個人的には"真昼の幽霊 (Interlude)"がメイン
──"光の車輪" はカントリー風味のフォーク・ロックという感じですね。牽引するドラムがすごく印象的でした。
松尾:確かに。デモからこのフレーズで、それを(伊藤)大地さんに叩いてもらって。これも気持ちいい楽曲ができたなと思ってます。
亀本:けっこういいよね。僕は普通に自然に作るとどうしても好み的にテンポが遅い曲ばっかりになっちゃうので、ちょっと重いなって思ってたんですよ。だから意識的に速い曲を作ろうっていうところからはじまったんですけど、8ビートばっかやるのもな~、って思って、速いけどポップス、J-ROCKじゃないみたいな曲ってなんだろうって考えながらアルペジオしてたら、これができました(笑)。
松尾:ちょっと馬の駆ける音っぽくて、ぴったりなリズムになったなと思います、わたしは。
──"ラストシーン" は一転して、タイアップ(Paravi『恋のLast Vacation 南の楽園プーケットで、働く君に恋をする。』主題歌)の関係だと思いますが、メロディも歌詞も歌唱も思い切ってかわいらしくしていますね。
松尾:いままでしたことがないような表現をしたいなと思って、かなり思い切りました。タイアップ先の番組が恋愛バラエティで、「なんでグリムに頼んでくれたんだ?」みたいな感じだったんですけど(笑)、ミーティングしたときに監督さんが「グリムが作る曲ならなんでもOKです!」っておっしゃったんですよ。もともとすごく聴いてくださってて。だったらお互いに「やってよかったな」と思えるタイアップにしようと思ったんです。わたしたちが昔から大事にしてるのが、「タイアップをただのタイアップにしない」ってことなんですね。ちゃんと愛のあるものじゃないと伝わらないと思うし、わたしたちも魂込めて曲作れないんで、その番組を愛して作りたい。だったら思い切ってこういう曲を書くことが、自分たちにとっても新しい扉を開くことになるし、いままでグリムを聴いてなかった人たちにも「なんかいいな」って思ってもらえるんじゃないか、それが番組にとってもいいことなんじゃないか、と作りはじめました。個人的に参考にしたのは、ユーミンとか70年代のニューミュージックの人たちの恋愛ソングです。
──それは納得がいきますね。次の"真昼の幽霊 (Interlude)"はもしかしてデモのままですか?
松尾:そうです、そうです。適当に録ったから本当は録り直す予定だったんですけど、「これがいい」ってみんな言ってくれたんで、そのまま入れちゃおうってことで。
──さっき亀本さんが「送りバント」とおっしゃいましたけど、強いて言えばこれがそうかなと。
亀本:そうですね。結果的には送りバントだったよね。
松尾:個人的にはメインなんだけど。いちばん好きだから。
亀本:いや、これは送りバントでしょ。
松尾:個人的にはこの5、6曲めがメインなの。本当はね。
──なるほど。次の "Summer Letter" とセットでね。
松尾:そうです。 "Summer Letter" を作ったときにイントロとして同時に作ったんで、ここは続きで1曲みたいなものなんです。
──"Summer Letter"は中後期ビートルズを思わせるような曲ですね。
松尾:ちょっとアシッドな、サイケな。
亀本:ホワイト・アルバムぐらいの感じだよね。
松尾:今年の夏にコロナになって家で療養してたときに、窓からよく晴れた空を見ながら「なんでわたしはここで寝てんだろう」って思いながら作りました。大切な友達から手紙が届いたんですよ。なかなか会えない人なんですけど、住んでるところのおいしい食べ物とかいっぱい送ってくれて。手紙の温かさとか、友達と一緒の景色とか、そういうものを曲にしたいと思ったんです。はじめて使う変則チューニングで作ったんですけど、ジョニ・ミッチェルやニック・ドレイクをイメージしながら、アシッド・フォークっぽさを乗せていきました。
亀本:この曲がまじでいっちばん手間かかったんじゃない?
松尾:そうか……そうだ。そうだね。
亀本:変則チューニングだからまずベースの置き場所が難しくて、キーボードのゴメスさん(中込陽大)と一緒に、どうしたら松尾さんが弾いてるギターの並びの質感が失われないまんまでアンサンブルを広げていけるか考えていきました。
松尾:そうなんだ。わたし、もう自分のなかで「この音」って決まっちゃってるから、「これでいい?」「違う」「これは?」「違う」って。
亀本:ルート音がどこかよくわかんない感じでふわ~っと流れていくし、ずっと同じ音が一定で鳴ってたりもするから、ベースをどこに置くかで印象がまるで変わるんですよ。鍵盤でバシッと鳴らしてもらうとクリアに把握しやすくなるから、それでやっと整理できた気がします。
松尾:めちゃめちゃ何回もやり直したよね。
亀本:全部作った後に、またベースだけ僕が家で弾き直したりとかして。
松尾:わたしは感覚でやってるから、バンド・サウンドにするのが大変でした。弾き語りならすぐだったんですけどね。
──いい経験になったでしょうね。次の "Odd Dancer" からは再びファンキーなハード・ロックに戻っていく感じがします。
松尾:わたし的にはローリング・ストーンズとか、そういうイメージです。
亀本:ちょっと16分(音符)感があるグルーヴィな雰囲気は、アルバムを通して一貫してると思いますね。9曲目の "不幸アレ" はテンポの速いエイトですけど、それ以外は基本的にやっぱ16分感が強いビートが多いと思う。そこは意識的にしていますね。さっきの話じゃないですけど、いまの若い人って、例えば昔の歌謡曲とか90年代、2000年代のJ-POPとか以上に、そういうものをちゃんと認識できるリスナーになってるなって思うんですよ。
──わかります。リズム感がすごく鋭くなっていますよね。
亀本:なってます。この前テレビの地上波で歌謡曲の番組やってて見たんですけど、全然違いますよね。昔の人はとにかくメロディしか認識してない。いまの若い子はちょっと違うんですよね。
──(中学校で)ダンスが必修科目になったのもあるのかな……と思いますが、深入りすると時間がなくなっちゃうのでまた今度(笑)。 "愛の元へ" もいい曲ですね。
松尾:これ、実はデビュー当時に作った曲なんです。コンペに出すために。自分で歌うとは思ってなくて、ずっと寝かせてたっていうか。
亀本:寝かせるもなにも、ないことになってたよね。マネージャーが本当に昔からの、提供用に作ったやつも含めてデモをまとめたフォルダをDropboxに作ってくれてたんで、僕がそれを聴き直して「これ、出せるかもな」と思って引っ張り出してきたんです。
松尾:なつかしいですね。 "褒めろよ"って曲を出したころに、時間なくて頑張って作った曲です。それをちゃんと完成させました。
亀本:コード感とメロディ感がいまの感じにしっくりくるなと思ったんですけど、やってみたらけっこうむずくて。Aメロはコードやメロディもクールで打ち込みっぽいビートを取りやすいんだけど、サビになるとけっこうロックっぽく変わるんですよ、メロディの質感が。そこをうまくくっつけるのがね。でも僕はこれ、すごい好きかな。あと、友達とかに「アルバムできたからちょっと聴いてみて」とか言って聴いてもらったりしていて……。
松尾;え、そうなの?
亀本:そうそう。そしたら「この曲がリード曲だよね」とか「これがいちばんよかった」と言われて。
松尾:え、まじで? え、え、どうしよう。
亀本:僕も「えー、まじで?」みたいな。パッと聴きの印象がいいのかもしれない。わかんないですけど。
──僕もいちばんとは言わないけど、とても印象の強い曲でした。
松尾:え、え、え……(笑)。
亀本:歌詞の雰囲気とかもあるかもしれない。
松尾:そうか。いやー、ありがとうございます。よかった。ボツになるはずだった曲なので。
──形にできてよかったですね。 "不幸アレ" は、これもドラマ(『サワコ~それは、果てなき復讐』)の内容に合わせているんだと思いますが、けっこう大胆な歌ですよね。
松尾:かなり大胆です(笑)。歌詞をいしわたり淳治さんと共作したんですけど、ドラマサイドから「この言葉を使ってくれ」っていう要望が多かったんですね。それで、淳治さんに「わたしはこういう風に考えてて、こういう曲が書きたくて、こういうメッセージがいいです」みたいなめちゃめちゃ長い文章を送ったら、その言葉たちを使った歌詞が返ってきて。そこに「ここはこの歌詞がいい」って自分で書いて送って……みたいなのを何回かやりとりして作りました。淳治さんは1枚目のアルバムから一緒にやってくれてるんで「レミちゃんがこう歌ったらおもしろいでしょ」っていう言葉をよくわかってくれてて、すごく信頼してるんです。楽しく作れました。
──タイアップ曲で求められるものって、自分が歌いたいこととは少し違ったりしますよね。そういうのはわりと楽しめるタイプですか?
松尾:そうですね。さっきお話しした通り、感情移入しないとタイアップしたいって思えないタイプなので、ちゃんと好きになって、「一緒に作り上げたい」って気持ちにまず自分を持っていきます。
亀本:でも「サワコに共感できねー」って言ってたじゃん。
松尾:精神的には共感できない(笑)。でもドラマがおもしろかったから。
亀本:おもしろかったよね。
松尾:うん。原作の漫画も読みましたし。「こういうおもしろい作品と一緒に曲を作りたい」と思って作ったんです。だから自分の本当の気持ちっていうよりは、主人公になりきった感じの歌詞ですね。コスプレみたいな。
亀本:最近ホラーとかサスペンスが好きで、えげつなければえげつないほど楽しいんですよ。『サワコ』は楽しかった、めっちゃ。
松尾:ちょっと怖いんですよ、『サワコ』。嫉妬に狂って人を殺していく女の話で。これは他の曲とは毛色が違うかもしれない。
亀本:他の曲はなんだかんだ明るいもんね。