過去を言語化して理解することで、気持ちが楽になる

見汐:作品を作ることについてはどうですか? おもしろさを感じながら制作していますか?
横山:おもしろいですよ。自分の技術がうまくいったときは楽しいし。
見汐:私は自分が大人だと自覚する以前、好きなことをやっている時、世界は二極しかないと思っていたんです。“自分”と“好きなこと”だけ。音楽を聴いてるとき、制作しているときは“自分”と“音楽”の二極しかない世界にいるわけです。それが大人になると“自分”と“音楽”に“他者”が介在してくる。“社会”になっていくんです。例えばライヴをやると、観客が生まれる。他人の批評を耳にするようになる。意見を言う人が出てくる。金銭の交渉も大切になってくる。“自分”と“好きなこと”、白と黒はっきりしていた世界が曖昧になる、薄まっていく感じがすごく嫌だったんです。音楽を嫌いになるなんて、考えたこともなかった。
その時に音楽と関係ない仕事、他に興味があるものを並行してやった方がいい、社会の一員として、職業としてやっているという事に自覚的であった方がいい、仕事を通して世の中の仕組みを知って経験を積むことを疎かにしてはいかんと思うようになって。定食屋でご飯を作ったり、映写の仕事やブッキングの仕事などして今に至るんですが、結果心身のバランスが取れるようになってよかったんですよね。話が飛躍してしまってごめんなさい。横山さんは好きなことが嫌になる時ってありましたか?
横山:ありますよ。思うようにいかない自分を打開するために、憧れの存在みたいな人をイタコみたいに憑依させようとしていたときもありましたが、やっぱり本来の自分とのズレがあるから失敗していました。「自分はこの人ではない」というネイキッドな自分に戻されて、自信をなくしたりしていました。でも、そうやって失敗して逃げたくなるところを、周りの上の世代の人が「いや、待て」とやり直しをさせてくれたんです。それを自分は「失敗させてもらえた」と思っていて。その経験は大きかったです。
見汐:人から言われたことを真に理解する瞬間って経験を経た先にあって。急にストンと腑に落ちることが多いです。横山さんが憧れの人をイタコのようにしていたというのは、私の場合は模写をすることでした。自分の好きな人の喋りかたや文体、歌いかたを真似して、やっぱりフィジカルが先に来るんですよね。
横山:エッセイにも小さいころに真似をして歌っていたと書かれていますよね。
見汐:はい。なので、横山さんと私は本当に対極だなと思います。最初に考えて行動するのか、行動してから考えるのか。
横山:実は自分も最初はフィジカルから入るんですが、あとで振り返って言語化してる時間が長いんだと思います。いまこうやって言葉にできているのは、「どうしてあのときああしたんだろう」ということに興味があるから、あとから理由をつけてるだけなんですよね。
見汐:私はここ3、4年で文章を書くことが増えたんですが、まさにその感じです。書くことで自分の行動や気持ちを説明することができるから、振り返って考えるというのは大事ですよね。
横山:それは、言い訳がしたいわけでも誰かに説明したいわけでもないんだけれど、展示をしたり仕事をしたり、ものすごく活発にしていた当時の自分のことを「不安だったんだ」と言えるようになるとすごく楽なんですよね。そのころの自分を理解して愛でてあげるというか。
見汐:そのころの自分を理解して愛でてあげる……、人に話すのは恥ずかしいんですけど、9歳の見汐麻衣っていうインナーチャイルドがずっと自分のなかにいて、物事の選択の最終決定はその子と相談して決めることにしているんです。自分のなかで、5歳、7歳、18歳と要所要所でポイントとなる子がいるんですけど、なにかを決めるときは9歳の自分となんです。「理屈ではなく好きなもの、嫌いなもの、嫌なこと、気持ちがいいこと」自分のアイデンティティが最初に形成された時期なんだと最近気づいて。
横山:人には話したことがないんですけど、自分のなかに“内山さん”と“外山さん”というのがいて。外山さんは、自分の人生のなかで出会ってきた“できる人”がコラージュされたようなキャラクターで、仕事のやりとりをしたり社会的な役割を司っていて……。
見汐:それって矢沢永吉さんと似てますね。「俺はいいけどYAZAWAがなんて言うかな?」って。
横山:そうそう。でも、うちの内山さんはすごくファンシーな奴ですよ。二人は自分のなかで切り離された存在なので、外山さんが攻撃されても心のどこかでは自分を守ってあげられます。
見汐:二極の話に戻りますが、私はいまだに、曲を作ったり文章を書いているときは好きなものと私しかない世界にどっぷり浸かれるんです。仕事で介在してくださる人がいるという点は当時と違うけど、その世界だけは薄い皮膜で守られている感覚があって。それは長いこと続けてきたなかで紆余曲折ありながらも自分が育ててきたものだと思うんです。横山さんは作品を作っているときは雑念が少ない方ですか?
横山:デザインの仕事のときはロジカルかもしれないですね。
見汐:この本(『もう一度猫と暮らしたい』)の装丁のときに印象的だったのが、最初、著者名の色を青のパターンで見せていただいて。その後で「やっぱり変えたいと思う」とご連絡いただいて、見せていただくまで何も言わないでおこうと思って。ただ、なんとなく紫だといいなと思っていたんです。装丁の画や色味、雰囲気に合っているなって。それで色を変えたパターンを見せてもらったらイメージしていた薄い、藤色みたいな紫だったから、「あぁ、さすが。わかってらっしゃる」と思っていました。偉そうにすいません。素直な感想として、イメージを明確に具現化してくれる他者がいるってことが本当に嬉しくて。これは今日絶対伝えようと思っていました。

横山:よかった。嬉しいです。
見汐:これはゲストに来ていただいた方に聞いていることなんですけど、同じような業種を目指している人や、横山さんの作品に触れてみて「自分もやってみたい」と思った人に対して助言を求められたとしたら、どういった言葉を投げかけますか?
横山:未だに人に何か助言できる立場ではないんですけれど、「失敗してもいい」ということだと思います。目指すものが途中で変わってもいいし、ダメになってもいい。ですが、失敗をさせてくれる人がそばにいることは一生でそう何度もないかもしれません。そういう人と出会えるというのは、運でもあって。人生においてすごいことが起きるということよりも大事なことで、失敗できないことのほうが怖いです。自分も他者に対してそうありたいですね。

対談を終えて
自分の言葉をしっかりと持っていらっしゃる方だなと思いました。
自分と対峙する時間をおざなりにしてこなかった人だけが持ち得る言葉のしなりと強度。
人の言葉にも真摯に耳を傾けてくださる姿勢。私も改めて心掛けたいと思います。(見汐)
横山雄「不定形なあれこれ」盛岡展
日時:2025年4月5日(土) - 4月20日(日)
場所:BOOKNERD
店舗情報:
岩手県盛岡市内丸16-16 大手先ビル 1F
11:00 - 17:00 火・水 定休
■Instagram : https://www.instagram.com/booknerdmorioka/
見汐麻衣の新作ZINE発売決定
〈文学フリマ東京40〉に出店!
今後詳細はLemonHouse inc.HPにて随時更新予定です。
日時:2025年5月11日(日)12:00〜17:00(最終入場16:55)予定
入場料:1,000円(予定)
会場:東京ビッグサイト 南1-4ホール
見汐麻衣 エッセイ集『もう一度 猫と暮らしたい』
暮らしの中のなんの変哲もない日々のことや、台所にて思い耽ることや、家族のこと。 偶然出会った名前も知らない人たちとの会話や日々の些事......。彼女が丁寧に繋ぐ言葉 によってリズムが生まれ、物語が紡ぎ出された35篇のエッセイを収録。 推薦文を小泉今日子さん、巻末にノンフィクションライター橋本倫史氏による寄稿エッセイも収録。
著者 : 見汐麻衣
仕様 : 四六判 変形 上製本 192ページ
装画・デザイン : 横山雄
編集:花井優太(Source McCartney)
価格 : 2,000円(税込)
発売日 : 2023年5月27日(土)
発売元 : Lemon House Inc.(田代貴之)
URL : https://www.lemonhouse.jp
PROFILE:見汐麻衣
シンガー / ソングライター
2001年バンド「埋火(うずみび)」にて活動を開始、2014年解散。2010年よりmmm(ミーマイモー )とのデュオAniss&Lacanca、 2014年石原洋プロデュースによるソロプロジェクトMANNERSを始動、2017年にソロデビューアルバム『うそつきミシオ』を発売後、バンド「見汐麻衣 with Goodfellas」名義でライブ/レコーディングを行う。
ギタリストとしてMO'SOME TONEBENDER百々和宏ソロプロジェクト、百々和宏とテープエコーズ、石原洋with Friendsなど様々なライブ/レコーディングに参加。また、CMナレーションや楽曲提供、エッセイ・コラム等の執筆も行う。2023年5月、初のエッセイ集『もう一度 猫と暮らしたい』(Lemon House Inc.)を発売。
■HP : https://mishiomai.tumblr.com/
■X : https://x.com/mishio_mai
■Instagram : https://www.instagram.com/mai_mishio
■note : https://note.com/19790821
■Bluesky : https://bsky.app/profile/maimishio.bsky.social
PROFILE:横山雄
東京都在住。桑沢デザイン研究所総合デザイン科卒業。全国各地にて作品の展覧会を開催。沢木耕太郎『旅のつばくろ』、村上春樹×柴田元幸『本当の翻訳の話をしよう 増補版』、ミラン・クンデラ集英社文庫新装版の装画、世田谷美術館「マルク・シャガール 版にしるした光の詩」のアートディレクション、デザインのほか、書籍や広報物、展覧会、作品集のデザインや装画・挿画、ロゴ、パッケージイラストなどを手掛ける。
■HP : https://yokoyamaanata.com/
■Instagram : https://www.instagram.com/yokoyamaanata/