Isabelle Lewis『Greetings』
LABEL : Bedroom Community
〈ベッドルーム・コミュニティ〉からのリリースとなる本作は、レーベル創設者のヴァルゲイル・シグルズソンの全面プロデュースによるものである。つまりそれは、クラシック~現代音楽とエクスペリメンタルなエレクトロニック・ミュージックが同居するサウンドになるということだ。クラシカルな要素はヴァイオリニストのエリザベス・クリンクが担保し、ヴォーカルはベンジャミン・アベル・メイルヘーゲがアノ―ニを思わせる歌声を響き渡せている。デジタルとアコースティックのバランスというのはどのジャンルでもトピックになることだが、ビョークとの仕事に遡るまでもなく、ヴァルゲイル・シグルズソンが手掛けるプロダクションが他の追随を許さないことは周知のとおりだ。鍵盤やストリングスの旋律を邪魔することなく、デジタル・ノイズやビートでスパイスを加え、楽曲のムードを作り上げ、ヴァルゲイル・シグルズソン印のサウンドに仕立て上げる。ジャンルを越えて、ここまで自身の特徴を巧みにサウンドに刻み付けられるプロデューサーはなかなか見当たらない。
Oliver Coates『Throb, shiver, arrow of time』
LABEL : Rvng Intl./ PLANCHA
オリヴァー・コーツは高い評価を受けた前作『skins n slime』以降、劇伴作家としての能力を発揮し、特に『aftersun/アフターサン』(2023年)での劇伴は注目された。チェロとエレクトロニクス、ピアノが描き出す、瑞々しくも寂寥感漂うセンチメンタリズムは、ストーリーと絶妙に溶け合った。『Throb, shiver, arrow of time』は『aftersun/アフターサン』の監督であるシャーロット・ウェルズがオリヴァー・コーツに音楽と記憶の関係について質問したことが影響しているという。そのせいか、本作のサウンドは『skins n slime』よりも良い意味でフリーフォームなアンビエント・ミュージックとしての色合いが濃く、記憶を表象するように輪郭が曖昧なサウンドが特徴だ。チェロという楽器のポテンシャルを最大限まで引き出すような彼の作曲とアレンジメントによって形作られたアンビエンスは、マリブーをはじめとした客演たちのアシストもあり、途方もない魅力を放つ。劇伴作家として売れると、自身のオリジナル作品のリリース・ペースが激減する音楽家は少なくないが、彼にはぜひ、そうならないでほしいものだ。
Caroline Shaw 『Leonardo da Vinci (Original Score)』
LABEL : Nonesuch
ケン・バーンズ監督のドキュメンタリー映画『レオナルド・ダ・ヴィンチ』の劇伴を、キャロライン・ショウが手掛ける。しかも客演には、アタッカ・カルテット、ソー・パーカッション、ルームフル・オブ・ティースという本連載で何度も取り上げてきた固有名詞はもちろん、ジョン・パティトゥッチのようなジャズの名ベーシストまで招いている。〈ノンサッチ〉からのリリースだ。特にレオナルド・ダ・ヴィンチが存命だった1450年代~1510年代は、ルネサンス音楽にとっておおよそ初期~中期に該当し、ポリフォニックな声楽が中心だったため、ヴォーカル・グループのルームフル・オブ・ティースの一員としても知られるキャロライン・ショウが作曲家に起用されたのは頷ける。とはいえ、音楽的にはルネサンス音楽的な部分はそこまで大きくなく、映画の個々のシーンに即しつつ、基本的にはクラシック音楽のボキャブラリーに依ったサウンドになっていると思われる。現時点で、日本公開は未定のようだが、キャロライン・ショウの劇伴が映画内でどのようにハマっているのかをスクリーンで確認したいところだ。