REVIEWS : 100 ロック (2025年6月)──小林祥晴

"OTOTOY REVIEWS"はまざまな書き手がここ数ヶ月の新譜からエッセンシャルな9枚を選びレヴューするコーナー。今回は小林祥晴による、洋楽ロックを中心とした9枚。
OTOTOY REVIEWS 100
『ロック(2025年6月)』
選・文 : 小林祥晴
Lorde 『Virgin』
『Virgin』というタイトルは、まっさらな“新しい自分”に生まれ変わることを意味しているのだろう。これはロードにとって“再生”のアルバムだ。前二作を手掛けたジャック・アントノフの洗練されたポップ・プロダクションとは対照的に、ジム・E・スタックが中心となって創出された今作のサウンドはゴツゴツとしていて生々しい。ときに漏電したかのようにひび割れるシンセサイザー。三曲目「Shapeshifter」以外では軽快に跳ねることなく、ぎこちないながらも、力強く歩を進めるドラム。それは、いまの自分を綺麗に飾り立てることなく、すべてを曝け出したいというロードの意識の反映に他ならない。
そして今作で彼女が歌うのは、自身の内面に容赦なく刃を突き立て、思いの丈を抉り出す言葉だ。摂食障害との戦い、長年付き合ったレコード会社重役との破局、ワン・ナイト・スタンドへの依存、セクシャル・アイデンティティの変化、母親への複雑な想い、MDMA支援心理療法による気づき――ここには、弱冠17歳で時代の寵児に祀り上げられ、10年以上に渡りポップ・スターダムの荒波に揉まれてきた彼女の中に少しずつ積もっていた問題を、余すことなく吐き出したような切実さと迫力がある。
自身のレントゲン写真を使用したアルバム・カヴァーが象徴するように、今作で彼女はすべてを明け透けに晒した。もちろん、だからと言って、彼女が抱える様々な問題が解決するわけではない。しかし彼女は、「答えがないことを受け入れる準備は出来ている」(「Hammer」)のだ。その強さを手にしたという確かな実感が、今作にカタルシスと解放感をもたらしている。
Big Thief 「Incomprehensible」
ベーシストのマックス・オレアルチック脱退後、初となるアルバム『Double Infinity』は、ビッグ・シーフの新たな始まりを告げる重要な一歩となるに違いない。同作からの先行カット「Incomprehensible」を聴くと、そんな期待に胸が躍る。まず耳を引くのは、音色やプロダクションのドラスティックな変化。生楽器の鳴りを活かしたアーシーなフォーク/カントリーを信条としていた彼らだが、この曲ではギターのフィードバックやツィターなどが濃密なアンビエンスを生み出している。と同時に、立体的な音の広がりを感じさせる音響設計へとシフトした。全体的なフィーリングとしてはドリーミーでサイケデリック。そしてどこか雄大で、聴き手を優しく包み込むような温もりも持っている。そっと囁くようなメロディに乗せてエイドリアン・レンカーが歌うのは、人生の不完全さや老いることの美しさ――つまり、ありのままの自分を受け入れることについて。このテーマを自身の33歳の誕生日と絡めて綴るレンカーは、「これから見るものは全部、新しいものなんだ」と、またひとつ歳を取ることを肯定する。そしてこの言葉が「Incomprehensible」の冒険的なサウンドとともに届けられると、来たるアルバムで彼らが新しく生まれ変わっていることも予感せずにはいられないのだ。
Caroline 『Caroline 2』
ロンドン拠点の8人組による二作目には控えめなタイトルが冠されているが、しかしここには前作『Caroline』からの驚くべき飛躍がある。スロウ・コアやポスト・ロックを通過したチェンバー・フォークという点では前作の延長線上にあるものの、そのサウンドが放つダイナミズムは桁違いだ。今作が持つダイナミズムの源泉にあるのは、一言で言えば不調和の美。今作でも屈指の名曲「Total euphoria」は意図的にバンド・アンサンブルをズラしたような演奏のまま進み、強い緊迫感を生み出す。「Coldplay cover」も、まったく異なる2つの曲を無理やり接合したような違和感が刺激的な曲だ。総じてこのアルバムは、無理に歩調を合わせずに複数の要素が共存すること、あるいは本来であれば共存しないものが同じ場所にいることに喜びを見出している。本人たちは今作に政治的な意図はないと言うが、これは自国優先主義をはじめとする様々な排他的価値観が台頭する現代社会における、ささやかなプロテスタントとして受け取ることもできるだろう。