「音楽って宇宙みたいなもの」──大柴広己の真髄に触れた新作『光失えどその先へ』

大柴広己の新作『光失えどその先へ』。タイトルからは正しくコロナ禍のことを歌ったアルバムを連想するが、どうやらそうではないらしい。なんと、2018年にリリースされたファースト・アルバム『人間関係』からの“繋がり”が隠されているとのことだ。そんな長期にわたる思考を辿った後、本日リリースされた新作の収録曲それぞれについてもたっぷりとお伺いした。15周年を迎えるこれまでの道中で、芽生えた喜怒哀楽、見た景色、変化した想いなど、そういったもの全てが反映された1枚だと思う。制作はたった3人、レコーディングは6畳間の練習場で。そういったアットホームな環境で作られた影響もあってか、もともとやりたかった音楽が実現したと語る。まっすぐなシンガー・ソング・ライター、大柴広己の真髄に触れた新作を聴いてほしい。
INTERVIEW :⼤柴広⼰

いまの時代をどう歌うのか? コロナ禍におけるあれこれをどう表現するのか、それともしないのか。それはシンガー・ソング・ライターにとって大事なテーマであり、存在証明だ。⼤柴広⼰は、セカンド・フルアルバム『光失えどその先へ』1曲目の"エビデンスステイホームレガシー2020〜2021"でユーモラスに飄々と社会に対する思いを歌い、自分のやり方でまずはきっちり時代と向き合った。その上で、性別や愛や、歳をとることや学校の先生や、生活について、まるで今朝届いた新聞をめくるように、日常に寄り添う11の物語を歌っている。旅をすることなく作り上げた今作をどんな思いで世に送り出すのか、いまの心境を聞かせてもらった。抜群に良い音のギターと力強く優しい歌声による楽曲と併せて楽しんでほしい。
インタヴュー・文:岡本貴之
写真:YURIE PEPE
軽やかにちょっと笑い飛ばせるものにしよう
──「旅するシンガー・ソング・ライター」をキャッチフレーズにしている大柴さんですが、旅をすることができなくなってしまったこの1年あまりの生活、音楽活動はどんな感じでしたか。
大柴 : これまでは旅をしながら年間150本のライヴをやっていたんですけど、それがゼロになってしまったので、180度生活が変わっちゃいましたね。「旅するシンガー・ソング・ライター」が旅を失ってそこからどうするかっていう1年間ではあったんですけど、だから『光失えどその先へ』っていうタイトルなのかっていうと、そうじゃないんですよ。
──そうなんですか? 思いっきりコロナ禍の世界を表していると思っていました。
大柴 : じつはアルバムのタイトルは2年前から決まっていたんです。ファースト・フルアルバム『人間関係』を2018年に出したときに、次のアルバムタイトルを『光失えどその先へ』にするのは決まっていて。というのも、俺のアルバムは全部ストーリー性があって繋がっているんです。2014年の『それを愛と呼べる日が来るとは思わなかったよ。』は愛=“LOVE”を歌っていて。「LOVEを歌ってどう生きるか?」ということで、“LIFE”を歌ったアルバム『Mr.LIFE』を2016年に出しました。それで"LOVE"をもって"LIFE"をどう生きるか? となったら、いまを生きたいなと思って、次はLIVEアルバム(『MOJA MOJA LIVE COLLECTION VOL.2』)を出したんですよ。だから、全部「L」で繋がっているんです。「LOVE」をもって「LIFE」を生きて、そしていまを生きる(LIVE)。そういうことが、結局人間関係をよくすることなんだなと思って、次に『人間関係』を出して。そこで俺の中での「L」のストーリーは完結したはずだったんです。
──そこから『光失えどその先へ』というタイトルに繋がっていったのはどうしてですか。
大柴 : 楽しい時間って終わっちゃうし、人間っていつかいなくなるじゃないですか? でもそうやって失うタイミングで、そこからどう踏ん張るかが人ってすごく大事だなって思っていて。じゃあ次は『人間関係』が出来た上で、“失う”=“LOST”をテーマにアルバムを作ろう、と思ったんです。そしたらコロナ禍になって、メンバーも集まれないし、レコーディングもできなくなって。
──アルバム制作中にコロナ禍になったということは、曲も前から用意されていたものがほとんどなんですか。
大柴 : こんなアルバムにしたいな、と思って8曲ぐらいは用意していたんですけど、今回の1曲目と2曲目は曲がない状態から、オケをみんなで全部作ってから曲を書き始めるっていう、変な作り方をしたんですよ。というのも、そこそこいろんな音楽をやっていると、こんな感じの曲だったらこういうメロディ、歌詞を付けるみたいな、だいたい自分ができることってわかってくるんですよね。アルバムがある程度できあがったら、次はその予定調和をどう崩すかっていうのを考えて作ったのが1、2曲目なんです。
──タイトル曲 “光失えどその先へ”は、結果的にコロナ禍の状況を歌っている曲に聴こえちゃいますよね。
大柴 : そうなんですよ。予言者みたいになっちゃいましたけど(笑)。みんな、たぶんいままであったものを全部失って、この先どうやって生きて行くのかなって。個人的に、正直もう前の世界には戻れないと思っているんですよ。「いつかコロナが明けたら」とかみんな言いますけど、ずっと明けないんじゃないかなって。だから人間ってこのまま生きて行くしかないと思うんです。いま、世界がズーンって重たい雰囲気ですけど、このアルバムに込めたテーマとして「心を軽くする」っていうのがすごくあるんですよ。ユーモアで笑い飛ばすというか、物事の考え方の転換というか。だから、『光失えどその先へ』というのは、「失った先に新しい光を求める」っていう“LOST”と“LIGHT”が対になっているんです。
──ああ、なるほど。やはり「L」で繋がっていますね。
大柴 : それと、“LIGHT”は「軽くする」のダブルミーニングでもあって、軽やかにちょっと笑い飛ばせるものにしようというのは考えて作りました。俺もそうですけど、人間って暇になるとろくなことを考えないので(笑)。
──その暇になってしまった自粛時期に、「心を軽くする」作品にしようと考えたということ?
大柴 : 後付けになっちゃいますけど、自分の中の整合性を整えていくと自然とそうなった感じです。例えば、“東京”という曲はまさにこの期間に書いた曲で。俺の中の東京って、京王線の夕焼けのイメージなんです。いままでは自分がライヴをやってきた下北沢とか渋谷の、ゴチャゴチャした欲望の塊みたいな感じが東京のイメージだったんですけど、いまの街に住むようになってから、「ああ、東京って夕暮れなんだな」って変わったんですよね。それに気付いてる人が何人いるんだろうなって。そういう意味でも、この曲を聴いたときに、いままで見てた世界観とちょっと違うイメージが湧くような視点を感じてもらえたらなって。それだけで気持ちが随分軽くなる気がするんですよね。