ファンの方には悲報かもしれないんですけど…
──大きな会場といえば、10月2日には、富士急ハイランド・コニファーフォレストで〈BiSH OUT of the BLUE〉が開催されました。ハシヤスメさん的には、どんなライヴになりましたか?
富士急ハイランド・コニファーフォレストで開催された〈BiSH OUT of the BLUE〉のライヴレポート
ハシヤスメ : 1曲1曲噛みしめながらやらせてもらったんですけど、個人的には1曲目の“BiSH-星が瞬く夜に-”のインパクトが強かったですね。目に見える景色が全部清掃員なんですよ。2万人もの清掃員が、自分たちのことを応援してくれているんだと思うと、嬉しくなりました。いろんなところから今日のためにきてくれた清掃員を、間近で感じられてグッときましたね。
──ハシヤスメさんのコントのファンとしては、今回のコントが映像だったのが少し残念だったんです。
ハシヤスメ : あの日は夏の野外ライヴでやりたかったことを、ありのまま見せようというコンセプトだったんです。コントをひたすら見ている間に、清掃員が熱中症で倒れるんじゃないかと心配して、「じゃあ、映像でやりましょう」ということになったんですよ。あと実は、コニファーのときのライヴは台本も含めて渡辺さんが考えてくださったんです。
──あ、そうだったんですね! あれは渡辺さんのテイストだったんですね。僕はハシヤスメさんのコントといえば、どれだけお客さんがハシヤスメさんの産み出す笑いに応えないかが勝負だと思っているんですが、最近ちょっと笑いの量が増えてきたなと感じていまして。
ハシヤスメ : もしかしたらファンの方には悲報かもしれないんですけど…。いままでは私がコントを考えてたんですけど、横浜アリーナと大阪城ホールでのライヴからはモモコグミカンパニーさんを脚本家として加えて、共同制作をする方向で進んでいっているんですよ。
──なるほど! ちょっとノリが変わってすごくウケてきたなとは思っていたんです。
ハシヤスメ : そうですね。モモコさんは文章に関する個人仕事もいっぱいしているので、脚本もいけるんじゃないかなと思って依頼しました。助けてほしいプラス脚本家としてもモモコさんにこれから輝いていってほしいなと思って、いろんな意味を込めて「コント作ってみない?」って話を持ちかけたんです。ふたりで「ああでもない。こうでもない」って話して作っています。

──おもしろかったですよ。横浜アリーナで開催された〈TO THE END TO THE END〉はどんなライヴになりましたか?
ハシヤスメ : 4年前にはじめて立ったときは、旧BiSが最後にライヴをした場所に私たちが立って、その先を繋いでいく日だったので、いろんな感情や意味のあるライヴだったんです。でも、今回はそういうなにかを背負ってやっていくような気持ちはなくて、存分に楽しむことができました。
──大きなステージでも小さなライヴハウスでも、すごく自然にライヴができているのがすごいですよね。
ハシヤスメ : メンバーといろいろ話しながら、「ここまで近づいたら清掃員は嬉しいんじゃないかな」とか「でも見せ方的には違うんじゃない?」とかいろいろ意見を出し合いながらやりました。
──BiSHが現在おこなっている12ヶ月連続リリース企画もいよいよ終盤にさしかかってきましたね。
ハシヤスメ : もうちょっとでこの連続リリースも終了するんだと思うと、ちょっと寂しい気持ちがありますね。
──8月にリリースされた“サヨナラサラバ”は、Takaさん(ONE OK ROCK)とKENTAさん(WANIMA)が楽曲を手掛けています。ハシヤスメさん的にはどんな曲になりましたか?
ハシヤスメ : 圧倒的スターのロック・バンドのおふたりなので、レコーディングはドキドキしました。でも、解散が決まっているなかで、私たちBiSHと一緒にやろうっていうタッグを組んでくれたのは心強かったです。この“サヨナラサラバ”で音楽番組に出させていただくことも多かったですし、ライヴで曲名を言うだけでも「おおー!」ってお客さんが喜んでいるのがわかるんですよ。この曲はすごく求められている気がして、嬉しかったですね。
──レコーディングはどうでしたか?
ハシヤスメ : おふたりともすごく優しい方でした。レコーディングでは、すでにOKをもらっていたんですけど、個人的に「もうちょっといけるはずなのにな」と思ったので、「もう1回やらせてください」って頼んでやらせていただきました。普段のレコーディングではそんなことはあまりないんですけど、そういうお願いもしやすいムードを作ってくださったんです。ふたりの空気感が明るいノリだったので、リラックスしてレコーディングできました。TakaさんとKENTAさんを見て、そういう朗らかな雰囲気を作れるような人になりたいと思いましたね。
