REVIEWS : 098 合成音声音楽(2025年6月)──yaginiwa

"REVIEWS"は「ココに来ればなにかしらおもしろい新譜に出会える」をモットーに、さまざまな書き手がここ数ヶ月の新譜からエッセンシャルな9枚を選びレヴューするコーナー。今回は自身もボーカロイドを用いて音楽制作するyaginiwaが、合成音声音楽をテーマに執筆時から3ヶ月の新譜を9枚ピックアップ。
OTOTOY REVIEWS 098
『合成音声音楽(2025年6月)』
文・選 : yaginiwa
タチマナユ 『White Point』
ボカロPユニット、サタスコの一員でもあるタチマナユによるファーストEP。サッドコア、ポストロックなどを彷彿とさせる感傷的なギターから始まるこのEPは、生楽器の質感とエレクトロニカを融合したサウンドで展開されていきます。中盤のエレクトロニカ系の楽曲群に対し最初と最後に生ドラムの音が土台となった楽曲が配置されていることで、EPを聴き終えた後に電子音楽が描く内省的な情景と薄暗い現実世界を行き来したような感覚に陥ります。本人がリスペクトとして挙げているKAIRUI、 quoreeがボカロPやトラックメイカーに投げかけたオルタナティブな感性を、タチマナユなりのアプローチで磨き上げて作られた快作です。
Guppy『guppy My Sweet』
Label :Dismiss Yourself
Guppyのセカンド・アルバムは前作に引き続き〈Dismiss Yourself〉よりリリース。フィジェット・ハウス / インダストリアルなどを感じる攻撃的な作風の前作から一転、今作のテーマは渋谷系。渋谷系とはいえ、90年代直系のサウンドというよりもネオ渋谷系 / アキシブ系、そしてボカロ / ゲーム音楽などインターネット / ナード的感覚を経由したからこそ出力できるサウンド感です。6曲目の"Frogs can be cute too"はカワイイフューチャーベースからの影響を感じ、10年代以降ならではのジャンルのミックス感覚もあります。そして全編通してGuppyサウンドならではの不穏なムードも醸し味出され、聴けば聴くほど不思議な感覚に陥っていくような味わい深い作品です。
杏ノ雲『canvas』
Label :Siren for Charlotte
「遠泳音楽」をテーマに高い審美眼によってリリースを重ねる音楽レーベル〈Siren for Charlotte〉より、杏ノ雲のファーストEP。2ステップ / ガラージのリズムから始まるこの作品は全体的にベースミュージックからの影響を下地に感じます。例えば3曲目の"白紙 "はエレクトロニカをベースとした美しい音像の中で展開されるドラムンベースで秀逸。ですがそういった下地の上に痛みと美しさを兼ね備えた叙情的な詩とサウンドが重なり、聴いているうちに杏ノ雲の追憶に共鳴するように音の中に溶け込んでいきます。そしてその中で初音ミクの声がcanvasに想いを描くように響くミクトロニカ(=初音ミク+エレクトロニカ)作品です。