2025/05/28 18:00

はみ出した人をささやかに照らす、月のような存在であれたら

──3年前の復活ライヴから、中尾さんと藤田さんに加えて、ニトロデイのギターのやぎひろみさんが入ったトリプル・ギターの5人編成でライヴをやってるわけですが、個人的にはART-SCHOOLとしての最強の編成だと思ってます。木下さんとしても良い状態だと思う瞬間が多いんですね。

木下:そうですね。集客面でも、活動休止前は割と小さなハコでのワンマンもソールドアウトするかしないかっていう感じだったけど、今は倍以上に増えているから嬉しいよね。その期待にはやっぱり応えなきゃいけないと思ってるし。そう思うのはプロとして当たり前なんだけど、昔の僕はその意識が著しく欠けてたから。

──ライヴに向けてコンディションを整えなかったり。

木下:そうだし、毎晩飲み狂ってたから、もうそういう状況じゃないっていう感じでしたね。

──復帰してしばらくしたタイミングから活動休止前より声が出るようになったと言ってましたよね。他の4人がすごく頼もしいというのも大きいと思いますし。

木下:そう。4人に負けないように歌も頑張んないとって思って。

──そういう気持ちは『1985』を作る上でどんな作用があったと思いますか?

木下:前作の『luminous』は僕としては結構手応えがある作品だったので、その延長線上にあるような作品を作りたかったんだよね。『luminous』の先にあるような光景の作品。だから、地続きで繋がっている感じがするけどね。

──そう思います。アルバム・タイトルにもなった「1985」をリード曲にしたのはどうしてだったんでしょう?

木下:単純にいちばんポップな曲だからですね。

ART-SCHOOL「1985」 MUSIC VIDEO
ART-SCHOOL「1985」 MUSIC VIDEO

──何か大切なものと出会った時のキラキラした感覚が凝縮されているような印象がありました。

木下:うん。僕が初めてプリンスの曲を聞いた時とかの感覚に近ければいいなと思ってます。

──1985というと木下さんは7歳ですが、この年をモチーフに歌詞を書こうと思ったのはどうしてだったんでしょう?

木下:強い意味はないんですよね。詞とメロディが一緒に出てきた中でたまたま1985だったんです。この曲を作った頃よくプライマル・スクリームのボビー・ギレスビーの自伝を読んでたんだけど、そこに「1985年からすべてが始まった」って書いてあって、それが印象に残ってたのかもしれない。あと、ジーザス・アンド・メリーチェインの『サイコ・キャンディ』がリリースされたのが確か1985年で。80年代のU2とニュー・オーダーの曲をよく聴いてた時期だったからそのその影響も出てるのかもしれないですね。


──今作を作る上でウォン・カーウァイ作品もモチーフになったそうですが、カーウァイの作品は『luminous』のモチーフにもなっていて。

木下:そうなんですよ。ウォン・カーウァイの映画は高校の時に初めて見たんですけど、ずっと好きで、カーウァイの映画に出てくる男女が永遠にすれ違っていく感じには惹かれますね。今回の「Trust Me」っていう曲のミックスの時に、憲太郎さんが岩田さんに『フォーレン・エンジェル』(天使の涙)のトレイラー映像を見せてましたね。確かに合うんですよね。「1985」のミックスの時は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』を見せて「絶対に合うので見ながらやってください」って。エヴァは神話的なモチーフがあって、俺も聖書や神話の世界観が好きだから通じるものがあるのかもしれないですね。

──求めるけどすれ違って手に入らない描写というのは木下さんの歌詞にずっと出てくる描写ですよね。

木下:そうですね。そういうものに美しさを感じるから。(レオス・)カラックスやガス・ヴァン・サントの映画も好きだし。冷たい視点がありながらも優しさもあってスタイリッシュで。あと、はみ出してる人がよく主人公になっているイメージがあるけど、ガス・ヴァン・サントもウォン・カーウァイもカラックスもそういう人たちに対する視点が優しいところがすごく好きですね。ART-SCHOOLはそういうはみ出しちゃってる人とか孤独感を抱えてる人に対しての視点は絶対に優しくありたいとは思ってますね。

──自分自身もそういう存在だったからという気持ちもあるのでしょうか?

木下:そういう存在だったし、そういう人が出てくる映画や小説や音楽に僕は救われたし。そこは曲を作る上でずっとこだわってるところだと思います。救ってくれるっていうのは「救われました!」みたいなニュアンスではなくて、ちょっといい気分になるだけでもいいんですよね。その曲を聴いたことでちょっと違った景色に見えたり。「別に大丈夫なんだよ」って言ってあげたいっていうか。それが太陽みたいなエネルギーで包まれるようなものじゃなくて、ささやかな光じゃないと僕はリアリティがないなと思って。僕もささやかに照らしてくれる月みたいなものに支えられたから。

──その感覚がずっと新鮮なまま曲にとじ込められているのがすごいなと思います。

木下:僕が音楽ファンだからかもしれないね。例えばU2の「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」は僕が幼い頃から聞いてた曲だけど、ずっと新鮮に聴こえるんですよね。ニュー・オーダーの曲もそう。「なんでだろう?」って考えると、アーティスト自身が自分の音楽にずっと興奮した状態だからいつまでも新鮮に聴こえるんだろうなと思うんです。自分の音楽に興奮しなくなったら曲作りは単なる作業になってしまって新鮮さはなくなりますよね。長年続けていくと曲作りのコツはわかってくるけど、自分の曲の最初のリスナーは自分だから新鮮に聴きたいよね。自分の曲に感動しなくなったら終わりだと思います。

この記事の編集者
石川 幸穂

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[インタヴュー] ART-SCHOOL

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