがなくなった時の方が「ひとり」ということにすごく向き合わされると思うんです。例えば失恋してしまっても、結局自分は自分として生き続けなきゃいけない。だから悲しいだけじゃなく、ひとりの時間に向き合って、また一歩歩き出せるような本になるように、失恋話をテーマにしました。
──なるほど。この本には、連載からインスピレーションを得た「恋愛」をテーマにした書き下ろし小説10編が収録されています。なぜ新たに小説を書き下ろそうと思ったんですか?
本にするにあたって、ホームページに掲載しない分の取材を付け加えることも考えたんです。でもそれでは不完全だと思ったんですよね。そこで小説を足したら自分の色もすごく出るんじゃないかと思いました。そこで取材記事をもとにして感じたことを繋げて小説を書きました。
──なぜ短編にしたんでしょうか?
これまで小説は書いてきたけど、短編は書いたことがなかったんですよ。だから、「新しい挑戦も踏まえたものだよ」という部分も出したかったんです。それと、取材を自分でやって生で感じてきたことがあるので、それを元にしたら書けるんじゃないかと思って挑戦しました。

──せっかくなので、ひとつずつその内容について教えてください。
最初の「微熱のバレンタイン」というお話は、「アール座読書館」のマスターの「恋愛は悪い風邪」という言葉から着想を得て書いたお話です。他の小説も取材したお店からインスパイアされたものを小説にしています。
──第2話「三度目の星野源」はどのようなテーマで書かれたんですか?
取材した「物豆奇」という喫茶店には時計がたくさんあったので、“時間”をテーマに書きました。あとはマッチングアプリの話を書いてみたかったという願望もあったんですよ。巷のカフェには「マッチングアプリで知り合ったんだろうな」という雰囲気の人たちってかなりいるんです。自分がやるとしたらどういう風になるんだろうと想像して書きました。
──「アヤと麻弥」はどうですか?
これはアヤと麻弥というVTuberのお話ですね。「邪宗門」という喫茶店には、古くて曇った鏡がたくさんあったので、そこから連想した物語ですね。人それぞれに相手を見る鏡があって、簡単に言えば「見た目が全てじゃないよね」という話を書きました。
──次の「彼女の電話番号」は男性教師が主人公ですね。
このお話の元になった「喫茶天文図舘」にはお客さんがメモ書きに自分の好きなことを書いた手紙を置いていくスペースがあったんですよ。その手紙から連想しました。あんまり恋愛要素はないんですけど、生徒とのノート上でのやり取りのお話です。
──「優雅な生活」は、またガラッと雰囲気が変わりますね。
新宿のホストみたいな世界をイメージしました。「新宿DUG」の取材で「大人とは?」みたいなお話をたくさん聞けたので、本当の大人の幸せってなんだろうって自分なりに考えましたね。お金もあってハイスペックな夫と暮らしている人の生活を覗いてみたいなと思って書きました。
──6本目の「ブラックてるてる坊主」は?
これは、妄想癖のあるお姉ちゃんとそれに振り回される妹のお話を書きました。「rompercicci」は夫婦で営んでいるお店なんです。ご飯も一緒に食べないし、どっちも考え方が違うけど、ちゃんとふたりの生活は成り立ってるみたいな関係なんですよ。でもそれぐらいが心地いいなと思って、その関係性を姉妹に落とし込んでみました。
──7本目の「嘘じゃない、おまじない」は、「ブラックてるてる坊主」のその後を描いたお話ですね。
そうなんです。このふたつだけは繋がりを持たせてみました。「ブラックてるてる坊主」で、とある経験をした妹が現場記者になるお話です。このお話の元になった「mosha cafe」の店主の加藤さんは、どこか現実ばなれしている方だったんです。加藤さんの「休むことを恐れなくていい」とか「休めばいいんだよ」という言葉から書いていきました。
──「10数えるうちに」は「旅」がテーマになっています。
「霧ヶ峰 富士見台」は、長野にある創業53年のドライブインなんですけど、この取材ではじめての遠征だったので「旅行」の話を書きたかったんです。そこで出会った店主の木川さんは、すごく家族を大切にしている方でした。ストーリーとしては、突然パートナーから別れを突きつけられた旦那さんが旅に出たら、どういうことを考えるんだろうって思って書きました。
