ライヴが一番「生きている」と思える──T字路s、結成15年目のメジャー・デビューと変わらぬ信念を語る
Photo by hiro
T字路sが、結成15年目にしてメジャー・デビュー作となるシングル「美しき人 / マイ・ウェイ」をリリースした。全力で生きる人に贈る讃歌である「美しき人」と、かの有名なフランク・シナトラ「マイ・ウェイ」のカヴァーは、これまでの道のり、そしてその先へ進む背中を見せてくれるような、ひたむきさを感じさせる。そんなメジャーデビューに際して、OTOTOYではファースト・アルバムリリース時から付き合いのある大石始を聞き手にむかえた。活動初期から現在までライヴを軸に置き、人と人との熱意の交換をもって歩みを進めてきたふたりの変わらぬ姿勢が、その話振りから伺える。
T字路sが贈る、“全力で生きる人の讃歌”
INTERVIEW : T字路s
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結成15年目にして、T字路sがまさかのメジャーデビューである。T字路sは伊東妙子(ヴォーカル、ギター)と篠田智仁(ベース)というミニマムな編成からなり、結成以来、日本各地を旅芸人的に回り続けてきた。最大の武器は聴くものの心を撃ち抜く伊東のソウルフルな歌唱であり、彼女の歌声をどっしり支える篠田のベースもT字路sならではの歌の世界を作り出してきた。
近年は数々の映画・ドラマ主題歌のほか、CMソングなども歌い、テレビなどメディア出演もさらに増えてきたT字路sだが、それでも彼らのメジャーデビューは予想外だった。しかもデビューシングル「美しき人/マイ・ウェイ」をプロデュースしたのは佐橋佳幸。山下達郎や竹内まりや、佐野元春、小田和正などの楽曲やコンサートにギタリストとして参加し、数多くの名作に関わってきたトップ・プロデューサーである。
T字路sの新しい歌の世界が花開いたメジャーデビュー・シングルのこと、近年の環境の変化のこと、そしてメジャーデビューのいきさつとこれからについて。伊東妙子と篠田智仁のふたりに話を伺った。
インタヴュー&文 : 大石始
ライヴが一番やりたいし、「生きてる」という感じがする
──個人的には前回インタヴューさせていただいたのが2017年のファーストアルバムのときだったので、8年ぶりにお話を伺います。
篠田:そうか、そんなになるんですね。
──それ以降で映画やドラマの主題歌があったり、CMソングやテレビ出演などもたくさんあって、かなり活動のフィールドが広がりましたよね。
伊東:たしかにいろいろなことに挑戦させてもらったんですけど、映画にしてもCMにしても、そのプロジェクトにT字路sの熱烈なファンがいらして、その方が「絶対にこの人たちとやりたい」という熱意をもって声をかけていただいたのがほとんどだったんですよ。
篠田:だから「事務所がとってきた仕事を受けるか」という感覚ではまったくなくて、人と人が繋がることで受けた仕事という感じでした。
伊東:熱意の応酬というか。だからやりがいがあったし、楽しくいろんな経験をさせてもらいましたね。
──15年前に活動を始めたころ、現在のような活動はイメージしていました?
伊東:もちろんイメージしてないです(笑)。
篠田:あのころは飲み屋でライヴをやる機会も多かったので、ずっと旅回り芸人みたいな感じでやっていくのかなと思ってましたね。
──あくまでも活動の軸はライヴにあると。
伊東:そうですね。ライヴが一番やりたいし、「生きてる」という感じがするんですよ。ライヴやツアーをするためにアルバムを作ってるんです。それは今も変わらない。
篠田:変わらないね。
伊東:(曲も)作ろうと思わないとできないんですよ。でも、映画やCMの曲作りはお題(テーマ)が出るじゃないですか。しかも熱い依頼をいただくことが多かったので、それに対して全力で答えることができるのですごく楽しくて。
──映画やドラマの主題歌をやったことで、今までには届いていなかった層にも自分たちの音楽が届いているという実感はありました?
伊東:うん、それはすごくありますね。このあいだライヴが終わったあとにお店の方と話していたんですけど、10代から60代まで来てたと。「そんなライヴはなかなか珍しい」といってました。
篠田:60代どころか、80代や90代の方が杖をついてくることもありますからね。あと、最初はここまでカヴァー曲をやるとは思っていなかったんですけど、カヴァーアルバムを出したことで客層は広がったと思います。
──そういう客層の広がりも結成当初はイメージしていなかったんじゃないですか。
伊東:最初はあくまでも飲み屋が主戦場だったし、そういう場所に飲みにくる世代に向けてやっていましたからね。初めてライヴハウスでやるときは転がし(モニタースピーカー)があるとやりづらいと思っていたぐらいなので(笑)。
──想定していなかった舞台に立つことになって戸惑うことはなかったんでしょうか。たとえば2022年にNHKの『うたコン』に出たときは野口五郎さんや藤あや子さんと同じ舞台に立ったわけで。
伊東:そうですよね(笑)。ああいう場なので緊張しそうなんですけど、実はあまりしなくて。
──えっ、そうなんですか?
篠田:変ないいかたになっちゃうかもしれないけど、自分たちのライヴのほうが緊張するんですよ。正直責任感を感じるというか。ライヴはお金を払って観に来てくれるわけで、下手なことができない。
伊東:そうそう。ワンマンのほうが全然緊張しますね。
篠田:もともとテレビに出るためにやってきたわけじゃないし、うちらのことなんて誰も知らないだろうから。テレビに呼んでいただけるのはありがたいけど、「反応が悪くても呼んだ方が悪いでしょ」という感覚です(笑)。
伊東:もちろん出るからには全力を尽くすんですけど、違う世界にお邪魔している感覚なんですよ。「わー、テレビの世界だ、すごいな」という。
──帰る場所はやっぱり自分たちのライヴだと。
伊東:そうですね。あとはいつも出ているフェス。橋の下世界音楽祭(愛知県豊田市)なんて絶対いいところを見せたいので、めちゃくちゃ緊張しますもん。
この歳で新人として始めるのもロマンがあると思えた
──今回のシングルでメジャーデビューとなるわけですが、どのような経緯で決まったのでしょうか。
伊東:THE STREET SLIDERSのトリビュート盤(『On The Street Again』)に参加したことがきっかけとなって、そのご縁で繋がっていったんですよ。
篠田:チバ(ユウスケ)さんが亡くなる直前にThe Birthdayと2マンをやったことがあって、そこでEpicのディレクターさんが観にきてくれて、そこから具体的に進んだ感じです。
──おふたりのなかでは「いつかメジャーでやりたい」という意識があったのでしょうか。
篠田:いやー、ないですね。正直メジャーをめざしたこともなかったし、自分たちの活動スタンスはインディーのほうが合ってると思っていたので。でも、映画やCMの話をいただくうちに、もしかしたらそういう道もあるのかな? とは思っていました。
伊東:そんなこと、思ってたんですね(笑)。
篠田:思ってないか(笑)。
伊東:ま、メジャーから声がかかるようなグループだとも思ってなかったですからね。ただ、メジャーから出すことによって自分たちの音楽がより多くの人に聴いていただけて、なおかつ多くの人の心に響いてくれるのであれば、ぜひやりたいとも思いました。
篠田:僕らもだいぶ年齢を重ねてきて、全力で動ける今しかタイミングはないんじゃないかとも思ってましたね。もう少し歳がいったら「やめとこうかな」と思ったかもしれないし。オールドすぎるルーキーというか、この歳でまた新人として始めるのもロマンがあるように思えたんです。
伊東:あと、一昨年ベスト・アルバム(『THE BEST OF T字路s』)を出して、セルフ・プロデュースでやれることは一通りやったという感覚もあって。ここからどうしようか? というタイミングでもあったんです。
──メジャーデビューの話を聞いて僕は意外に思ったんですよ。おふたりはインディペンデントでやることにこだわりがあると思っていたので。
篠田:大石さんに前回取材してもらったころまではまさにそういうモードでしたからね。今回メジャーのお話をいただくまでは当然今までのようにインディーで続けていくつもりだったけど、経験もしないでメジャーはどうというのも何だと思ったし、とりあえず飛び込んでみようと。
伊東:一言でいえば「おもしろそうだな」と思ったんですよ。