『飾らない私を愛して』というテーマで進めていきたい
──nolalaの歴史を振り返った時、初期の頃は千陽さんが作る曲の「恋愛」というモチーフが世界観の大部分を占めている印象がありますが、そこから作品を経るに従って、徐々に歌のテーマも広がっていきましたよね。今回のファースト・フル・アルバム『i my me mine』には家族をテーマにしていると思しき曲も収録されていますし。それは同時に、千陽さんが作る楽曲には、「人生について歌っている」という軸があり続けているともいえますが、歌詞のテーマに関してはどのような思いがありますか?
千陽:(家族というモチーフが出てくるようになったのは)単純に、親がうるさくなったんですよね(笑)。自分の生活に影響を及ぼすくらいのことを言われるようになったんです。それによって自分の精神が侵されすぎちゃって、曲になりはじめたんだろうなと思います。基本的に、私が曲を作る時は自分がその時いちばん高ぶる感情を曲にするんです。昔は、過去の恋愛を思い出した時にいちばん高ぶりやすかったけど、恋愛中心に生きていた頃の気持ちを押しのける程に、親の影響力が凄くなった(笑)。
──なるほど(笑)。ご自身のいちばん高ぶる感情を曲にするというのは、曲作りをじめた頃からそうなんですか?
千陽:他にテーマを設けることが不得意なんですよね。気持ちが入らないと歌詞も全然出てこない。nolalaの前に組んだバンドではテーマを決めて歌詞を作ろうとしたこともあったんですけど、歌ってみると自分で「恥ずかしいな」と思う言葉の選び方をしていたり、ライブ中に自信がなくなっちゃったりすることがあって。そういうことがないように一言一句自信を持って自分が歌える歌詞やメロディを書こうと思うと、いかに感情を込めて曲を作るかということに向き合うことになっていった、という感じですね。
──曲を作ると、なにかが解消される感覚もあるんですか?
千陽:曲を作っていくなかで、「過去のモヤモヤした気持ちも、すべてが必要なものだったんだ」と思えるようになるというか。なにかが解消されるというより、曲を作っていくなかで、思い出すのも嫌な辛かった経験や悲しかった経験も、「それがあったからいまがある」と思えるんです。「あの経験があったからこうして曲が生まれて、いま、自分の財産になっているんだ」ということに毎回気づかされる。「消化する」というより、「それも含めて私なんだ」と、落とし込んでいく感じですね。
──EP『sequence』(2021)から美寿々さん作詞作曲の楽曲も収録されるようになって今作にも“細愛“と”しあわせの跡味“という2曲が収録されていますが、当たり前のことですけど、やっぱり千陽さんの曲が持つ空気感とは違いますよね。
美寿々:私と千陽ちゃんは、性格が真逆なんです(笑)。
ひな:美寿々さんの曲も、性格が出てますよね。ふわっとした感じだけど、そのなかにも芯があって。聴いただけで、どっちが作った曲かわかる。
──千陽さんと美寿々さんの性格の違いというのは、どういうところに感じますか?
ひな:わかりやすく言うと、千陽ちゃんがネガティヴで、美寿々さんがポジティヴです(笑)。
美寿々:千陽ちゃんは端的に言えばメンヘラで(笑)、私は友達に「こんなにメンヘラじゃない人間いるんや」と言われたことがあります(笑)。Twitterとかで元気な人も、実は家に帰って病んだりしているものじゃないですか。そういうのが一切ないんです、私は(笑)。バンドマンには珍しいタイプだなって自分でも思います。楽観的というんですかね。

──千陽さんからすると、横に美寿々さんのような人がいることでバランスが取れるというか、救われる部分もあったりするものですか?
千陽:そう思えるのに時間がかかりました。もちろん美寿々さんも悩んでいることはあると思うんですけど、それがこっちには見えないし、いつも楽しそうに生きている。そういう美寿々さんを見て、最初は「そんなふうにポジティヴに考えられないし!」と思ってしまっていました。私が作った曲を聴いて「めっちゃいい!」と言ってくれても、「本当にそう思ってる?」って。「私を無理やりポジティヴにしようとしないで」と思った時期もありましたし。でも、ネガティヴでいると本当に損をすることが多いんですよ(苦笑)。それに気づいてからは、美寿々さんの言葉が素直に入ってくるようになりましたね。美寿々さんを見ながら、「こういう感情の持ち方や考え方を、自分も身に着けていきたいな」と思うようになったし。年数を重ねて、いいバランスのnolalaになっていったような気がします。
──アルバム『i my me mine』を作り出すにあたり、皆さんのなかで話し合われたこと、共有されたことなどはありましたか?
千陽:「ファースト・フル・アルバムを出す」ということが決まった時、すぐに「『飾らない私を愛して』というテーマで進めていきたいんだけど、どう?」という話を私からしました。
──そのテーマは、どのようにして生まれたものだったんですか?
千陽:いまはTikTokが流行ったり、SNSで音楽が左右される時代だと思うんですけど、「こういうバンドが流行る」というキーワードが明確になっている気がするんです。「10代のバンド」とか、「〇〇っぽいバンド」とか。そういうものには私も影響を受けそうになるし、「自分が好きじゃないものを取り入れなきゃいけないのか?」という葛藤が凄くあったんですよね。でも、そうやって流行に合わせて曲を作って、アルバムを出した時に、私はそのアルバムに自信が持てるのか? と考えると、持てないよなと。そのアルバムが売れなかった時、私はめちゃくちゃ後悔すると思うんですよ。
──そうですね。
千陽:でも、自分がやりたいことをやって、全力を出し切って作ったものが売れなかったのなら、それでもそこには「やり切った」というものは残ると思う。なので、自信を持って出すことのできる作品にするために、「ブレない自分で、すべてを進めていきたい」と思ったんです。
──腹を括るというか、ひとつの大きな決断として、そういう考えに至ったという感じでしたか?
千陽 そもそも私は、自分自身を保つことが難しい性格なんですよ。人生レベルでそうなんです。自分に自信がないし、自分が思うことを正解だと思って生きてこられなかった。でも、フル・アルバムという集大成を作るのであれば、「そんなふわふわした気持ちで向き合うのはダサいな」と思ったんです。それに、音楽を通して出会った仲間たちのことを思うと、私がかっこいいと思った人は、自分を持っている人たちで。もちろん人の意見も聞くけど、そのなかで自分を持って物事の選択できる力のある人たちのことを、私はかっこいいと思ってきたから。自分もそういう人にならないと、私のことを好きだと言ってくれるファンの女の子たちに申し訳が立たない。本当に、このタイミングでいろんなことを考えたんですよね。「しっかりせな!」って。
──ファンの方々の存在は大きかったですか。
千陽:ファンの子たちのことは、いろんなタイミングで考えます。長く応援してくれている子もいるし、凄くお金をかけてくれている女の子とかもいるんですよ。そういう子たちの気持ちも背負って、バンドをやっているから。その子たちに、私たちが大きいステージでライヴをしている姿を見せるにはどうすべきか?……とか、そういうことは、いろんな選択をするうえで、考えますね。
──もちろんnolalaの音楽を追いかける人たちにはそれぞれ様々な動機や想いがあると思いますが、強いて言葉にすると、nolalaというバンドはなにが好かれ、求められているのだと思いますか?
千陽:人に言われないとわからなかったことなんですけど、ファンの子たちのなかには長文のメッセージをくれる子たちもいて、その子たちに共通しているのは、「そのまま」を全部ステージで出しているところが素敵だと言ってくれることなんですよね。弱い気持ちの時は弱い気持ちがそのままMCに出るし、腹が立っている時は、それがそのまま出ちゃうし(笑)。それをよいとするか悪いとするかは置いておいて、私にメッセージをくれる子たちは、私が自分の思っていることをビビらずにステージで出しているところを、いいと言ってくれる。やっぱり、曝け出すって、勇気がいることなんですよね。
──そう思います。
千陽:私たちの、曝け出しているところがいいと言ってくれる子たちがいます。そのままを見せることができていること……それはよくも悪くもだと思いますけど、そこを、ファンの子たちはいいと思ってくれている。もちろん、全部が全部を出せてきたわけじゃないんですけどね。でも、ちょっとずつでも、飾らない自分を出すことができてきたし、それをみんなが拾い上げて、好きでいてくれる。だからこそ、ここで覚悟を決めて、もっとしっかり自分を出していこうと思ったんですよね。
