鮮度ってポップスの魔法のひとつだと思うんです
──なるほど。“ファズる心” “Sinfonia! Sinfonia!!!” の2曲はいわゆるセルフ・カヴァーというか、それぞれSOLEIL、竹達彩奈さんに提供した曲ですよね。
沖井:実はこの2曲は成り立ちがけっこう違って、 “Sinfonia! Sinfonia!!!” は10年前に竹達さんのデビュー曲として書いたので、アレンジも歌詞も彼女のイメージに寄せたものなんです。一方の “ファズる心” は、サリー久保田さんからお話をいただいたときに「どういうふうにしましょう?」「や、もうほんと、いつものTWEEDEESの感じが欲しいんですよ」(ものまね)って言われて……いまの、けっこう似てたと思うんですけど(笑)。
──そっくりです! 思い出しました。
沖井:それでTWEEDEESっぽく作って出したら、アレンジでもろザ・フーにしてくださったんですよ。今回我々が収録した “ファズる心” は、より僕のデモに近い感じになっているので、シンプルに「いいのができたから、もう1回我々らしく録音したいな」という思いをちゃんと遂げた感じです。一方の “Sinfonia! Sinfonia!!!” は完全に竹達さんにお嫁に出した曲ですから、TWEEDEES用にお召し替えをするというのは、要は別の曲にするってことですよね。なので苦労しましたし、楽しくもありました。
── “ファズる心” の歌詞はいかにも男性が書きそうだけど、実は作詞は清浦さんなんですよね。
清浦:男女二元論もどうかというご時世ですけど、SOLEILちゃんって学園もの感といいますか、マドンナ感といいますか、令和ではないムードを持っていると思うんです。だからこういうストーリーを着せたら似合うんじゃないかなと思ったところはありますね。SOLEILちゃんに「男の子って馬鹿よね」って言ってほしかったという(笑)。
──その発想がおじさんっぽいというか……。
清浦:そうなんですよ(笑)。もう4年くらい前に書いた曲なので、時代も変わって、本当に理解されるのかな?ともちょっと思ったりしますけど、彼女の雰囲気には似合っていたんじゃないかなとわたしは思います。
──SOLEILさんの歌はちょっとあどけなくてキュートですしね。
清浦:わたしは学園のマドンナじゃなく保健室の先生になり切って歌いました(笑)。
── “Sinfonia! Sinfonia!!!” はどんなアプローチで?
清浦:プロの声優さんなのでやっぱり個が立っていますし、わたしにとっては沖井さんとも竹達さんとも知り合う前にいちファンとして聴いてた曲なので、どう歌えばいいのかすごく悩んで、「本当にこの曲やるの?」みたいに相談もしていました。沖井さんが作者だからって余裕ぶっていたのがちょっとイラッとしましたけど(笑)、アレンジをわたしに寄せてくれたり、TWEEDEESらしい落としどころを作ってくれて、なんとか歌えた感じです。
──1曲目の “Victoria” がアカペラはじまり、しかもちょっとつかみにくいメロディで、別にそんなつもりはないと思うんですけど、聴き手を試すような感じがありました。さっき「楽しいアルバムだと思った」と言いましたが、ガッツのあるこの曲で始まることがそのイメージに貢献していたと思います。
清浦:最初わたしの歌だけでいきたいっていう話を、沖井さんとしたんです。「真正面から入っていこう」って言ってましたよね。
沖井:うん。イントロなしで声だけという、押し入り強盗みたいな……(笑)。イントロもなくオケもないって、いきなり刃物を突きつけてるような感じじゃないですか。いま「試す」とおっしゃいましたけど、実際に「1曲目からちょっとびっくりさせてやろう」っていう気持ちはありましたね。
──最初から1曲目としてあったんですね。
沖井:はい。実はアルバム制作のいちばん最後に「もっと明るい曲が、1曲目にふさわしい曲が欲しい」と思ってできた曲なんです。なぜかはわからないんですけど、Cymbalsのころから僕、アルバムの1曲目が最後にできることが多いんですよ。たぶん、ある程度アルバム全体のイメージが出来上がってから、それを紹介するための名刺を作るんだと思うんですよね。

──ちなみに最後の “Hello Hello” は何番目ぐらいですか?
沖井:これは2年ぐらい前ですね。これも出来たときに「これはアルバムのラストだな」という感覚がありました。
清浦:アルバムオリジナルの曲ではいちばん古い曲ですね。沖井さんは尻上がり的にテンションを上げていったところはありますよね。わたしにはそんなふうに見えていました。
沖井:1枚にまとめるための楽曲ってどの作品にも必要なもので、それをどこに落とすかというのは、毎回アルバム制作のキモになるんです。今回、特にその役割を担ってくれたのが “Victoria” でした。で、アルバムのなかの重石みたいな曲もやっぱり必要なんですが、それが “Day Dream” だったりね。これは単体とかシングルじゃなくて、アルバムのなかにあってこそ映える曲だと思うし。
──そうですね。“Day Dream”は尺も長いし、構成もユニークで、僕はいちばんおもしろい曲だなと思いました。
沖井:わたしもいい曲だと思います(笑)。好きな曲です。
──あんまり過去にないタイプですよね。
沖井:作ろうと思ってできる曲ではないんですよ。自分で気に入ってる曲にはけっこうそういう曲が多くて、“Hello Hello” もそうですけど、“できちゃった” タイプの曲ですね。
──そういう曲に思い入れのあるものが多いのは、作為がなくて素直だから?
沖井:はい。
清浦:この曲はいい曲だなってふたりとも──まぁどの曲もそうなんですけど──思って、歌詞は取り合いしましたもんね。
沖井:そう。僕が書いたまったく別の歌詞が実は存在してるんです。
清浦:ふたりしかいないのに、バンド内コンペして。
沖井:判断する人がいないからコンペになってないんですけど(笑)。最終的に「歌うのはわたしだ」って言われたら、もう僕はどうしようもないので。
清浦:強奪しました(笑)。
沖井:いい歌詞だと思ったんだけどな(笑)。自分の歌詞は大事に大事に胸に秘めておきたいと思います。
──沖井さんヴァージョンも聴いてみたいですけどね。
沖井:いい歌詞ですよ(ニッコリ)。

──泣く泣く収録を見送った出来のいいボツ案があるのは、すばらしいことなんじゃないですか? アルバムに奥行きを作るというか。
沖井:「これはいま出すべきではない」ということでボツにした曲はたくさんあります。世に出す機会がないまま鮮度だけが落ちて、結局タイミングを失ってしまうという。自分だけのための名曲が、僕のMacに何曲も入っています。
清浦:いい曲だったら鮮度は落ちないんじゃないの?
沖井:んー、やっぱそれはあるよ。鮮度があればもっといい状態で聴かせられたのに、っていう。
清浦:あーそっか。寿司職人もネタが古いとおいしい寿司は握れないみたいな。
沖井:そうそう。いまでもおいしいけど、もっとおいしい状態で出せたのに、ってね。
──ベストの状態で出すと決めて、ちょっとでも鮮度が落ちたと思ったらもう出さない?
沖井:わりとそうですね。よく思うんですけど、例えばビートルズの『サージェント・ペパーズ』はいま聴いても名盤だけれど、1967年の6月に聴いたら、たぶんいまの我々には想像できないすごさがあったと思うんですよ。できればあらゆる楽曲をそういう幸せな条件下で世に出してあげたいって気持ちはやっぱりありますよね。蔵出しはやっぱり蔵出しでしかない。鮮度ってポップスの魔法のひとつだと思うんです。
──沖井さんはTWEEDEESの音楽に関して、何十年後にも聴けるものであってほしい、とおっしゃっていますよね。鮮度が大事だというのはそれと矛盾するようにも聞こえますが、ふたつの気持ちが常にあるということですか?
沖井:両方だと思うんですよ。そのときの空気に合ったものとして出すんだけど、空気が変わっても残るものとしてきちんと作ってあげるっていう。