制限のおかげで、いまやりたいことがもっと明確になったし、逆にとても楽しくなった
──作品コメントで「リスタートする準備は、今すでに、何処にでもある」と仰っていましたが、「スタート」ではなく「リスタート」であるのには、どんな思いを宿しているのでしょう?
(コロナ禍など)社会情勢の変化を鑑みているというのは、もちろんそうです。例えば“腑”の話をすると、生きていくなかで、同じことのなかでぐるぐると悩んでしまうことって多いと思うんです。それを人に相談して、そこで貰った言葉でも、頭には残っていても、心には届いていない状態のものも結構あると思うんです。「変わりたい」とか「こうしたい」と思っているのに、なかなか一歩踏み出せない。でも、人から贈ってもらった言葉たち然り、進むための準備というのは、実は自分で見つけられていないだけで、ちゃんと備わっているものだと思うんです。なので、きっかけとなる大きな出来事を待つのではなく、見方や考え方を少し変えてみさえすれば、前に進んでいける。そういう意味を託して、「リスタート」と表現しました。
──それは、猫田さん自身の経験から由来した考え方なんですか?
そうですね。学生の頃って、自分がなにをやりたいのかが明白に分かることってなかなかないと思うし、自分もそうだったんです。そんな当時、先輩から「制限されたもののなかでこそ、自由を感じられる」と言われたんですよ。その時は特に感動もしなかったし、ふーん、くらいに思っていたんですけど、何故かいまのいままでずっと頭のなかにはあって。その後、何年かして、出先でたまたま手相占いをしたら、易者さんに「あなたは40歳で死にます」って言われたんです。
──それはまたショッキングな……。
びっくりしますよね(笑)。でも、手相って日々変わっていくものですし、それを信じるか信じないは別として、その言葉がきっかけで、自分の行動に制限ができたんです。更に言えば、その制限のおかげで、いまやりたいことがもっと明確になったし、逆にとても楽しくなった。その瞬間に、以前先輩から言われた言葉が、やっと自分の腑に落ちた。そうした経験を、“腑”という曲にしたんです。

──確かに、今作を聴いた時に「逆境に立ち向かって抗う強さ」ではなく、「いま目の前にあるものを受け入れて進んでいく強さ」に重きを置いた作品だなと思ったので、そのお話は私も腑に落ちました。分からないものや不思議だと思えるものに対して、「いまはそれでいい」といい意味でスルーできるしなやかさを持ち合わせていると言いますか。
なるほど。“Snowflake”でも、自然の流れを受け止める描写がありますし、それはあるかもしれませんね。前作から今作の間に私の頭のなかにあったのは、人は問題をそれぞれで解決するようにしがちだなということで。そう感じて以降、むしろ、問題が起きないようにするのではなく、問題を受け入れられる体制を自分のなかで整えていた方が生き方として楽なんじゃないか? と考えるようになったんです。もしかしたら、その考えが自然と滲んでいったのかもしれないです。
──猫田さん自身の生活上の学びや気付きが、自然と作品に落とし込まれていっているんですね。今作はハイレゾ音源としてリリースされますが、音作りなどに関してはいかがでしたか?
前作に引き続き、美濃隆章さんが携わってくださったお陰で、より深い部分まで聴いて頂ける音になったと思います。ストリングスやホーンなど、生楽器でレコーディングできない音は打ち込みで入れたんですけど、その音に対する空気感を出す為に、美濃さんが打ち込み音をリアンプしてくれたんです。そういう工夫のお陰で、アンビエント感がより伝わりやすくなったと感じていますし、本当に信頼できる方です。
──今作はドラムで高橋洋祐さんもサポートされていますが、ドラムとの調和が本当に素晴らしいなと感じました。
すごくいいドラマーですよね! 共通の知人を介して互いに認知していたものの、高橋くんとは今作をきっかけにはじめてお会いしたんです。ダイナミクスの付け方や、金物の音量の付け方がすごく好きで、連絡しました。どうしてみんな高橋くんを呼ばないのか不思議なくらい、素晴らしいアーティストです。私が好きなアーティストのBon Iverを参考にしつつ、ドラムが出たり入ったりしても違和感のない、柔らかく、それでいてどっしりとした音が欲しいと考えていたなかで出会えたのが彼でした。リズムが入ってくれるお陰で、ピアノも弾き過ぎなくて良くなるので、“エンパシー”はドラムのリズムから作っていきました。そのお陰で、今作は全体的に、前作よりも明るい印象になっているんじゃないかなと思います。
──“腑”や“なんとなく、分かる”含め、ドラムが入っている曲は特にポップですよね。
実は“腑”に関しては、後半は矢野顕子さんをイメージしつつ、90年代ポップ感を出してみたんです。ここは、個人的にお気に入りです。
