氷山のような、心の「隠れた部分」をいかに書けるか

──児童文学や絵本みたいですね。アルバムには“パラブルの島”という曲もありますが、寓話や比喩がお好きなんでしょうか(parableは寓話、たとえ話、比喩といった意味)。
南壽:そうですね。子どものときも洋書のファンタジー小説をたくさん読みましたし、大学でも英米の児童文学を原文で読んだりしていました。元が日本語ではないので、物語を言葉よりも絵として捉えているところがあるのかもしれません。曲を書き始めたのがそのころなので、影響があるみたいです。
──頭の中に絵が浮かんでくる?
南壽:曲を作るときは主にメロディから出てくるんですけど、曲が絵を呼んでくるというか、メロディから風景が見えるんです。それを言葉に置き換えていくような作業をしますね。
──メロディができた段階で物語はそこに入っているんですね。
南壽:入っていると思っています。何か見えてくるので、それを見る目を養うじゃないですけど(笑)、クリアに見えてこないと書けなくて。疲れているとぼやけるというか、かすんでしまうんです。
──休養が大事ですね。話が途中でそれてしまいましたが、アルバムのための書き下ろしは2曲ですね。
南壽:最後に録ったのがその2曲です。“オン・ザ・スクリーン”は大学時代に書いたんですが、ライブではほぼ歌ってこなかった曲で、“珈琲フロート漂流記”は去年、それまでずっとタイアップ曲を書いてきたので、ゼロから自分で生み出せるのかな?と思って確かめる用に書いた曲です。2曲ともすごく気に入っていますし、レコーディングしてさらに化けたというか、よくなったと思います。
──2曲とも鈴木茂(ギター)、伊賀航(ベース)、山本哲也(キーボード)、坂田学(ドラムス)のバンド編成によるレコーディングですね。すばらしい演奏でしたが、中でも鈴木茂さんのギターは音色からすごくて。
南壽:すごく贅沢なんですけど、あえて前面に出してはいないんですよね。それでも聴けば茂さんってわかりますし、茂さんは歌詞もちゃんと読まれていると思うんです。“珈琲フロート漂流記”では歌のメロディを縫うようにというか、邪魔しないようなフレーズをすごく細かく弾かれていて、2番の「汽笛は吠える」のところでは汽笛のような音を入れてくださっていたり。本当にすばらしいなと思います。

──「闇夜に浮かぶ海は 珈琲フロート」というフレーズは比喩好きの本領発揮ですね(笑)。
南壽:この曲は心理学者のフロイトの「心は氷山のようなものである。氷山はその7分の1を水上に覗かせて海を漂う(“The mind is like an iceberg; it floats with one-seventh of its bulk above water.”)」という言葉から着想を得ています。floatっていう言葉から珈琲フロートを連想して(笑)、これはいつか曲にしようと思っていました。自分の音楽もそうでありたいといいますか、人がふだん見せずに生きている部分、バニラアイスの珈琲に沈んだ部分を表現できたら、聴く人が救われたり安心できたりするのかなと思って。上に出ている部分は誰でも書けると思うので、下に隠れた部分をいかに書けるかが、ちょっとした目標というか。
──一方の“オン・ザ・スクリーン”はリズムがころころ変わってすごく楽しかったです。ご自分でアレンジされているんですよね。
南壽:もともとのわたしのデモがころころテンポ・チェンジしていたので、レコーディングするときに「どうしようか」という話になりました。クリックでテンポ・マップを作ってもらったり、最初はわたしがガイドを入れて、みなさんに合わせて演奏していただくやり方をしてみたんですけど、なかなかうまくいかなくて、一緒に演奏したらうまくいきました。何度かやってある程度慣れてきた段階で、坂田さんが「もっとよくなるね」と言って、ソウルというか、付点のあるビートを入れてくれたんです。リズム隊のお二人が非常にいい仕事をしてくださって、デモより何倍も広がりがあるというか、面白い、おかしみのある曲になったかなと思います。
──“がんばるひとへ” は国内・海外でリサイクルを手がける会社のCM曲ですが、企業理念みたいなものに合わせた歌なんですか?
南壽:いえ、これは前からあった曲を使ってくださいました。わたしには珍しく詞から書いた曲ですね。で、非常に早く書いています。ふだんはかなり練るんですけど、1時間くらいでできたかもしれない。主人公は中学生くらいの女の子で、「隣に座る」は教室の席のイメージなんです。先が見えない不安を抱えていると、自分以外の人が楽しそうに見えたりするけれど、実はみんな心の中に怪獣を持っている、みたいなことを言いたくて。ライブでもけっこう歌ってきた曲ですけど、主人公は少女なのに、働いている方たちに「すごく励まされる」と言われることが多かったので、企業CMにも合うかなって。さっきお話しした抽象性、普遍性に加えて「わかりやすい言葉で」と意識して書いたので、働く人にも当てはまったのかなと思います。自分の曲の中ではかなりストレートな歌詞ですね。
──確かに「がんばる」という言葉を使うのは珍しい気がします。
南壽:わたしがあえてこういう曲を歌ってみたらどうなるんだろう?というのと、「がんばれ!」という曲はたくさんありますけど、わたしは「がんばれ!」とは歌えないので、「がんばっているひとが輝いたらいいな」という気持ちをそのまま書きました。そうすることで、聴いてくれた方が少し救われた、認められたような気持ちに……なってくれたらいいな、と。
──ある種の祈り、願いの歌みたいなものですね。
南壽:願いを込めた曲ばかりかもしれないです、このアルバムは。
──最初におっしゃった「光」というのがそれかもしれませんね。“呼吸のおまもり”はコピーライターの薄景子さんが作詞されています。
南壽:TOKYO FMの方から「災害時などラジオでCMを流せなくなったときに流すキャンペーン・ソングとして、リスナーの方を安心させる曲を書いてほしい」というお話をいただいて、2018年ぐらいに制作した曲です。コロナ禍に入ってから深夜によく流れるようになって、かなり反響がありました。薄さんはヨガの先生もされているので、まさに呼吸をすごく大事にされているんです。そういう歌が大きな反響をいただけたのは、それだけみなさん心がざわついて深呼吸できずにいたんだろうな、と思いました。