家で作られている質感はあるけど、ずっと外にいる気分にもなるアルバム(Ryu)
──Ryuさんはどのように楽曲の方向性を決めていったんですか?
Ryu:僕の中に漠然としてあったのは、ファットボーイ・スリムの曲で、デカいホテルでおじさんがひとりで踊っているMVがあるじゃないですか(ファットボーイ・スリム「Weapon Of Choice」)。あのイメージでずっとアレンジしていて(笑)。
Keishi:ははは!(笑)。Ryuくんの作業が終わった後、「踊りながら作りました」とRyuくんが言っていて。嬉しかったし、その感じはサウンドに反映されているよね。僕の印象としても、ビートの作り方が流石だなと思った。Ryuくんの作品って、前は美しいサウンドが印象的だったけど、どんどんビートが踊れるものになっている感じがしていて。それがこの「Precious Time」にもしっかりと反映されているなと思った。
Ryu:ピアノとビートの関係はかなり意識しましたね。「打ち込み」がコンセプトなのでもちろん打ち込みで作っているんですけど、ドラムのスネアの位置は全部手動で変えているんです。本当に、妻に怒られるくらい踊りながら作っていたんですけど(笑)、踊りの才能がない僕がそれでも踊るというのは、相当いいグルーヴができたなと思います。
あと、僕は歌詞を読んで「ドライブをしながら聴きたいな」と思ったんです。なので、アレンジしている最中もめちゃくちゃドライブしながら聴いていました。この曲は、車のスピーカーとかラジカセで聴くのが最高だと思うんですよね。風の音を聞きながら……とか、ちょっと雑味のある中で聴くと最高だと思う。最初は、わざとアレンジで雑味を入れようかとも考えたんです。でもそれは最終的にナシにしました。聴いている人がその時いる空間の自然音とマッチしてくれたらいいなと思って、結局SE的なものは入れなかったんです。
Keishi:今、話を聞いていて「流石だな」と思ったんですけど、このアルバムはカセットを出そうと思っているんですよ。
Ryu:おお!カセット、超聴きたいですね。
Keishi:僕はこれまでのアルバムは全部レコードを出してきていたんですけど、今回はコンセプト的にはカセットの方が合うだろうなと思って。その話を一切していないのに「雑味」とか「ドライブに合う」というワードが出たのは嬉しいですね。
Ryu:アルバム全体がそうですよね。環境の中にある雑味が入ってくる感じが合っているし、それがさらに、家で作っている感じも醸し出している。

──今回の『Like A Diary』はKeishiさんがご自宅のスタジオで制作されて、さらに「打ち込み」というコンセプトがあったうえで作られた作品ですけど、だからと言って「内省的なシンガー・ソングライター・アルバム」という表情は持っていない、もっとたくさんの表情を持った、とても開かれたアルバムだと個人的には感じたんです。Ryuさんは今回のKeishiさんの試みについては、どんなことを感じられますか?
Ryu:僕らの時代は狭間にいますよね。新しいものをどれだけ家で作れるか、その上でどれだけ人間の温かみのあるグルーヴを生み出せるか、いつかAIに乗っ取られるであろう予感……。僕も常々そういうことを考えながら音楽を作っているので、今回、Keishiさんとコラボできたのはすごく嬉しかったです。「自分ももっと作らないとな」という気分になりました。
面白いもので、バンドはバンドでもちろん温かみはあるけど、家でソフト音源で作ったものでも、人間が手を付ければ温かみを与えることはできるんですよね。このアルバムも、家で作られている質感はあるけど、同時にずっと外にいる気分にもなるアルバムだと思うんですよ。散歩しながら聴きたくなるアルバムだと思う。改めて、それが僕らミュージシャンの力なのかなと思います。インドアで作られたものではあるけど、聴いた人を外に連れ出したり、外にいるような気持ちにさせたりできる。そういうことを改めて思いました。
Keishi:すごく嬉しい。今言ってくれたことが、このアルバムを作る根本にあったものだと思います。家で打ち込みで作るからと言って、内向的なサウンドだけでアルバムは作りたくないなと思っていて。僕の中だけで完結するものにはしたくなかったんですよね。もっと届けようとしている感覚があったし、打ち込みにも生(なま)の温かみをどれだけ入れることができるか?とか。そういうことに対して、どこまでできるかを試したかったんです。やってみて、違ったらやめればいいやと思いつつ、でも自分の中では「アルバムまでいける」と思っていた。だから、風とか、気温とか、自然の中にいる感覚もこの曲たちから感じてもらえるのであれば、作ってよかったなって、今の話を聞いて思いました。
Ryu:アルバムのジャケットもそうですよね。「自宅で作業する」と聞くと、暗闇の中で根詰めてパソコンに向き合っている画を想像する人もいるかもしれないけど、このアルバムのジャケットはフワーッと明るくて。「僕もこういうことをやりたい!」と思いました。僕はまだ家で曲を作ると、ズーンとした曲を書きまくっちゃうので(笑)。
Keishi:今またいい話をしてくれたんですけど、ジャケの打ち合わせの時もそういう話をしたんですよね。このインタビューの写真も撮影してくれている写真家の山川哲矢くんにこのジャケの写真も撮ってもらっているんですけど、デザインのディレクションをしてくれる岩本(実里)くんというデザイナーもいて、彼らと相談している中で、「俺は打ち込みのアルバムを作ったし、タイトルを『Like A Diary』としたけど、いわゆる日記的な感じとか、内向的に部屋の中で音を綴っているような印象はジャケからは感じさせたくない」という話をふたりにしたんです。仕込みかっていうくらいに、Ryuくんが的確な感想を言ってくれる(笑)。
