情けなさを歌っていった方が嘘がない
──でも、こうして制作毎に課題を見つけて、バンドをより良く、よりおもしろくしていこう! とするのはとても良い流れですよね。そんな大きなきっかけを与えることとなった今作ですが、先行配信された"Replica"と次の"魔法はとけていた"はラヴ・ソングですね。
坂井:"How are you?"もそうですね。先行配信の2曲は、ラヴ・ソングを頑張って書いてみようという試みで作りました。前作の"かなしい生き物"での経験を経て、より自分ならではのラヴ・ソングを作ってみたかったんです。"魔法はとけていた"はスタジオで練習している合間になんとなく弾いていたコード進行にビビッときて、ヴォイス・メモに録音したものを形作っていったので、他2曲に比べると力を抜いて書けました。一方で"Replica"と"How are you?"は歌詞もギリギリまで粘って、結構しんどかったですね。この2曲は、ある程度作り込んだ自分を描こうという気持ちで書いた曲たちで「こういうシチュエーションになった時、自分はどう思うか?」というテーマを基に書いていったんです。"魔法はとけていた"は、完全に女子になりきりました(笑)。短編を書くような感覚で書いたので、作詞も楽しかったですね。このなかではいちばんのお気に入りです。
村尾:満場一致で、メンバーみんな好きだよね。
坂井:そうだね。あと1曲入れたいね、となった時に、他にも候補があったなかでそれら全てを跳ね除けて選ばれた曲なんです。気の抜けた感じだけど、歌詞がメランコリックで静かな曲というのが、最後のピースにがっちりハマった感じはあります。
アラユ:ラヴ・ソングとしては"かなしい生き物"の時よりも解像度が高いよね。言葉ひとつから想像を膨らませる作りだったのが、今回は歌詞全体から情景が浮かんでくる。1080pのYouTubeの短編映像みたいな……。
坂井:そこで映像監督の顔を出してくるなよ(笑)。

──(笑)。 個人的に、"Replica"のサビの〈恨むけど〉のコードは下がるのに、ラストの〈また今日も〉のところだけは少し前向きなコードになっているところがドラマチックだなと思いました。歌詞だけでなく、メロディも合わせてストーリーを作っている感じが良いなと。
坂井:おお、そこに気付いてもらえるのは嬉しいですね。あそこは、転調するかしないかのギリギリのところを狙っていったんですよ。でも、歌詞は後乗せなので、わりと奇跡的なマッチングです。
村尾:僕もこれはデモ聴いて、なんだこれ! 気持ち悪いことしてるな~と思いました。玲音くんは、コードを変なところで変えてきたりするんですよ。でも今回のこれは、転調しそうでしていないのに、コードは変わっている。なのにクライマックスに向かっているという。ああ、こういうのもできるのね! と思いましたね。
坂井:個人的に気付かれないくらいのちょっとしたこだわりを入れ込むのが好きなんですよね。気持ち悪いって言われましたけど(笑)。
村尾:もちろんいい意味でね!(笑)

──ドラマチックといえば、"How are you?"のMVもまた、違う意味のドラマ性がありますよね。曲を聴くたびに映像がセットで浮かぶようになってしまいました。
坂井:それは嬉しいですね。カメラマンもキャストも友達なので、どうせなら爆笑しながら撮ったり編集できたらいいよねと思って、ああなりました。
アラユ:"Hesitate"のMVもメンバーが殴られたりしていて、ああいうわちゃわちゃしたりする感じがおもろいよねっていう話があったので、今回は爆笑系に振り切りました。
坂井:MVを観たり曲を聴いたりしてくれた人から、Apesって真面目だよね、と言われることが多いんですよね。まあ真面目ではありますけど、全員基本的にはふざけているので、そういう一面も見せた方がいいんじゃないかという考えもありました。これはご想像にお任せしますけど、もしかしたら各々は"How are you?"のストーリーの配役通りの性格や行動パターンを持っているかもしれませんし……。
全員:(笑)。
村尾:いままで、僕らの人間性が見えづらかった部分があると思うんです。お堅いイメージというか。とはいえ、あそこまでビンタの画が使われるとは思っていなかったんですけどね……あそこまで情けなくはないです! 多分!
アラユ:玲音くんのバックでやっている殴り合いも、大振りで見せなきゃ映えないから、本気でやろうぜ! と言って割とマジでやりました。
坂井:後ろから、オラァ! って声が聞こえてくるから、なにしてんだろ? って思ってたわ(笑)。
──あの躍動感はそういうところから生まれてたんですね。でも先ほど仰っていた「いままで見せてこなかった一面」という話は歌詞からも感じました。"Mustang"の〈どうか連れ出してよ/ここじゃないどこかへ〉然り、自分を鼓舞する歌詞ではなく、弱音や情けなさを露わにしているなと思いましたが、そこはどうですか?
坂井:内省的な部分を捨てようと思ったんです。『PUR』は俺の独り言だったんですけど、今作からは、もうちょっと違う……。例えば"Mustang"だと、以前の坂井玲音であれば「こんな窮屈な世界から逃げ出すために、前を向いて頑張ろうぜ」って書いていたと思うんです。でも自分自身そんなマッチョな考え方をする人間でもないし、僕ら3人共ダメ男なので、いまはそういう情けなさを歌っていった方が嘘じゃなく歌えると思ったんですよね。頑張ろうぜ! っていう感じではないです。
──いままでは、自分は情けない奴なんだという自己分析をしていたけれど、それでもApesで見せる自分は別でありたかった?
坂井:そうなんですよ。格好つけていたというか、いま思うと作り込んだ自分だった気がします。ステージに立っている"坂井玲音"という人間だったんですけど、いまはより正直に白状している感じですね。逃げ出したいけどそれもできない、なんなら連れ出してよ、って言っちゃっている方が人間らしいですし。きっと前は自分のことを書こうとしすぎていたんだと思います。自分が歌詞を書くなら、自分の決意やバンドをやっていく理由を歌詞に入れなければいけないと思い込んでいたんですよね。今回はその意識を1回取っ払いたいと思いながら作詞しました。
