INTERVIEW : きのホ。(小花衣こはる、桜寝あした)

インタビュー : 飯田仁一郎
文 : 西田健
撮影 : 大橋祐希
フジロックのような、憧れてきたステージに立ちたい
──きのホ。は全員京都の出身ではないですが、「京都のアイドル」と言われることについて、どのように考えていますか?
小花衣こはる(以下、小花衣):これまで4年活動してきたんですけど、KBS京都でレギュラーのラジオ番組を持たせてもらったり、1日警察署長を務めたり、京都市役所の前でフェスを開催したりと、京都とのつながりがどんどん深まっているんです。京都のイベントに出演したとき、たまたま通りかかったおじいちゃんやおばあちゃん、家族連れの方々にも見てもらえたり、じわじわと「京都のアイドル」として認められつつあるのかなと思います。最近きのホ。を好きになってくれた京都の人が、「きのホ。が京都にいるから京都に住んでいてよかった」って言ってくれたんですよ。それがすごく嬉しかったんです。
桜寝あした(以下、桜寝):私たちが京都にいる意味を、いろんな人が作ってくれている感じがします。「京都でやっててよかった」と思う機会はここ1年くらいでめちゃくちゃ増えましたね。でも私は、いわゆる “ご当地アイドル“にはなりたくないんです。今の活動は本当にありがたいことばかりなんですけど、このままではいけないという気持ちもあります。私たちはあくまで“ライヴ・アイドル“だし、目指しているのは京都の名だたるバンドのような存在なんですよ。知ってもらうことも大切ですが、それと同時に私たちの軸となるライヴをもっとたくさんやっていきたいです。


──おふたりが目指しているものはありますか?
桜寝:私はバンドが大好きなんです。だからこそ、アイドルという枠にとらわれたくなくて。フジロックのような、自分がずっと憧れてきたステージに立ちたいんですよね。その夢を、きのホ。としてひとつひとつ叶えていけたらいいなと。
小花衣:私は、でんぱ組.incさんみたいな存在になりたいです。私がアイドルを好きになったきっかけが、でんぱ組.incさんだったんです。特にメンバーのみりんちゃん(古川未鈴)は、お母さんになってもアイドルを続けていて、きのホ。で最年長の私もその姿に勇気づけられていました。いま私の姿を見て、「アイドルになりたい」と言ってくれるお客さんや、「勇気をもらった」と話してくれる同い年の子がいて、私の活動が誰かの力になっているんだと感じることが増えたんです。だからこそ、まだまだこれからも、できるところまで挑戦し続けたいと思っています。


──昨年2024年に開催された、〈きのホ。3周年企画 まだ行ったことないところツアー 『さんホ。〜3年経ったポップスターたちはどこまでも〜』〉 では、10月14日の浦和公演を皮切りに12月28日の東京代官山公演まで、約2ヶ月半で17ヶ所のライヴを行いましたね。
小花衣:このツアーは、私たちがいつも「ライヴに来てほしい」って言ってばかりだったから、そうじゃなくて私たちが行ったことがないところに行く、というコンセプトだったんです。
桜寝:もともとは、メンバーの御堂莉くるみが47都道府県ツアーをやりたいと言っていたんです。現実的に考えて、いまのきのホ。でできる最大の規模感が17ヶ所くらいだねというところに落ち着きました。
──実際やってみていかがでしたか?
小花衣:楽しかったんですけど、同じくらい涙も沢山流しました。2ヶ月で17ヶ所もワンマン・ライヴをすることっていままでなかったんですよ。そのペースだと1回1回最高を更新していくことが難しくて、そのプレッシャーもあったんです。それにツアー初日の浦和が、ピークかってくらいにめちゃくちゃ盛り上がったんですよ。次の神戸でそれが下がっちゃった感じがあって、この盛り上がりをライヴごとに更新していくのは大変だぞと思いました。
桜寝:それは全員思ってたかもしれないね。神戸公演も全力でやりましたし、決して悪い出来ではなかったと思います。でも、何かしっくりこなくて。それでみんなで悩みました。
──どう調整していったんですか?
桜寝:MCとか細かいライヴ構成を意識することで出来栄えが変わってくることに気づいたんです。そこから話し合いが増えました。ひとつのMCに対しても何回も話して決めました。そうやって毎回やっていくうちに新しいライヴの作りかたが見えてきて、「ワンマン・ライヴってすごく幸せな空間だったんだな」って気づきはじめて、嬉しくて泣いたこともありました。
小花衣:わかる。私も「ライヴって楽しい!」って改めてこのツアーで思った。回を重ねていくうちに「その日にしかできないライヴをやるんだ」って気持ちにシフトして、楽しむことができました。
