優秀なミュージシャンが消えていくんじゃないかという危機感
──まず、この日のライヴのことからお話ししてもらえますか。
加藤ひさし(以下、加藤):この1月15日のライヴっていうのは、去年発表したアルバム『ジューシーマーマレード』のリリース・ツアーのファイナルという位置付けが俺のなかでは強かったんだよね。当然、ニュー・アルバムからの新曲もすごく多い。今回のこのライヴ・アルバムはその1月15日のステージを、そのまま曲順通りに収録したの。MCは一部カットしているけどね。いまってSNSでこっちが悪気がなく言ったことでもいろいろ揚げ足取られたりとかすることが多いし。俺が言ったことで俺が責められるのは全然問題ないんだけど、これはTHE COLLECTORSのライヴ。バンドとスタッフ、レコード会社や出版関係の方々にも迷惑かけるのが申し訳ないかなと思って。だからトークの部分は少し編集してる。逆に言えば、MCはもうライヴに来た人だけのお楽しみだね。
──ただ、それが結果としてライヴ・アルバムとしてのスピード感、ダイナミズムに繋がっていると思いました。
加藤:そう思ってもらえたら本当に良かった。実はこの2023年、マンスリー・ライヴが1年続くのね。つまり全部で12回ある。だったら、この12回分を同じようにダウンロード販売していきたいなって思って。だから、このマンスリー初日公演を収めたライヴ・アルバムは、その第1弾ってこと。これ全部これからも出る。というか、これを出したいの。2月も3月も4月もこれからも全部。もちろん動画配信もあるんだけど、その後に音源も出していく。マンスリーを継続させながら、この1年のライヴをアルバムにして配信でどんどん発売していく……っていう、もう、とてつもなく恐ろしい作業になっていくんだけど、これやる理由のひとつは、実は2020年のコロナ禍突入になったときに、ほとんどのロック・バンド……あとは芸能の人もアーティストもステージに立つ人が、みんな活動できなくなったじゃない? それで活動の場をみんな配信に求めたわけだけど、正直、ライヴ配信の音ってお世辞にもいい音じゃないんだよ。当然、その場……ライヴ会場にいるわけじゃないから、聞き手のそれぞれがiPhoneで聴いたり、パソコンで聴いたりだから仕方ない部分もあるんだけど、音が悪いと下手くそな演奏に聞こえるし、逆にマイナス・プロモーションになっちゃうし。こんなことやってたら配信ライブをみんな飽きられちゃうよ、と思ったわけ。配信なんてこんなレベルなんだってね。だから俺たちの配信は、DVDにして販売しできるぐらいのクオリティを保証できるくらいミックスや映像編集とかをしっかりとやって見せていこうっていうのをコンセプトにはじめたの。でも、有料配信している期間はコロナ禍初期の頃は4日ぐらいしかなくて、その4日のために、ものすごいエネルギーを費やして映像の編集と音の編集をやってきたわけね。それが後にDVDボックスになったりはしたんだけど、それと同じように今回のマンスリー・ライヴをやる上で、このすごいエネルギーを使って編集もミックスもしている。そこで、これだけ丹精込めて作った音は、みんなに買ってもらいたいっていう気持ちになってね。配信で観て終わりじゃなくて、手元に置いてもらって何度でも聴いてもらいたいって思ったよ。
──確かにコロナ禍のライヴ配信は、おおかたが一時的、急場しのぎのようなものが多かった印象です。やらないよりはいい、という。
加藤:でしょ。でも、そうやっていい音で完成させても、いまはCDを買う人も限られている。かといってサブスクで聴かれてしまうと、とてもじゃないけど制作費をペイできるまでに時間がかかっちゃう。すごい再生回数を重ねないといけないからね。そこで考えたのはダウンロード販売がいちばん良いということ。しかも、このOTOTOYみたいにWAVファイルとか、CDと同じ音質、もしくはハイレゾなどCD以上の高音質でダウンロード販売しているところで買ってもらったら、いい音で完成させたライヴ音源をくりかえし楽しんでもらえる。だってさ、俺たちのライヴ・レコーディングって、48kHzの32bitっていう、CDより遥かに高音質で録音されてるわけなんだよ。俺たちはそういう音質で作ってて、それをCDにして販売するにあたっては、わざわざダウン・コンバートしてるってわけね。だから、今回のライヴ・アルバムはCD以上の音質でも聴けるし、もしくはCDが好きだっていう人はWAVファイルでダウンロードして、iTunes / Windows Media Playerを使って自分だけのハンドメイドCDを作ればいいじゃない。それもいらないよっていう人はもっと軽い圧縮ファイルで聴けばいいし。いずれにせよ、買ってもらわないと聴けないよっていう状況を作らないと良くないなと思ったの。じゃないとミュージシャンはみんな干上がっちゃう。とにかく、買わないと聴けない、というのを常態にしていきたい。そこだけは死守していきたい。
第一、さっきも言ったけど、高音質で録音して、それをミックスだの編集だのに何日もかけてやってるものを、数日の配信だけで終わらせるのは癪なんだよ。その思いがこの企画のはじまりかな。

──加藤さんがそこまで音質にこだわっていることは、熱心なファン以外には意外と伝わっていなかったような気もします。加藤さん自身は熱心な音楽ファンだし、加藤さんの趣味嗜好から多くのイギリスの音楽を知ったというリスナーも多いはずですが、ライヴ録音にそこまで熱意を傾けているということももっと知られるべきですね。
加藤:そうだね。そもそもレコーディングの音質に関していえば本当にデビューしたときから、すごくこだわってたのね。ただやっぱりデビューしたての頃は自分もレコーディングがどういう感じで行われるかとかわかってなかったし、そういうことを知らないままこの世界に飛び込んだわけじゃない? ただ、漠然と1960年代なのにザ・ビートルズはなぜあんなにいい音なのかっていうことはずっと考えていたし、フェアチャイルドっていうコンプレッサーがあったから当時はああいう音になったってことを知ったりするうちに、自分たちでも試してみたくなっていったんだよね。つまり、高価でレアなフェアチャイルドを持っているエンジニアと、レコーディングしたくなった。だから4枚目(『PICTURESQUE COLLECTORS’ LAND~幻想王国のコレクターズ~』1990年)は飯尾(芳史)さんにお願いしたわけ。それくらい、実は昔から音作りにこだわってたの。いまにはじまったことじゃない。ただ、いい音の作品を作って買ってもらわないといけないっていう状況を作らないと…と思ったのはここ数年。やっぱり自分もYouTubeとか簡単に観るし、映像だとNetflixとか入って、いろんなものを観るんだけど、その再生回数への対価の支払い方だと、どう考えてもプラットフォームを作った会社ばっかりが潤うようになってて、いちばん大事な音楽を作ってる人たちまで届かないんだよね、残念ながら。これをなんとかしていかないと優秀なミュージシャンが消えていくんじゃないかというすごい危機感があってね。
あともうひとつは、『ジューシーマーマレード』ってすごく自信作だったんだけど、売上の結果は難しいものだった。CDの売り上げっていうのが年々…それも世界中で落ちてて、もちろん俺たちも落ちてきているのがわかっていたし、実際『ジューシーマーマレード』で痛い目にあった。確かにサブスクがあるから買ってもらえないってのもあると思う。だから、買ってもらうためにはサブスクから切り離す、ということをやる必要があるかもしれないって。もちろんサブスクだけのせいではないのかもしれないんだけれども、ただ、もう、ミュージシャンってやっぱりレコードとかCDとか、そういう定価がしっかりしたものを売っていかない限り、なかなか収益が出ない。もちろんサブスクで聴いてくれた分だって収入として入るんだけど、とてもそれは生活していけるようなレベルじゃないんだよね。そこを変えていきたいという思いが、『ジューシーマーマレード』を作って売って改めて気づいたというのもある。いま、サブスクやってる会社も作り手のことを少し考えてみて欲しいと思うよ。