なきごとが描く、「ふたり」の音楽が混じり合う“魔法の時間”──メジャー初EPで「“愛”とはなにか」を問う
インディーシーンで着実に実力をつけてきた、2人組バンド、なきごとのメジャー・デビューEP『マジックアワー』が完成した。空が魔法のように染まる一瞬を切り取ったこの作品には、恋の温度差を描く“短夜”(MBSドラマ特区「彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる2nd Stage」エンディング主題歌)、愛と創作を重ねた“愛才”(深夜ドラマ「それでも俺は、妻としたい」のオープニング主題歌)、などどの楽曲にも繊細な視点と確かな物語が息づいている。「ポップだけどロックでありたい」。そんなバンドとしての美学が、今作ではよりくっきりと音像化され、ギター・サウンドのディテールや歌詞の余白にまで貫かれている。なきごとはいま、何を歌い、何を伝えたいのか。水上えみり(Vo. Gt)、岡田安未(Gt.Cho)のふたりに話を訊いた。
なきごとの美学が詰め込まれたメジャー・デビューEP
INTERVIEW : なきごと
なきごとがついにメジャー・デビューを果たす。EP『マジックアワー』を携え、新たな一歩を踏み出した彼女たちにとってのメジャーデビューとは、華やかな門出ではなく、これまでと地続きの延長線だという。その穏やかな確信と共に紡がれる、音楽へのまっすぐな想いとはなんなのだろうか。空が魔法のように染まる“マジックアワー”をタイトルに冠した今作には、水上えみりと岡田安未、それぞれの色がにじみ、混ざり合う。恋と愛、創作と日常、そして幸せと絶望——“言葉”と“音”のあいだにある揺らぎを丁寧にすくい取った、なきごとの優しい哲学が詰まった作品だ。メジャーのフィールドに立ってなお、自分たちを信じて歩むふたりのリアルな声を、お届けしよう。
インタビュー・文:ニシダケン
撮影 : 宇佐美亮
異なる音楽性を持つなきごとの2人が混ざり合う『マジックアワー』
──なきごとは今作EP『マジックアワー』がメジャー初のリリースとなります。メジャー・デビューした今の心境を教えてください。
水上えみり(Vo.Gt):メジャー・デビューは、バンドを志すうえで漠然とした目標だったので、すごくありがたいですね。今までの延長線上で、これまでやってきたことが地続きで続いているイメージです。
岡田安未(Gt.Cho):バンドとしての夢だったので、やっぱり嬉しいです。でもだからこそ、気持ちは落ち着いたまま、これまで通りにやっていきたいという思いがあります。
──周囲からの反応はどうでしたか?
水上:最近、友達が「今しかないから!」とご飯を奢ってくれるようになりました(笑)たぶん良くも悪くも、結婚みたいな、一生に一度あるかないかっていう感覚なんでしょうかね(笑)。
──大きな変化は、現時点ではそれほどないですか?
水上:そうですね。個人的にはチーム体制が広がったというのが一番大きな変化かもしれません。作品についても今までは自分の中で完結していた部分が、他の人の視点でどう映るかというディスカッションが増えました。でもすごく寄り添ってもらってるというか。自由にやらせてもらっていてありがたいです。
――曲作りのスタイルが変わったりもしてない?
水上:そこに関しては変わらずですね。なきごとは、私が作詞・作曲を担当して、そこにアレンジャーさんが入って、それを岡田がブラッシュアップするという曲作りのやり方なんです。それに関しても1、2年前ぐらいからアレンジャーさんを迎えてやっていたので、大きく変わった印象もないですね。
岡田:今までの活動で固めていったものが、メジャーになって、より強固になっていくみたいな印象です。
──そして2025年7月9日には、EP『マジックアワー』がリリースされます。「マジックアワー」は、日の出前後や日没前後の数十分間、空が魔法のように美しい色に染まる時間帯を指しますが、タイトルにつけたのはどうしてですか?
水上:「マジックアワー」って、朝と夜、夕方と夜が混ざる時間帯のことを指すんですけど、私と岡田も、音楽においては異なる方向を向いているようで、でも混ざり合っていると思うんです。その関係性が表現できた作品になったなと。「なきごと」という音楽、そしてふたりのバンド像を象徴するようなEPですね。
岡田:タイトルは完全にえみりにお任せしているんですけど、今回も「ぴったりだな」と思いました。今回のジャケットにも、ふたりの色がそこに表現されているようで、しっくりきましたね。
水上:ジャケットは”愛才”や“たぶん、愛”のデジタル・ジャケットに続いて、今回もお花をモチーフにしていて。これまで氷の中に花びらが閉じ込められていたものが、溶けて水の上に浮かんで、今回はそれが花瓶に入ってちゃんと“花の形”になっているんです。そこにも混ざり合っている感じがあって。素敵に表現していただけたなと思っています。

──今作全体でサウンド面でこだわった部分はありますか?
水上:全体としては、ポップでありながらもロックであるという“混ざり合い”をすごく意識しました。楽曲としてはキャッチーなんですけど、ポップになりすぎないように、リード・ギターではロックのテイストをしっかり出しました。
岡田:今回は、それぞれの曲の色に合わせてギターのアプローチを変えて、しっかり向き合って考えました。エフェクトだったり、弾き方だったり、新しいトライをしていて。そこは、自分でも挑戦だったし、変化だったと思います。
──まず1曲目の“短夜”は、MBS ドラマ特区枠「彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる2nd Stage」エンディング主題歌ですね。
水上:この曲は、ドラマの書き下ろしで作った楽曲ですね。ドラマのなかでは、同棲を始めたカップルのすれ違いや、触れ合いたいけど壊してしまいそうで触れられない…みたいな、すごくじれったい関係性を描いているんです。でもどこか胸をくすぐるようなところもあって。その雰囲気に寄り添って歌詞を書いていきました。
たとえば、2人でベッドに寝ていて、暑くて眠れない夜とか、2人でいる時間の経過や、一緒にいない時の気持ちの変化だったり。そういう“湿度”のある空気感がこの曲にはあると思っています。あと、このタイアップを通して、なきごとがメジャーに進んでいく中で、夢を叶えてきたことや、これから叶えたいと思っていることに、ずっと寄り添ってくれている「ニンゲン’s」(なきごとのファンの呼称)に向けた感謝や思いも込めて書いた曲です。
──岡田さんはサウンド面でどんなことを意識されましたか?
岡田:AメロやBメロでは、ベッドサイドにあるキャンドルの炎がゆらゆら揺れているような雰囲気を意識しました。サビはすごくまっすぐに、「あなた」に向かって感情が走っていくようなパワーを感じたので、勢いを持って弾きました。一方で、ギターソロではぶち壊すような、人間くささ全開のソロにしています。自分の感情をそのまま音に乗せるみたいなイメージで弾きました。
──歌詞のなかに「あなた」がたくさん出てくるのも印象的でした。だからこその湿度も僕は感じていて。
水上:確かに男性の視点からすると、湿度高めに感じるかもしれないですね。ドラマに登場するふたりのなかに「あなた」が頭の中にいっぱいあって、それをちゃんと形にした曲だと思ってます。サビでもずっと「あなた」が続くので、確かに愛が重いかもしれない(笑)。
岡田:恋愛感って、男女で見え方違うの面白いよね(笑)。
──ドラマ内では、彩香ちゃんが「弘子先輩!弘子先輩!」って大きな愛を伝えるじゃないですか。それが「あなた」が連呼される、この曲に重ねて聴くと、すごく合っている気がしていて。
水上:私の個人的な見解ですが、弘子先輩の方もすごく愛情深いですし、付き合った後の溺愛っぷりが可愛いなと思っているんです。どっちの視点で聴いても成立するように歌詞を書きました。素直なところや「追っかけたい」みたいなところは、彩香ちゃんっぽいと思うんですけど。内に秘めた「あなたでいっぱい」みたいなところは、弘子先輩っぽさともとれるようにを意識しました。