INTERVIEW : 眉村ちあき

インタビュー&文 : 南波一海
撮影:大橋祐希
知らない感情を知って、また次の境地に行ける
――今年5月に声帯の手術をされましたが、思っていたより早いペースでアルバムリリースとなったので驚きました。
眉村:いひひ。手術で時間ができたから、いっぱい歌詞が書けたんですよ。心の余裕もできたし。
――それまでは日々に余裕がなかったんですか?
眉村:ひとつ前のアルバムの『SAI』のツアー中はピリピリしていて。25公演くらいあったんですけど、1本1本にこだわりすぎて、ずっとリハや準備をしていたんです。自分のちょっとのミスも許せなくて、誰も気づいてないことでもうわーっとなってしまって、私は歌う価値がない! と思ったりしてたんです。ライブ中にも怒って泣いちゃったり、人とケンカしたりして、自分の非を人のせいにして逃げたりしたところがあったんです。そんな自分と向き合えたのがその期間でした。もっと人の背景を想像して物事を考えようと思って「許されたことがある」を書きました。
こだわり抜いた前作
――眉村さんはメジャーデビュー以降、より多くの人に届けるためにはどうしたらいいのかを考えてきたわけじゃないですか。その気持ちが前のめりになり続けていた結果、いつしか自分にプレッシャーをかけすぎていた?
眉村:そうかも。自分が理想としているところと自分の現状があまりにも違いすぎて、毎日びっくりしてたんですよ。ソールドアウトしてないの!? みたいな。それで自分に怒っちゃったり、もっと高めないといけないのかなと思ってました。ありがたいことにラジオで大御所の人と話す機会があったり、尊敬しているゴールデンボンバーとか広瀬香美さんとかとライブで共演して、この人たちはこんなに突き詰めているんだと知ったんですね。そこで影響を受けて、自分なんてまだまだだ、もっとやらなくちゃと思っていたところはあります。
――それが手術で強制的に休まざるをえなくなって、肩の力を抜くことができた?
眉村:そうですね。前は対バン相手に対して、「私のほうが準備してるのに!」ってこっそり怒ってたんです(笑)。でも、休んでいる期間に、それは間違いだったなと気づいて。私の全力の準備と相手の全力の準備は違うし、頑張るところも違うし、意識低いじゃんと思ってたのもただの自分の思い込みだったかもって思うようになりました。この休みが私を止めてくれました。
――そこから、他者への想像力を働かせるような歌詞が出てくる流れになり、『うふふ』ができていった。
眉村:まさに。今回のアルバムはいままでと全然違うと思います。咀嚼の深さというか、聴き手がどう捉えるかをめっちゃ考えて作りました。前までのほうが衝動的だったし、私はこの言葉を使いたいんだからそっちがわかってよ、という気持ちだったんです。今回は、これってもしかして私語(わたしご)すぎるかな、眉村ちあき語録すぎないかなと思った言葉があったらスタッフさんに確認して、意味がわかりますかと聞いて、ちょっとわかんないですと言われたらもう一度練り直してみたりしました。まずはわかってもらわないとこっち側に飛び込んでもらえないと思ったので、一層目を作るつもりでやってました。

――わかりやすく入れる浅瀬も用意したわけですね。
眉村:そっちがこっちに合わせなよって曲も全然あるんですけどね(笑)。一周回って、やっぱ衝動で作ってたときのほうがよかったなと思うことがあれば戻してみたり。熟考することと衝動で作ることのよさを改めて考え直せました。いま思うと、初期の思ったままをぴょーんと形にするような曲はめっちゃ楽でしたよね。いまでも5秒とかで作れますけど。
――ただ、いまはそれを出したいとは思わない。
眉村:こっちがおもしろくないだけかもしれないですけどね。5秒でできた曲を並べても達成感がないから、もっともっと突き詰めたほうが自分の満足度も高いのかもしれないです。
――アルバムの前にEP「ラブソング史のはじめに」を出したじゃないですか。その時点で結構なモードチェンジがあったと感じました。リリースは手術前ですよね。
眉村ちあきの転期とも言えるEP
眉村:喉にまだ声帯嚢胞がいるときだから声が違いますね。ガサガサでした(笑)。たしかにあそこで心境の変化がありました。ラブソングってやっぱり世界中の人が一番聴くものだなと思ったんです。私のこれまでのラブソングを振り返ったときに、主観的で、自分の恋愛の価値観でしか書いたことないなと思って、友達とかにインタビューしたんです。いま恋愛でなにか困ってないのって。それで彼氏とのLINEを見せてもらったりして。誰かと電話中で、仕事の電話って言ってるけど夜中の12時なんだよね、本当に仕事なのかな、みたいな話とか。どうせApexを相手と通信しながらやってるのに仕事だと嘘をついてくるって言うから、私は、仕事じゃなくてエペなんだろって言えばいいじゃんと思うんですけど、嫌われるかもしれないから言えない……ってなってて。そんなモジモジした様子を入手して、もっとモジモジのほうが共感を得られるのかもと思ったりして作った部分はあります。「季節風」はまさに女子高生くらいの気持ちで書こうと思ってモジモジ系の言葉を選びました。
――自分の経験を歌うとなると行動パターンや心情に際限はあると思うんです。パーソナルなよさとか、だからこそ刺さるという場合もあると思うんですけど、別の誰かを主人公に立てたドラマにすると当然ネタの幅は広くなるし、普遍性を帯びると思うんです。
眉村:めっちゃそう! 提供曲とかの依頼を受けて作る眉村さんのモードめっちゃいいですよねってスタッフさんに言ってもらえて、へーそうなんだと思ってたんです。それで今回は自分じゃないテーマをたくさんやってみたんですよね。「恋の駆け引きだるい」「とっておき」「バケモン」「濾過」「朗読」とか……ほぼ全部、自分の価値観じゃないところで書いてみようと思って作りました。
――たくさんの作品を作ってきたこと、もっと外側に届けてみたいという気持ち、声を出さずに休んだことなどが混ざって、新たな境地に辿り着いたんですね。
眉村:でも、いつもアルバム作るときは境地キターってなってるんです(笑)。いまはさらに境地があったんだと思ってるし、次も新しい境地に行くと思いますけど、毎回これ以上先は崖だと思ってます。
――いつも行き切っているわけですね。
眉村:でも、まだ先があるんですよね。なにかがきっかけで自分の新たな気づきとか、知らない感情を知って、また次の境地に行けるからおもしろいなと思います。
――恋愛系の曲を聴いて感じたのは、誤解がないように言いたいのですが、眉村さんが“普通になっていく”のはすごいことだなと。いや、全然普通ではないんですけど。
眉村:ああ。私は去年か今年くらいに気づいたんですけど、世間では普通と言われている曲の言葉の選びかたとか編曲の置きかたとかって、一周回ってない頃の自分からすると普通でつまんないと思ってたんですよ。でも、いまはめっちゃプロだと思うようになったんです。その変化はあります。「メジャー行って変わっちまったなって言う人はメジャー行ったことない説」、「変わっちまったなって言う人は変わる勇気がない説」が私のなかにあるんですけど(笑)、いまの私はやったことないことをなくしたいんですよね。何事もやったことがあるからこそ説得力が出るなと改めて思うので、いまも全然紅白に出たいし、世界中を回ってみたい。その上で普通がつまらないって言うやつはいないと思うんですよ。

――本当にそうですよね。歌詞によく出てきそうな言葉……パッと思いついたのだと、例えば“瞳”とか、ベタではあるけど、それは繰り返し使われるだけの強い言葉だという事実もあるわけですよね。“瞳”を避けたからその曲はユニークだということにはならないし、“瞳”を使ったから普通ということでもない。“瞳”をどう使ってどういう情景を見せるかがその人の力であり、個性じゃないですか。
眉村:おー。おーってなっちゃった(笑)。でも、すごくわかります。声帯手術前、私はハスキーボイスになれて嬉しかったんですけど、スタッフさんにどう思うか聞いたときに、眉村さんの歌声は白のなかでも一番白だったんだよと言ってもらえて。
――嬉しいと言ってる場合じゃないと(笑)。
眉村:そんなふうに言ってもらえてありがとうと思ったんですけど、それと同じで、私なら“瞳”のなかの一番の“瞳”の曲を作れると思ったというか。普通のことを歌っても、一番白い普通のことを歌えるのは私なんじゃないかという自信になったので、じゃあ手術しようと思えたんです。いろんな人がどメジャー曲をカバーしたりしますけど、本当にすごい人って、歌いかたとか声だけで魅せられるじゃんって思うんですよ。
――『うふふ』はその種の強さがありますよね。
眉村:だからジャケット写真がシンプルなんです。私単体で輝いてみよっと、みたいな。いままでは装飾が多いジャケ写だったりしたんですけど、ほぼすっぴんみたいなメイクで、少ねえ布で(笑)。もしかしたら私って飾らなくても光れるかもと思ってこれで勝負している感じです。
――すごく納得です。とはいえ、アルバムの曲数はもりもりで、相変わらずのボリュームですよね。
眉村:10曲に絞りたかったんですけど、いつの間にか14になって、四捨五入で10ならいっか、みたいな感じです。忙しい現代人に合わせて少なめにしようという作戦だったけど、作戦通りにはいかなかった。3分未満の曲とかももっとやってみたかったんですけど、結局長くなっちゃった(笑)。これでもだいぶ絞ったんですよ。まだたくさん候補があって。
――多作ですもんね。
眉村:だから別の名前で出そうかと思ったんです。二人になって10曲ずつ出せば分散していいんじゃないかって。でも、別名にして顔を出さなかったとしても個性が出ちゃうし、どうせ差別化できないんでしょって言われて、はいできませーんってことでやめました。「ラブソング史のはじめに」は3曲なんですけど、本当は8曲くらいあって、それはEPじゃないよと言われて、ぐぎぎってなりながら絞りました。
