2019年を象徴する作品はどんなものが印象的だった?──ライター講座的ベスト・ディスク

OTOTOYが主催するオトトイの学校にて、音楽評論家として活躍する岡村詩野のもと、音楽への造詣を深め、「表現」の方法を学ぶ場として開講している「岡村詩野音楽ライター講座」。『Year in Music』をテーマに、2019年にリリース作品を振り返ってきた今回の講座。こちらのページでは受講生によって選出されたベスト・ディスクのレヴューを掲載します。
Year in Music 2019
>>> 01. 崎山蒼志『並む踊り』(Text by 松尾衣里子)
>>> 02. BLACKPINK『kill this love』(Text by 西田健)
>>> 03. Kuro『JUST SAYING HI』(Text by 田川史朗)
>>> 04. RIDE『This Is Not a Safe Place』(Text by 吉澤奈々)
>>> 05. ヨルシカ『だから僕は音楽をやめた』(Text by 武政りお)
01. 崎山蒼志『並む踊り』
「こんなに軽やかな人だったのか」と驚いた。同世代のコラボレーターを迎え制作された『並む踊り』は、崎山蒼志にとって飛躍の1枚だ。
高校生離れしたテクニックでアコギを弾き語る、という印象の強い崎山だが、今作は半分近くの曲で打ち込みを前面に打ち出している。しかも、そのどれもが習作のレベルを優に超えている。特に長谷川白紙が作編曲、崎山が作詞を担当した「感丘」での、コード感を飛び越えて自由に泳ぎ回るような歌には驚かされた。
この柔軟さを語る上で、彼らがデジタルネイティヴ世代であることは欠かせないだろう。インターネットを開けば1950年代のものから最新の楽曲まで同列に選び取れる環境で育ってきた彼らが年代やジャンルに対して感じている壁はとても薄い。制作方法や、完成した楽曲の披露の方法にも禁じ手がない。
だがその自由な感覚の反面、「自分達の世代のシーンを作る」事について、彼らは非常に自覚的であるように感じられる。特に崎山は、彼らの世代の中心に立ち発信していく事ができる力と才覚を持った人だと思う。
『並む踊り』は崎山蒼志というアーティストの新たな可能性を感じさせると同時に、彼らの世代が作り上げるシーンが新たな扉を開きつつある事も実感させてくれる。(Text by 松尾衣里子)
02. BLACKPINK『kill this love』
音楽業界における2019年を象徴する出来事といえば、K-POP女性グループ、BLACKPINKの大躍進である。米国最大の音楽フェスティバル、〈コーチェラ・フェスティバル〉では間違いなく彼女達が今年の主役だった。
コーチェラといえば、昨年の主役はビヨンセだった。ヘッドライナーとして出演した彼女はステージをマーチング・バンドで埋め尽くし、観客の度肝を抜いた。彼女の衣装や歌詞なども含めたライブパフォーマンスは、黒人の女性としてのアイデンティティを示すものであった。
今年のコーチェラでも披露されたBLACKPINKの“kill this love”は、そのビヨンセのパフォーマンスに共鳴するかのようにマーチングを取り入れている。このマーチングのリズムや、イントロで鳴るド派手なホーンセクションから感じるのは、彼女達の「音楽業界の頂点を獲りにいくぞ」という決意だ。今年のBLACKPINKの躍進は昨年ビヨンセが証明した、白人層からはマイノリティな文化であっても、また女性であっても頂点に立てる時代だということを、さらに進めたものではないだろうか。これからの時代において彼女達の活躍が重要なキーとなることは間違いない。(西田健)
03. Kuro『JUST SAYING HI』
ジャケット中央に置かれている“黄色”がこのアルバムを象徴している。スタンダードな印象の中にも深みがあり、入り込むほどに新しい感触がどんどん押し寄せてくるのだ。
一人の部屋にも大人数のフロアにも馴染む、さらりと耳に心地よいサウンドと的確に体を刺激するリズム。サウンド・プロデューサー達によるトラックはそれぞれのアプローチで誘ってくるし、“MICROWAVE”のトランペットや“FOR NOTHING”のアウトロのギターはライヴの感触を携えて主張している。だが、どの曲でも重要なピースとして中心にかっちりとはまっているのはKuroの声だ。伸びやかに歌われるメロディ、歯切れよく弾むリリック、表情豊かなコーラス。
あらゆる形で散りばめられているこの声の個性は、ラスト3曲でクライマックスを迎える。言葉のリフレインが高い中毒性を生む“TOKIORAIN”。君島大空がアレンジを手掛け、静かな始まりから余韻を残した終わりまで穏やかな曲調ながら強いインパクトを持つ“虹彩”。Kuro自身が手掛け、歌詞への感情の込められ方に聴き入る“FEEL U”。そしてそれが終わるとまた1曲目に戻りたくなる。アルバムという形態の意義を感じさせる点も含めて2019年にリリースされた意味のある1枚である。(Text by 田川史朗)
04. RIDE『This Is Not a Safe Place』
RIDE『This Is Not a Safe Place』
【収録曲】
01. R.I.D.E.
02. Future Love
03. Repetition
04. Kill Switch
05. Clouds of Saint Marie
06. Eternal Recurrence
07. 15 Minutes
08. Jump Jet
09. Dial Up
10. End Game
11. Shadows Behind the Sun
12. In This Room
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なぜ2019年にライドなのか? 今尚、純粋に音楽を楽しんでいるバンドだからだ。長いキャリアの中で、バンドの基盤でもあるシューゲイザーを、自分たちの手で新しく塗り替えている。アルバムジャケットのように、まっすぐ前に焦点を絞って。それが、自分たちのライドという音楽だけを見ているとしても。
ビリーアイリッシュの攻撃的なLOWのビート、BrittanyHowardの余白を活かしたグルーヴ、JamilaWoodsのレガートなメロディ。一見似ても似つかない、ライドの『This Is Not a Safe Place』にも、この要素が含まれていた。活動の長い彼らは、ファンが求めるイノセントで、遠い景色を思い起こさせる、言わば録音物として保たれた作品を作るのはたやすいだろう。しかし、このフレッシュさは何なのか?
瑞々しさの核になるのは、血肉に得たテクニックもあれど、ライドの純粋な姿勢が2019年にも新しく聞こえるサウンドを生み出したのではないか。単純な答えだが、初期衝動。そのバンドの充実さが現在進行形で続いている。ヴォーカル / ギターのマークは「最高のレコードを作りたくて仕方がない。新しい音楽を聴くのも、作るのも大好きなんだよね。」と語った。ライドはまだ大人になっていない。(Text by 吉澤奈々)
05. ヨルシカ『だから僕は音楽をやめた』
ヨルシカ『だから僕は音楽をやめた』
【収録曲】
01. 8/31
02. 藍二乗
03. 八月、某、月明かり
04. 詩書きとコーヒー
05. 7/13
06. 踊ろうぜ
07. 六月は雨上がりの街を書く
08. 五月は花緑青の窓辺から
09. 夜紛い
10. 5/6
11. パレード
12. エルマ
13. 4/10
14. だから僕は音楽を辞めた
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確かに、アルバムは既に時代遅れとなったコンテンツなのかもしれない。しかし、ボカロPとして活躍するn-buna(ナブナ)と女性シンガーのsuis(スイ)の2人組バンド、ヨルシカの1stフル・アルバム『だから僕は音楽をやめた』は、私たちにもう1度、アルバムを聴くことの醍醐味を思い出させてくれる1枚になっている。
『だから僕は音楽をやめた』に収録されている楽曲には、「エイミー」と「エルマ」という、二人の少年、少女が登場する。コンポーザーであるn-bunaが紡ぐ精巧な歌詞に、卓越した表現力を持つsuisの歌声が微妙なニュアンスを付け加えることで、2人の物語は、言葉にできる思いと、できない思い、その両方を内包した奥行きの深いものとなっている。ただし、彼らの物語はアルバムの中に断片的に散りばめられているため、1曲聴いただけでは、その全貌をつかむことはできない。アルバムを頭から聴き、歌詞の1文に込められたn-bunaの意図を、suisの感情を丁寧に読み取ることで、私たちは初めて、ヨルシカが作りだす物語の中に入り込むことができるのである。
好みにあったプレイリストを楽しむのも、それはそれでアリだ。しかし、やはりアルバムを頭から通して聴き、アーティストが曲の並びに込めた意図に思いを馳せることでこそ、楽曲のよさを真に味わえるのではないだろうか。(Text by 武政りお)