2025/04/11 18:00

光を求めて抗うために、僕たちには音楽がある──Keishi Tanaka × Ryu(Ryu Matsuyama)対談

Keishi Tanaka、Ryu(Ryu Matsuyama)
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Keishi Tanakaが2025年1月に6枚目となるアルバム『Like A Diary』を発表した。主にバンドでのレコーディングを続けてきたKeishiにとって新たな試みとなる「打ち込み」が軸となり、自宅のスタジオにて約1年の期間をかけて“日記つけるように”制作は行われた。そのサウンドからは陽の温もりや風のそよぎを感じ、歌詞には自分の目を眩ませるものに対抗する力強さが宿っている。内側にこもって作ったものが、外にひらいていく。自分のためにあった音楽が、誰かのためのものになっていく。アルバム収録曲である「Precious Time」ではアレンジャーとして携わったRyu(Ryu Matsuyama)とKeishi Tanaka、それぞれのミュージシャンが思う、音楽が持つ力とは。

風や光を運ぶサウンドと力強い歌で、春の背中を押す『Like A Diary』


INTERVIEW : Keishi Tanaka × Ryu(Ryu Matsuyama)


私たちは、どうやって光を生み出し得るのだろう?──そんな問いと、その先にある実践と、日々や自然と共に動き続ける心、そして、責任ある答え。あるひとつの季節における、そのすべてがパッケージングされているアルバムである。Keishi Tanakaの6作目のフル・アルバム『Like A Diary』。全編を自宅スタジオでレコーディング、さらに「打ち込み」というコンセプトを軸に、明確な締め切りを設定せず約1年間にわたって日々を積み重ねていくように制作された本作は、だからと言って、決して内省的なシンガー・ソングライター・アルバムという枠には収まらない。喜びの歌も、喪失の歌も、ここに収録された楽曲たちはすべてが確かな人生の実感を伴って、私たちを狭く暗い場所に閉じ込めようとするものに全力で抗う力強さを抱いている。アルバムのジャケットに映るKeishiの姿は、一見椅子に腰かけてくつろいでいるようで、同時に、注意深く未来の行く先を見定めようとしているようでもある。私たちはどんな場所にだって行ける。だから注意深く見つめ、考える。光に向かうために。

以下からお送りするのは、本作の2曲目「Precious Time」の制作にアレンジャーとして参加したRyu(Ryu Matsuyama)とKeishiの対談。その時々の自身の人生を昇華した、まるで「生きもの」のようなポップ・ミュージックを作り続けているという点において、深い場所での共振を感じさせるふたりである。笑いのたくさんある楽しい時間であり、その奥に両者の音楽家としての芯の強さと豊かな生命力を感じる、そんな対談となった。

インタヴュー・文 : 天野史彬
撮影 : 山川哲矢

自分とは違うスタイルだからこそ、面白いことが起こりそうだなと思った(Keishi)

──今回、おふたりがコラボレーションするに至ったのにはどのような経緯があったのでしょうか?

Keishi:今回は「自宅スタジオで作る」、それに「打ち込みで作る」っていう全体的なコンセプトがあったんですけど、自宅で作るからと言って、ひとりで作ることにこだわったわけではなくて。「シンセベースじゃなくて、ソウルフルな弦のベースがほしい」と思ってナガイケジョーさん(SCOOBIE DO)に弾いてもらった曲もあるし、「1曲くらいは他の人にアレンジをお願いしたい」とも思っていたんです。

中でも「Precious Time」はピアノのアレンジにしたい曲だったので、この曲を誰かに頼もうと思っていて。それで、ピアノが弾ける人で、「打ち込み」というコンセプトに理解がある人、なおかつ僕は歌を歌う人間なので、歌心がある人……そう考えた時に、Ryuくんに辿り着いたっていう感じでした。もっと言うと、今回に限らず、ライヴの対バンを考えたり、制作のことをスタッフと話し合ったりする中で、Ryuくんの名前が出ることは多かったんですよ。

Ryu:おお、ありがとうございます。

Keishi:あと、Ryuくんの『from here to there』(2022年)というアルバムがすごく好きで。あのアルバムにはmabanuaくんとか優河さんとか、僕も好きなミュージシャンの名前がクレジットされていたし、コラボという表現がしっかりハマっている人という印象もあったんですよね。

──そもそも、おふたりの間に交流はあったんですか?

Ryu:対バンをしたのが2回くらいですよね。

Keishi:そう、なのでお互いに知ってはいるけど、飲みに行ったりするような関係ではない感じで。勇気を出して声をかけました(笑)。Ryuくんが自分とは違うスタイルの人だという部分も大きかったと思います。ピアノを弾きながら歌うというスタイルもそうだし、ミュージシャンとして出てきたところも違うと思うし。そういう人だからこそ、一緒にやって面白いことが起こりそうだなと思ったので。

Ryu:僕は単純に、超ビックリしましたけどね(笑)。

Keishi :(笑)。意外だった?

Ryu:意外でした。そこまで深い交流はなかったので。Keishiさんの活動はもちろん知っているし、札幌で対バンした時の打ち上げの記憶も鮮明に残っているんですけど……。

Keishi:そうだよね、あの打ち上げは俺も鮮明に覚えてる(笑)。

Ryu:それでも「本当に僕の音楽性でいいのかな?」というのは思いましたね。僕の音楽って、自分ではナチュラルにやっているつもりなんですけど、根がオルタナティヴな人間なので、アレンジもオルタナティヴにしがちなんですよ。それで「大丈夫かな?」って不安になったのは覚えてます。

──ただ、今日の現場に入られてからのおふたりの空気感を見ると「長い友人同士のようだな」と思いましたし、結果的にはとてもいい空気の中で「Precious Time」の制作も進んだのかなと思ったのですが、実際にはどうでしたか?

Ryu:制作を始める前に、〈FEVER TOURS 2024 in HOKUTO〉というイベントにお互いに弾き語りで出る機会があって。その時の僕のステージを観て、Keishiさんが「そういえば、Ryuくんってこういう音楽性の人だったわ」って言ってたんですよ(笑)。確かに僕はソロになればなるほどディープに、オルタナティヴな方向に行きがちなんですけど、それを言われた時、そもそも不安だったのがさらに「本当に俺で大丈夫なのか?」と思って(笑)。

Keishi:あれは、オファーした段階では捉え切れていなかったRyuくんの音楽的な側面があのライヴで見えた感じがしたんだよ。ボン・イヴェール的な声の使い方……と言う表現が合っているかはわからないけど、そういう部分とかね。それで、「Ryuくんこういうパフォーマンスをするんだ!」と改めて思ったの。むしろ僕は、あの日のRyuくんのライヴを観ながら曲の完成形を想像するのがすごく楽しかった。

あとはなにより、あの日直接会えたのは大きかったなと思う。アレンジのオファーをして、制作が始まる前のいいタイミングであのイベントがあったんだよね。いきなりメールでやり取りを始めず、実際に顔を見て「よろしくお願いします」と言えたのはよかった。

Ryu:ほんとにそうですね。制作を始める前にお会いできたのはよかった。

Keishi:あの日、アレンジに声を掛けた理由をRyuくんに直接伝えて。あと、基本になるデモと「打ち込み」というコンセプトはあるけど、それ以外は自由に、好きにやってほしいということも伝えました。そこからは基本的にオンラインでのやり取りが多かったですね。面白かったのは、やり取りは全部インスタのDMでやったんだよね。途中でLINEやメールに移らず、全部インスタのDMでやって終わったというのは……今思うと面白いね(笑)。

Ryu:僕も「最後までインスタのDMなんだ?」と思ってました(笑)。

この記事の編集者
石川 幸穂

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