全部虚構の世界みたいなものなんですよね
──今作はAct 1、Act 2という二章仕立てになっています。全体的なコンセプトはどのように決まったんでしょう。
佐藤 : いままでリリースしてきたシングルやカップリングから新曲を入れて、どう流れを作るか考えた結果、Act 1、Act 2という二章仕立て形になりました。曲順は最後までどうしようかなと悩みましたね。“Cipher.”が1曲目にきてるんですけど、これを最後に持ってこようかなとか。でも、最後の17曲目の“Zero”は今年の2月末から3月にかけて作った曲なんですけど、もはやこの曲だけ別物なんですよ。世界が変わったあとに作って、ここから次へ向かうような曲でもあるから、この“Zero”を最後に持ってくるしかないなって思って。途中まで考えていたコンセプトの最後にひっくり返したのが“Zero”だったみたいな感じです。そこから、数字のゼロという意味もある“Cipher.”を 1曲目に置いて、ゼロからはじまってゼロで終わるみたいな感じにしました。
──円環の物語のようなイメージですね。
佐藤 : でも、意図して最初から計画的にこうなったっていうわけではないです。2019年の時点では、次のアルバムが、時代のドキュメントというコンセプトになるなんて思っていなかったですし。“Zero”という曲が出てこなかったら“Cipher.”と“Zero”で囲むみたいな構成にもなっていなかった。そういう意味でも、シナリオがあって作ったというより、ドキュメンタリーみたいな感じかなとは思いますね。
──Act 1の最後がリアルな世界を描いたアニメである劇場版『SHIROBAKO』の主題歌“星をあつめて”で、そのあとAct 2の最初で、現実とフィクションの狭間みたいな“Logos”という曲がくる流れがすごいなと思っていまして。
佐藤 : 確かに。言われてみればそういう感じがしますね。

──fhánaさんは、アニメソングのアーティストとして見られることが多いと思うんですけど、フィクションとリアルの狭間みたいなところは常に意識していらっしゃるんでしょうか。
佐藤 : フィクションというか、この世界とかいろんなものが実は虚構だよねみたいな、そういうテーマはずっと繰り返していますね。ユヴァル・ノア・ハラリさんが書いた『ホモ・サピエンス全史』という本で、いろんな原始人たちがいたなかで、なぜホモ・サピエンスがいまの人間にいたるまでに発展したかという話が書かれていたんですね。そのなかで「ホモ・サピエンスにはフィクションを信じる力があった」ということが本に書いてあったんですけど、それがおもしろい話だなと。たとえば、神様という虚構を信じたりとか、お金とかだって「これには価値があるんですよ」というフィクションを世界中の人が信じてるから、その前提ですべてが回ってるわけですよね、みたいな感じでホモ・サピエンスは虚構を本気で信じることができるから、これだけ文明が発展したらしいんです。
──興味深い話ですね。
佐藤 : そう考えると、うちらの生活とか言ってみればこのアルバムをリリースするみたいなこととか、全部虚構の世界みたいなものなんですよね。リアルじゃないというか。だけど、そういうなかにも、本当の心を動かすようなことや真実があるかもしれない。そういう世界観やテーマはずっと作品のなかで繰り返していたんです。そういう意味ではフィクションと現実の狭間みたいなことは考えていたかもしれないですね。
──アルバム全体からは、「ゼロからまたはじめよう」という希望のような印象を感じたんですよね。
佐藤 : fhánaは今年10年目なんですよ。10年って長いですし、そこに重みがあると思うんですよ。だから、このタイミングで、結成の前日譚の歌である“Cipher.”という曲を改めてリクリエイトして、1回原点に返ってここから新しくスタートしようみたいな、そういう「ゼロ」のつもりで作っていたら、こういう世界になってしまった。だから、前向きなゼロや原点回帰のゼロではなくて、積み上げてきたものが1回リセットされて、更地になってしまった感じのゼロですね。感傷的な感じで作ってたら、暴力的な現実に放り込まれて、そんなこと言ってらんない感じになったという。でも、そこで絶望して途方に暮れるだけじゃなくて、それでも希望の火を灯していこうみたいな、そんな祈りも込めています。
