わたしはいま未成線の上に立っている──ヒグチアイがみつめる終点の向こう側

今回の取材中は珍しくほとんどメモを取らなかった。シンガー・ソング・ライター、ヒグチアイの話を目と耳で覚えておきたいと思ったからだ。彼女から生まれる言葉や発想はそれほどまでに生々しく、一瞬で人を惹きつける魅力があった。「終着駅の向こう側ってなんなんだろう」「ゴールのその先って?」──終点を一度通過した人生を想像して、俯瞰する。その時間を繰り返すことで生まれたアルバム『未成線上』は、ヒグチアイの心の移ろいと人生を感じる傑作だ。(編)
“未成線”の先を見つめた、ヒグチアイ5枚目のアルバム
INTERVIEW : ヒグチアイ

ヒグチアイが前作『最悪最愛』から1年を待たずして新作『未成線上』をリリースする。様々な愛のかたちや人の温もり、あるいは孤独や残酷なほどの離別など、人間模様を描く歌に一段と磨きがかかってきた最近の彼女の曲は、TVや映画などで引っ張りだこだ。今作も11曲中6曲にタイアップがついたが、そこに収まらないのが彼女の歌だ。自分の人生と向き合った作品とも言える『未成線上』を彼女自身の言葉で語ってもらった。
取材・文 : 今井智子
写真:つぼいひろこ
記録してくれた人がいるということがすごくありがたい
──新作『未成線上』は、まずタイトルが気になりますね。「未成線」とは未完成の鉄道路線といった意味らしいですが、ヒグチさんは鉄道オタクとかではないですよね?
じゃあないです(笑)。未成線というのは、完成されなかった線路だったり、作ろうと思ったのに作らなかったのが残っていたりみたいなことで。アルバム1曲目の"大航海"を書いている時期に、「終着駅の向こう側ってなんなんだろう」「ゴールのその先ってなんだろう」みたいなことを調べていたんです。結局まだこの先なにかあるんじゃないかと思いながら生きていくものだし、後から振り返ったらあそこがピークだったなと思うときもある気がするけど、とにかくその先もまだ生きていかなきゃいけない。人生、ここまで頑張った、その先はどうなっているんだろう。そういうところにいま、自分がいるんじゃないかって思って。今作は『未成線上』というタイトルになりました。
──深いですね。ご自身の人生を俯瞰すると、いまはどんな位置にいると思われますか。
"悪魔の子"とか"いってらっしゃい"で、いろんな人に聴いてもらえたし、34歳という年齢もあって、普通だったら人生考えるだろうなっていう時期だと思う。周りには当たり前に子供がいる人が多かったりするけど、自分はまだ行ってやるぞ!みたいな気持ちだったんです。けれど、だんだんと体感的にも感情的にも落ち着いてきている感覚があるなかで、自分はこれからどうしていけばいいんだろう、みたいな。曲を書くときも、もっと小さな日常とかちっちゃいことを大事にする歌の方が書きやすくなってる自分がいて。人間として後世になにか教えたり伝えたりする立場なんじゃないかと思った時期が長かったりもして、まだ境目みたいなところなので、どちらにしても「そっちで大丈夫」って言えてない自分がいますよね。
──ご自身でやってきたことの手応えは感じていらっしゃるんですね。
そうですね。自分がどうこうと言うより、評価されることの方が大事だったなと思うんですよ。もちろん自分が楽しくやっていればとか、自分が自分の音楽に誇りを持っていればみたいな時期はあったんです。けど、それも諦めを重ねた後に、結局人から評価されたかったということにいま気づいているというか(苦笑)。

──ヒグチさんは濃厚なラヴ・ソングをたくさん歌ってこられましたが、新作では少し恋愛に関しても俯瞰しているというか、感情を咀嚼した上で恋愛に立ち向かっていくような印象の曲が多いように思います。例えば"最後にひとつ"のように過去の恋愛と向き合うことができるのが、いまのヒグチさんなのかなと。
そうなんですよ。"最後にひとつ"については、人を恨み続けることは大変なんだなって(笑)。自分が恨んでいるということは相手のことを覚えていられるということだったんですけど、結局いつのまにか忘れちゃってる。自分があんなに嫌だった、あんなに悲しかったことが、もう思い出せなくなってるという事実に気づいて。思い出せない、思い出さなくなって、もう辿れなくなってるみたいな感じ。2023年はいっぱい恋愛の曲を書きましたけど、過去のことをたくさん書いていますね。
──時が解決してくれるとよく言いますが、恨み節になるような恋愛だったとしても、恋するぐらいなわけだからちょっとはいいこともあった、という風に変わっていく、人生の深さ長さを感じますね。
(笑)。考えてみれば、たとえば、朝は起きれず常に機嫌が悪かったとか、そういうダメダメな自分を好きでいてくれて、しかも自分のことをいちばん近いところで記録してくれてる人がいた。ひとりでいる時間は誰にも記録されていないじゃないですか。こういうこと話したね、こういう考え方があるよねって、聞いてくれた人がいて、その人のなかに自分が喋った感情が残っていたりして。お互いにお互いを見ていた、記録してくれた人がいるということが、すごくありがたいことだなって思う。いまは恋愛の混沌みたいなものから抜けたんだなと思うけど、そういうところにもう1回入りたいという気持ちもあります(笑)。
──それは、恋愛から離れたというか情熱が薄れてきたということ?
普通に生きてきたらこうなっちゃったという感じですね。あれ? あんなに恋多き人間だったのに? って。誰かに会いにいくとか新しい恋愛を探しにいくとか、そういうことに面倒臭いという気持ちはもともとあったと思うんですけど、その時はやれていた。でもいまはそれができなくなってる。「仕事の方がいいな」「明日もあるし」って思って、できなくなってる。それをするのが面倒くさいという風になってる気がします。
