こだわりなんてくだらないなって思えてきた。ここ10年ぐらいで。
──レコ―ディングはバンド3人で一発録りという感じだったんですか?
いや、山梨のスタジオで、まずドラムとベースを録って。ギターは仮で弾いているけど。ギターと歌は全部下北沢の小さなスタジオで録りなおし。
──そういう時に、dipの他のおふたりにはどういう指示を出すんですか。
あまり指示はしないよ。テンポは決める。クリックも聞きながらやったし。あとはもう、どれだけふたりが気持ちよくやれるかに気を遣ったくらいかな。
──まずふたりをハマらせる必要があった。
そうそうそう。だから合宿が良かったの。日常からちょっと解放された方が良いなと思って。
──そういうことも全部、自分で考えたんですか?
それは前から。特にドラムのナカニシは日常から解放された方が良いというのは、わりと共通の認識で。それを今回もやった感じ。
──じゃあもう、最低限の指示だけ出して。好きに演奏させて。
うん。結局自分のなかにないものを指示しても、うまくいかないんだよね。その人のなかにないものを「やってよ」みたいに言っても。

──じゃあ、ふたりに自由に演奏させて。そこからヤマジさんが自分でイマジネーションを広げていってという感じですか?
うんうん。オレは大体、やることは(事前に)決めていたけど。デモで全部渡しているから。リハの音源にオレが後からギターをかぶせたモノだったりとか。最近はスプリット・ソフトがあるでしょ。曲を、ドラムとベースとギターに分けられるやつ。
──あぁ、だからビートルズのリミックスができたというやつね。
そうそう。ああいうのを使ってリハの音源を全部バラバラにして、宅録で録り直したり、編集をしたりとか。
──自分でコンピュータを使ってやったと。
そうそう。そういうのは好きだからね。そうやってデモを作って渡したりとか。
──デモを作って渡して演奏してもらって、その音をまた自分で色々加工したり編集したりする。
編集はそんなにしない。ドラムはちょっとクォンタイズしたかな。揃える感じくらいはしたけど。
──その場のノリみたいなものを活かさないと意味ないもんね、そういうのは。
うんうん。1曲だけちょっと伸ばしたって言うのはあるけど。エンディングを。それくらい。それはЯECKさんに伸ばした方が良いって言われたから伸ばしたんだけど。
──そうそう、今回はゲストが三人。しかもЯECK(FRICTION)さん、田渕ひさ子(toddle、元ナンバーガール)さん、細見魚(HEATWAVE)さんという豪華ゲスト。
魚ちゃんは前にも参加してもらったし。
――魚さんはdipのライブに参加していますね。
オレとふたりでやったりもしているし。その流れで今回も。でも今回はいかにも魚ちゃんっていうオルガンのフレーズとかはそんなに入っていなくて。どちらかというとドローンというか、そういうシンセ音の方が多い。で、ひさ子は、オレが思いつかない音を思いついてくれるはずだって思ったんだよね。
──ЯECKさんもそうだけど、同じギターじゃないですか。足りない音を、たとえばキーボードを加えてもらうとか、バイオリンを入れてもらうとか、そういうのじゃない。
(そういうのは)どちらかというとアレンジに近いよね。
──なぜそこでギターをもう1本加えようと思ったのか。
もうちょっと広がりが欲しかったんじゃないかな。
──自分とは違うタイプのギタリストで。
そうだね。ひさ子はそんなに違う訳でもないけども。でもやっぱり違う。ひさ子は、ナンバーガールみたいにリズムギターを弾いている人の横でギターを入れるのがすごくうまいと思って。
──あぁ、リードということ?
ヤマジ:簡単に言えばリードだよね。そこら辺はオレよりもすごく長けていると思ったので、そこでお願いしてみた。ЯECKさんはなんだっけ、ワウギターで。
スタッフ:Grand Galleryの井出靖さんの下北沢QueでのイベントにЯECKさんが出てらした時に、「FRICTION見たいです。ライヴやんないんですか?」なんて話していたら「体調の問題もあって、ライヴとか今後の予定は全く決めてないんだけど、ワウペダル使ったカッティングならおもしろいの弾けるから、そういうギターの仕事があったら連絡して」と伺って。
ヤマジ:それをオレが聞いて、すぐにЯECKさんに直接連絡して。でも実際にレコーディングがはじまってみたらЯECKさんのワウが壊れていて(笑)、ギターもネックが反っていて、調子が悪いって言われて(笑)。
──それは最近は演奏していないから、手入れをしていないということ?
多分(笑)。だから、こちらでストラトキャスター用意して。はじめて弾く不慣れなギターでも凄かったけどね。
──FRICTIONではベースだけど、ギター弾くのは大好きだからね。
うんうん。もともとギタリストでしたしね。3/3とかね。
──持ち味の違うギタリストに参加してもらって、なにが変わりましたか?
ひさ子の場合は、dipがよりdipになった感じ。魚ちゃんは楽曲をもう一段階深くしてくれたというか。ЯECKさんはやっぱり、ビートをdipに与えてくれた気がする。
──dipのビートの感覚と、ЯECKさんの持ってる感覚ってすごく違うような気がするんだけど。
うん、違う違う。だからЯECKさんは自分の思うビートをdipに教えてみたかったんじゃないかね。
──あぁ、なるほど。
ЯECKさんの好きなバックビートの継承というか、ビート・クレイジーによるЯECK塾、みたいな(笑)。あとでダビングしてもらったんだけど、ЯECKさんだけは完全にお任せ。どちらの曲もストローク、ほぼコードのカッティング、それのみなんだけど、それだけでも、入ったことによってビートが強力になった。
──ЯECKさんが入った曲でメロトロンが入ってますね。
あれはオレが弾いてる。レッド・ツェッペリンの「カシミール」あるじゃんか。そこに入っているメロトロンが凄く好きで。ソロのライヴでもバック・トラックに結構、そういう音を使ったりして。
──そうか、あれはツェッペリンなんだ。私はキング・クリムゾンを思いだしました。
あぁ。それもあるかも。
──あれはちょっと、かなりゾクっとする感じがありました。ループでずっと繰りかえして、ハマって行く感じからいきなりメロトロンが入って。
しかもあそこだけコード進行がついているの。この曲は何回も作り直したりとかして完成にすごく時間がかかってしまって。ようやく今年の2月くらいで形になったかな。
──最後のピースがメロトロンだった。
そうね、うん。
──すごく人力なバンド・サウンドだけど、実はコンピューターも使っている。
パソコンいっぱい使ってる。もう20年くらい前から。
──機械を扱うこともできるし、機械の便利さとか、いろんなメリットとかも全部わかりながらも。
全部じゃないけど(笑)。
──バンドの生演奏にこだわる人って、そういうのは最初から受け付けない人ってけっこういるけど。
もう、そういうのはやめた。前は、DJとかサンプリングに対して嫌悪感があった時もあったけど。人のレコード回しているだけでお金を貰うんですか? みたいな。でも、選曲のセンスやマッシュアップのセンスとか、そういうのに凄く惹かれたりして、考えも変わってきた。あとは、ナマとかいうのも、大好きだった某ライヴ・アルバムが結構、音が差し替えられてたって聞いて。なんだ、めっちゃライヴ! と思っていたら、差し替えてるんだ、って。だから、こだわりなんてくだらないなって思えてきた。ここ10年ぐらいで。
──いまやひとりで全部演奏して「バンドの音源」を作ることもできるけど、にもかかわらず、わざわざ合宿までやって、「せーの!」でやることにこだわっているわけですよね。
やっぱりライヴでやるというのが念頭にあるんじゃないかね。オレがドラムを自分で演奏して音源を作ったとしても、そのやったドラムがナカニシのなかにないものだったら、ライヴとCDは全く別のものになっちゃうでしょ。そういうのはやりたくない。
──ナカニシさん、ナガタさんなりの癖を、彼らなりの特徴とか持ち味というのをどうやって曲に活かしていくか。
ベースのナガタッチはけっこうお任せで。オレにないフレーズがどんどん出てくるし。ドラムも基本お任せだけど、そうすると全部似た感じのドラムになったりするから。もうちょっとだけ変化つけて、みたいなことは言うかなあ。
──でも、彼のなかにないものを指示したら、それは良い演奏にはならない?
ならないですね。
──長くやっているとそういうのって、わかりますか?
はい。いい加減わかってきた。無茶を言っていた時期もあったね(笑)。「暗黒時代」は特にね(笑)。他の人のことなんかなんも見えてなかったからね。

──なるほどね。ナガタさんなり、ナカニシさんの「らしさ」みたいなものが分かってくると、同時にヤマジカズヒデ自身がどういうアーティストでどういう持ち味があって、なにができるのかということを自分で認識することでもあると思うんですけど。
あぁ、なるほど……自分に対しては、けっこういろいろ、課しているかも。いろんなバンドでやって実験しているから。ペダルの使い方だったり音の出し方だったり、ギターの入れ方だったり。その結果をdipに持ち帰る感じかな。あとは人の曲をやることで、曲にとっていちばん必要なツボはなにか考えるようになった。自分の曲だと自分のこだわりのフレーズがあるけど、外から聴いたら別にそんなに印象に残っていない、なんだったら要らないんじゃないか、みたいな。そういう時あるでしょ? そういう意味でもこだわりなんて必要ない。今回もね。こだわって何回も録り直したギター、結局カットしたとかあるからね。だからいかに抜くか!っていう。そこは大事だと思う。
──そこに気づけるかどうかは大事なことなんじゃないかな。たぶん「暗黒時代」ではできなかったんじゃないですか。
できないね。加減が出来ないからね、もう詰め込むだけ詰め込んじゃうから。
──それはそれでおもしろいような気がしますけど。
トゥーマッチなね。昔の自分のCDとか聴いているとめっちゃ詰め込んでいて息が詰まる。
──でも、そのカオスがおもしろいというのもあるよね。
それはわかる。人の曲だったらそういう風に思える。自分の曲だと色々思い出されて、胸が痛くなってくる。
──今回はすごくシンプルじゃないですか。
うんうん。
──めちゃくちゃシンプルだと思うんだけど。しかも繰り返しが多いし。じゃあそれで飽きるかっていったら飽きないというのが今作のポイントかなという気がしました。
そこがdipらしいですね。
──非常にdipらしいアルバムということで、どうですか、完成してみて、手ごたえは。
なんかね…毎回そうなんだけど、アルバムが出来上がる頃にはもう次の気分になっていて。次はこうしようとか。アルバム録っていたころよりも一歩先を行っていて。だからそうなると、「このCD、別に出さなくても良いかな」って。自分のなかではここはまだ、途中な感じ。
──自分なりに完成度の高いものを作ったつもりだったけど。
いまとなっては、みたいな。そういう風に思えるうちは新曲とかも作れるのかな。まぁいいわ、と思ったら、バンドを辞める時かもしれないしね。
編集:梶野有希
dip、約9年ぶりの新作をリリース
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PROFILE : dip
ヤマジカズヒデ(Vo / Gt)・ナガタヤスシ(Ba)・ナカニシノリユキ(Dr)によるオルタナ・ロックバンド。炸裂するギター、ソリッドなのに浮遊感のあるバンド・サウンドは観客を魅了し続けている。1993年に東芝EMIからシングル「冷たいくらいに乾いたら」でメジャーデビュー。Televisionほか海外アーティストとの共演など、1991年の結成以来、現在も常に挑戦的な姿勢は他の追随を許さない。
■公式X:https://twitter.com/dip_official
■公式HP:https://diptheband.com/