人と人がちゃんと出会える仕組みとして「文明」は存在している

──“Beat my Spring(春を斃して!!)”と“ミュヲラ”は、リアルサウンドにて詳しいインタヴューが公開されているので、それ以外の楽曲をお訊きします。冒頭を飾る“はじめてあなたを”は、どんなことを歌っている曲ですか?
paya:「どうして人は歌を歌えるのか」という問いから作った曲です。絵を描いたり歌を歌うのは人間だけじゃないけど、人間がそれを得意なのはなぜかと。「歌を歌える領域」が人のなかでどんな瞬間に生まれたのかを思い巡らせていたときに、「はじめてあなたを / 海と見間違えた時 / 歌が歌えるようになったの」という歌詞が自然と浮かんできて、僕はすごく納得がいったんですよね。この言葉なら嘘っぽくならないと思ったんです。それは、僕以外の人にとっても嘘っぽくならなければいいなという願いも込めています。
──2曲目の“Fake ghost”について教えてください。
paya:「文明」は人と人がちゃんと出会える仕組みとして存在しているのかなと思ったんです。それは物理的にも、詩的な意味においても。なので、この曲でいちばん歌いたかったのは「会いたいよ」という歌詞なんです。あまり自分ぽくないと思ったんですけど、どうしても言いたくて。
──「Fake ghost」とは、どんな存在ですか?
paya:偽物でもいいから“この曲の中でだけ会える”存在がいたらいいなと思っていたんです。それはもしかしたら“ゴースト”みたいなものかもしれないと。偽物のお化けでもいいから、“この曲の中でだけ会える”という感覚を持たせたかったんです。
──音楽的なアプローチは?
paya:有機的な雰囲気を出したくて、人の声から作った音をたくさん入れました。ギターやシンセも含めて、“生きているような気がする音”を意識しています。
吉居:僕はシンプルに攻める曲だと思ったので、音の立ち上がりの速さを意識しました。
いしし:明るくて元気な歌を目指して、自分の明るさの限界を突破するためにジャンプした直後に歌録りをしました(笑)。

──“ルーデンス”はどんな曲ですか?
paya:「ルーデンス」はラテン語で「遊び」という意味で、「文明」の成立にとって「遊び」は重要な要素だと思ったので、それを表現しました。あとは、僕らの音楽との向き合いかたにおいても「遊び」というテーマは大切だと感じたんです。
──前に進んでいくようなビート感も特徴的ですね。
paya:そうですね。この曲は一度大幅にアレンジを変えていて、もとはブレイクビーツっぽい疾走感のある形でした。でも、自分の足で歩いていくようなビートの方がしっくりきたんです。
いしし:サビ前のスキャットは50音には当てはまらない発声が多くて、掛け合いも含めて特にこだわった部分です。歌のリズム・キープが難しい曲です。
──続いて“機内_天使”はどんな曲でしょうか?
paya:これは僕らの自主企画〈【借景】act.1『Meta-漏れる眼-bathrooM』〉(2024年5月)がきっかけになっていて……。今回のアルバムのテーマである「文明」という言葉は、古代文明のように古くからの時間の流れを想像することもできるし、文明の利器のように最新の技術を思い浮かべることもできますよね。そういった「文明」の広い側面のことを歌いたいたくて作りました。
最近の科学技術の進歩で、人間の感覚や存在そのものが揺らいでいるように感じます。自分の感覚がどこまで信じられるのか、わからなくなる。そんな思考を巡らせる場所として「bathrooM = お風呂場」がしっくりきたんです。
──歌詞では中国語が出てきますね。
paya:音としての収まりがよく、字面も美しいと感じたんです。紙の上で完成された形があるというか。
──「天使」はどういう存在として描いていますか?
paya:僕はヴァーチャルな空間に対して少し不気味な清潔感を覚えるんです。密閉された無菌状態の世界のように感じて、そのイメージを曲名の「機内」という言葉に重ねています。「天使」というのも想像上の存在としてヴァーチャルと近い不気味な清潔さを帯びているように感じるんですよね。僕のなかで近い言葉としてタイトルに並べています。

──吉居さんはこの曲でどんなことを意識しましたか?
吉居:雰囲気やビートに合わせて、ポイントでギターを入れました。payaさんのフリューガーボーンからギター・ソロへ受け継ぐセクションでは、クリーンなイメージで弾きました。
──“明日は図書館に行くのだ”は、どういった情景が描かれているのでしょうか?
paya:僕は「街」について考えるのが好きで、そのことを曲にしたくて書きました。ずっと心の中にあったけど言葉にしてこなかった考えが、自然と曲になったような感覚です。人が集まって暮らす「街」は、文明にとって欠かせない存在だと思うんですよね。
──この曲は幽コミの新たな軸となるような曲だと感じました。
paya:そうですね。僕としてもこの曲への思い入れは強いです。サビ最後の「明日は図書館に行くのだ」は、毎回泣きそうになります。うまく言い表せないけど、重要な位置を占めている曲ですね。
吉居:わかる。この曲は本当に泣きそうになるよね。
──音楽的なアプローチはいかがでしょうか。
paya:この曲は頭で考えずに歌とガット・ギターで手を動かして作ったので、アクロバティックなコード・ワークになりました。
いしし:幽コミでは珍しく転調があります。転調、大好きです(笑)。
──続いて“Daisy Bell”はインタールード的な役割ですか?
paya:ほかの曲と性格が違ってかなり特殊な曲ではあります。僕らがいま作っている音楽はゼロから生み出したものではなく、長い歴史のなかで人類がひとつひとつ積み上げていった土台の上に薄くもう一段重ねているだけなんですよね。1892年に作られた歴史ある曲をカヴァーすることで、そのことを表現したかったんです。