ミュージシャンにとっても、より「個の力」が求められる
LEFTY:ソニーではマーケティングを担当されていたそうなんですが、「マーケティングとは何か」と聞かれたらどう答えますか?「丸さん流のマーケティング論」を伺いたいなと。
丸山:昔ね、俺が学校出てすぐの頃、日本に「マーケティング」っていう言葉が初めて輸入されたわけ。で、大学にも講座ができていた。その時のマーケティングって、広告とか販売促進とかものすごく技術的なことをやっていて。それはそれで必要なことなんだけど、僕らは音楽をやってる。そして音楽をやってるのは「人」じゃない。その「人」に向かって、マーケティングっていうことを振りかざすのは、やっぱりおかしいだろって思うんだよ。
LEFTY:なるほど。
丸山:でも世の中は、みんなマーケティングだって言うのよ。マーケティングっていうのはある種の普通の法則があるから。でもそんなことを意識すると、みんなやってることが同じになっちゃうよね。例えばAとBのメーカーのチョコレートがあったとして、その違い、素人からしたら大して変わんねえやな。だけどさ、ミュージシャンのAさんとBさんは明らかに違うからね。それをひとつのマーケティングの理論の中で片付けるのは絶対無理で。その人に合わせて、その人が気持ちよくやってくれることを、俺たちは言わなきゃいけないわけだよね。
LEFTY:僕もアーティスト時代に大手メーカーと契約して活動してた時に、企業としては、ヒットの再現性みたいなものを求めたがるし、成功事例にのっとったマーケティングをしたがるんですよね。
丸山:その方が安心するからな。
LEFTY:安心マーケティングというか、「安心メディアプロモーション」とか、そういった規定販路というのに自分も違和感を感じながらも乗っかっていた時期もあり。その時に当時のA&Rやマネジメントには話しましたね。結局は「新しいことをやっていこう」とか「このアーティストに合わせて、オンリーワンのプロモーション、マーケティングをやっていこう」という考えの人に出会えることって、なかなかないのかなと思ったりもして。
丸山:マーケティングって言葉もやっぱりね、音楽業界から追放した方がいいよ。マーケティングって言葉で、全てがパターン化されちゃって。AさんとBさんって人は違うのに、同じマーケティングの手法に入れちゃおうってなるじゃん。「それは違うんだよ」ってもう強固に言わないといけない。
LEFTY:これはエンターテインメント全体に関してももちろんそうですけど、パーソナルを売ってる仕事って、既定路線に乗せるっていうことが必ずしも、正解ではないというか。人間社会で営んでいる以上、この人に合ったものを常に考え続けるみたいなことって、必要なんじゃないかな、と思ったりもするんですよね。
丸山:みんなパターン化するでしょ。例えば映画を作るとする。そうすると、初日に舞台挨拶がある。テレビはドラマが始まると、番宣と称してバラエティか何かでその役者が、みんな出るじゃない。もうみんなそのパターン。それを、毎回同じパターンでやるっていうのは、やっぱり考える意欲をなくしてるよね。
LEFTY:そうですね。「これって必要?」みたいなことって、あるんですよね。でもそれを言ってしまうと、「やっぱ周りからは、こいつめんどくせえな」って思われてしまう。それで、「めんどくせえ」って思われるぐらいだったら、このままやっちゃうか、みたいな感じで(笑)。ちなみに丸さんは、めんどくさいって思われるようなことはなかったですか?
丸山:まあ俺はスタッフ側だから、逆によくめんどくさいことを言われるんだけど、「うるせえ」とは言わないんだよ。なるべくそれを聞いてあげるようにしてる。まあ、だから俺は人気なんだろうね(笑)。
LEFTY:そうですよね(笑)。それを聞いてあげる側っていうのって、非常に尊いですよね。
丸山:まあ、だから忍耐がいるけどな。
LEFTY:こうしてお話を伺っているだけで、丸さんと一緒に仕事ができるのは幸せなことだと感じるんです。アーティストやミューシャンって孤独じゃないですか。疎外感みたいなものを感じながら表現をしている中で、理解者がいることってすごく嬉しいと思うんですよね。
丸山:言っとくけど、理解はしてないんだよ。だって、分かんないんだ。でも、もともと俺はそういう素養はないから、理解してない。だからちゃんと聞こうって思ってる。
LEFTY:いやでも、そのスタンスは、我々アーティスト的には、理解者と言えるかもしれないですよ。それは非常に幸せだなと思いますよ。
昨今、こういったインターネットの普及もあり、音楽マーケットのみならず、世界的にエンターテイメントの形が大きく変わってきていると思うんです。丸さんは、今の時代のエンターテイメントをどう捉えていますか?
丸山:いまは基本的にはクリエイターが個人で発信したものを、業界人が「それをビジネスの方に持っていってあげるよ」って甘い言葉を囁いて、その著作物を取り上げるわけじゃん。それで、このエンタメのビジネスっていうのは成立してる。でもインターネットが普及して、作ってる人たちが、そのまま出すっていうのは原理的にできるようになっちゃった。そうすると、ものすごくびっくりするようなものをクリエイターが作っちゃえば、商売が上手いかどうかは別にして、世の中に広めることは可能だよね。だから、クリエイターもそういう時代が来たんだから、スタッフはもっとどれだけクリエイターをお手伝いできるか、を考えないとクリエイターからカットされる時代に来ている。
LEFTY:そうですね。僕らが20代の頃は大手レーベルから話が来た時点でもう「イエーイ!」みたいな感じだったんですよね。レーベルと契約することが、スタートであり、ある種のゴールでもあった。でも最近のネットで活動してる子と話すと、「メジャーデビュー」という言葉にあんまりピンとこない、みたいな話をよく聞くんですよ。自分でもマネタイズできるし、それが必要とされる時代になってきた。だからレコード会社やマネジメントは、彼らができないところの領域に対して、どうアプローチできるかを示すことが、めちゃめちゃ重要になってくると思います。
丸山:原理的には、例えばレーベルの人間はもはや、ミュージシャンに必要とされてない、って自覚するかどうかだよね。自覚しないと、相変わらず「大きいレーベルに俺はいる」って思ってしまう。自分は、このミュージシャンのために、これくらいお手伝いができて、彼らが自分を必要としてるって思えるかどうかだよね。それが思えないと、ミュージシャンともちゃんとした対等の話ができない。
LEFTY:そうですね。いや、まさにですね。
丸山:そこのところなんだよ。悩みの種が。俺はもう先が短いけどさ、自分の今後どうしようかな、と思うもんね。自分の年齢なんかふと忘れて、まだまだ自分が仕事してる気分になってる(笑)。
LEFTY:もう生涯、そのスタンスなんでしょうね。どういう形でアーティストと付き合ってるかみたいな観点で言うと、丸さんが小室哲哉さんとご一緒されてたときに、専属契約という形じゃなくて、エージェントという方式でavexと契約をされていたじゃないですか。当時はおそらく前例のないことだったと思うんですけど。その頃の丸さんの実感としてはどうでしたか?
丸山:すげえ嫌われたんだよ。マネジメントをやってる人からは「エージェントっていう形は、プロダクションの否定である」って言われた。「丸さんがプロダクションを潰そうとしてる」っていう噂が流れて、ひどい言われようだった。
LEFTY:ははは(笑)。でも、僕は形としてはすごく健全かなって思うんですよ。
丸山:例えば、開発費、つまり「新人を売り出すための費用っていうのは誰が出すの?」っていう問題があって。それは基本的にはプロダクションが出してるんだけと、それを回収するためにはエージェントじゃなくて、プロダクションっていう形じゃないといけないんだよね。そうなると初期に投下した費用は回収できないじゃん。でもプロダクションじゃなくてレコード会社がその費用を出してるんだったら、基本的にはCDの売り上げで回収すればいい、だからエージェントっていうのは成立するよなって思ったんだよ。でもそこのところで理屈が伝わらなくて、「プロダクションの否定だ! アイツは許せない」になってしまった。
LEFTY:やっぱり新しいことを始めていくことに対して、痛みは伴いますよね。今の時代は、幸か不幸か、アーティストが自身で音楽を発信して、セルフマネジメントができるようになってきている。環境が変わることによって、業界も変わっていって、ミュージシャンにとっても、より「個の力」が求められるようになっていく時代になっていくのかなと思います。