私が抱えていた失敗や後悔を、このみんにはして欲しくない
鈴木:悩みは常に出てきますね。だから私は逆に華余子さんが何で悩むのか気になります。
草野:悩むよそりゃ。今は、「ずっとこのままでいられるわけないよな」と思ってる。体力や熱量が切れた瞬間に自分は何を思うのかと考えたりしますね。まあ、まだすぐにはこなさそうだと思っているけどね。
鈴木:なるほど! 華余子さんは枯れない太陽だと思っていました。
草野:でも自分が疲れる瞬間は増えてきましたよ。いろんな人に自分の曲や歌唱も聴いてもらえるようになった中で、そのやり方でもつのか、と思います。いつかこのみんも、その波がくると思うよ。
鈴木:たしかに。結構「人生は1度きりだ」といつも言っているじゃないですか。そういう発言も、こういうところから来ているんですかね。
草野:そうだね。私の場合、やり直しが何回でもきくのが20代だとしたら、その失敗した分の蓄積で輝けたのが30代だと思っていて。私もここ5年は、がむしゃらにとにかく曲を書いて、自分の曲を聴いてもらえる機会は増えたんですけど、枯れる寸前まで働きすぎた感覚はあるんです。30代では、プライベートの時間や今後について全く考えていなかったけど、周りの友達は早くから家庭を築いて子供も大きくなってくるような世代なので。まだ考える気になれないままこんな年になっちゃったけど、少し考えようかなと思っていますね。でも後ろを振り返ったら、それなりに頑張ってきた30代だからこれはこれでよかったなと。やたら「1度きりの人生」と歌わせてきたけど、もしかしたら私が抱えていた失敗や後悔を、このみんにはして欲しくないという思いがあったのかもしれないですね。

鈴木:なるほど。全身全霊で受け止めます!
——これまでの鈴木さんが草野さんから提供された曲で特に印象深いものはありますか?
鈴木:“ULTRA FLASH”という曲は、共同で作曲したので印象に残っていますね。華余子さんにピアノを弾いてもらって、一緒にメロディーを作った曲でした。そのときはデビュー10周年を迎えたときで、同じように「いつまで鈴木このみをやっていけるんだろうか」と悩んでいたんですよ。まだギラギラしていきたいなと思ったときに、「そうだ、華余子さんに頼もう!」と思って(笑)。
草野:すぐ呼ばれる(笑)。“ULTRA FLASH”に関しては、アルバムのコンセプトのテーマも、表題曲のテーマも、このみん本人が明確にもっていたんです。その瞬間に歌詞のパーツも出てきていたので、本当にバンドマンのセッションみたいでした。
鈴木:今まではデータでのやり取りが多かったので、人と曲を作るのが楽しいなと思いました。
草野:私はこのみんには1曲でも多く曲を書いてほしいと思っています。メロディーを書けるアニソンシンガーってすごく限られているんですよ。表題曲を自分でも書けて、それがタイアップ曲にも繋がっていくんだったら、アニメの制作側も安心して頼めるようになると思います。せっかくできるならいっぱいやればいいのに、と思いますね。
——草野さんが鈴木さんとの仕事の中で、印象に残っている楽曲はありますか?
草野:1番印象に残っているのは“命の灯火”ですね。あの曲は今までにやってこなかった、ずっとダウナーなテイストにしようと思って、声帯結節の手術で戻ってきたばかりのときに、声ちぎれそうになりながら歌ってもらいました。
“命の灯火”リリース時の鈴木このみのインタヴュー記事
鈴木このみ「命の灯火」MV鈴木このみ「命の灯火」MV
鈴木:歪んだ声がほしくてずっと家で練習していました。
草野:あのレコーディングが1番大変だったよね…。
鈴木:この曲はラフミックスやエディットも華余子さんがしてくれたんですよ。確かそのとき華余子さんの家に行っていろいろ話したんですよ。
草野:ヴォーカルのエディットやテイク選びをしたんですけど、もっと良いテイクが録れると思うから、直す前のテイクを家に聴きにきてもらったんですよ。
鈴木:あのあと、知恵熱出ました(笑)。
草野:そうだ(笑)。帰ったら熱出ましたって言ってたわ(笑)。あの曲はBPMが早い8ビートの曲なんですけど、部分的に16符の細かいところが出てくるんですよね。その部分のリズムの取り方を全部伝えました。そしたら、去年のアニサマのテーマソング(heartbeat-axelator)ではピカイチでリズムが取れていてびっくりして。
鈴木:やったあ!
草野:それもヴォーカルディレクションをして、家にデータを見にきてくれた中で、本当の意味でテクニックを習得したからだと思いますね。いろんなアーティストさんのディレクションをしていますけど、このみんと、あとMay'nちゃんの2人は1回伝えたことが、伝えた私より100倍もできるようになってきて何もいうことがなくなりますね。こういう馬力のあるシンガーがいる限り、アニソン業界は大丈夫かなと思います。
鈴木:責任重大だ(笑)。
草野:このみんも最近は「鈴木このみ」というブランドの品質を守るためのリーダーになっていると思います。数年間一緒に仕事していますけど、最初の頃に話していたことと全く違うよね。
鈴木:そうですね。華余子さんから脈々と血が受け継がれている部分もあると思います。
草野:私みたいにその時々で責任があるプロデューサーよりも、シンガーはずっとそのプロジェクトを支えないといけないから、感じている重圧はこのみんの方が大きいと思うよ。その1曲を作った後の責任は、歌うアーティストにしか取れない。そういう意味で、ずっと明かりを灯し続けているのはすごいことだなと思います。
鈴木:ありがとうございます。
