R&Bやソウルの縛りのなかで、さまざまな音楽スタイルに挑戦
──このアルバムは曲ごとにリファレンスが明確にあると思います。まず「Bittersweet」はニュージャックスウィングですよね。ブルーノ・マーズからNewJeansまで、トレンドの音でもある。そこにどう取り組んだ感じですか?
Nolzy:もともと、この曲に関してはニュージャックスウィングをやるつもりじゃなかったんですよ。最初はアシットジャズというか、ジャミロクワイみたいな感じを意識していて。それこそ僕が中学の時に初めて買った洋楽のCDがオアシスとジャミロクワイで、そこに回帰するという気持ちがあったんです。で、90年代っぽいビート感でベーシックを作っていったんですけれど。ひとひねり欲しいと思って音を探してる中で、曲に入ってるフィルインのループを見つけた。これ、絶対入れたいってなったんです。このフィルインがニュージャックスウィングでしかないんですよね。アシッドジャズっぽいテイストで作り始めた曲に後からニュージャックスウィングを乗せるというやり方をすることで、新しいブレンドにならないかなっていうイメージでした。
──この曲はアルバムのリード曲でもあり、今のNolzyを象徴する曲だと思うんですけど、どういうところでこの曲が自分の今の名刺代わりになっているという感じがありますか。
Nolzy:もともとこの曲はアルバムの最後に入れる予定で、コンセプトソングみたいな位置づけだったんです。90年代のR&Bやヒップホップがアルバムのひとつのテーマだったんで、その集大成みたいな曲にしようと思って作っていて。で、他にリード曲があったんですけど、そのリード曲がアルバムを通して聴いた時に1曲だけ浮いて聴こえたんです。じゃあ、そのコンセプトソングを最初に持ってきて、こういうアルバムですっていう形にした方がいいんじゃないかって。そこから歌詞もより広く伝わりやすいものに書き換えていって。イントロのサウンドロゴもNolzyとして一発目に出す曲としてふさわしいものにした。そうやって辿り着いた曲です。
──「Throwback (slowjam)」はどうでしょう? これはベイビーフェイスっぽいスウィートなR&Bですが、ここにはどういうイメージがあったんでしょうか。
Nolzy:もともと、自分の原体験はCHAGE and ASKAなんですね。チャゲアスの1990年代初頭のアルバムはブラックコンテンプラリー的なサウンドに傾倒したサウンド感の曲が多くて。今の言葉で言うと「平成ノスタルジー」なサウンドだと思っていたんです。でも最近になってエンジニアさんと話している中で、それはベイビーフェイスのサウンド感だよみたいに言われて、そこで初めて重なったんです。当時のチャゲアスは同時代的な洋楽のテイストをJ-POPに落とし込んでいたんだということに気付いた。そこから、今のフィルターでそういうものをリバイバルしていったらどうなるんだろうと思って。最初はコード進行とか、リズムマシンとかリバーブの音作りから当時の再現を始めて。で、トラック作ってメロディー乗っけたら、チャゲアスとか槇原敬之さんの歌モノをずっと聴いてきたし、メロディの好みがそこにあるから。当時のベイビーフェイスとか洋楽を知らなくてもなんだか懐かしい感じになるし、聴いてきた人は80年代後半から90年代前半のメロウなR&Bだなっていう耳で聴けるし、誰が聴いても懐かしい曲になった。僕としてはアルバムの中で一番気に入ってる曲ですね。

──「Throwback (slowjam)」がベイビーフェイスだとすると「Scar」はデスティニーズ・チャイルドですよね。他の曲にもジャム&ルイスやティンバランドが参照元にある。今のNolzyとして、90年代のあの特徴的なサウンドをどういう風に自分のクリエイティブに取り入れていったという感じですか。
Nolzy:単純に、ジャム&ルイスとかティンバランドとかのプロデュース作品を今聴いた時に「めっちゃ今やん」ってなったのがデカいです。NewJeansの「Supernatural」もイントロにボーカルチョップが入ってるだけで今になる。あとはミックスでリズムの音色とシンセベースとボーカルのバランス感が変わっているだけで今のサウンドとして聴けるなと思って。新しいし懐かしさもある。そういうポップスの次のサウンド感がここら辺に眠っているんじゃないかという予感があって、エンジニアさんのアドバイスを沢山もらいながら一旦再現しようっていうのが今回のアルバムのコンセプトでしたね。
──一方で「luv U」や「キスミー」のようなバンドサウンドの曲もある。これはどちらかと言うとネオソウル的なアプローチですが、こちらに関してはどういう狙いがあったんですか?
Nolzy:そこは単純に今年からライヴを始めたというのが大きくて。今サポートしてくれるメンバーはMEMEMIONというバンドのメンバーなんですけど、そのメンバーのみんなと出会えたことで生まれたグルーヴ感、サウンド感で一緒にレコーディングしたい、曲を作りたいという気持ちになっていったんです。本来的な時代感とは違うけど、「キスミー」とかはディアンジェロ的な解釈とかでいけばネオソウル的な90年代というこじつけもできるというのもあって。R&Bやソウルの範疇という自分の中での縛りはありながら、バンドサウンドにやっぱり挑戦したいっていうのはありましたね。
──このアルバムの中でも「キスミー」の後半はかなりクライマックスに近い感情の盛り上がりがあると思います。これが書けたときには達成感はありました?
Nolzy:「キスミー」は歌詞を書きながら、鍵盤のハナブー(ハナブサユウキ)さんも宅録を同時進行でしてくれて。歌詞が書けた日にハナブーさんのデータが届いて、そこまで録音したデータに鍵盤のデータを乗せて書き出して、iPhoneのスピーカーでインストを再生しながら書き上がったばっかりの歌詞を歌ったんです。そしたら、その瞬間に人生でも5本の指に入るぐらい大号泣しちゃって。なんでそんなに泣けたのかよくわかんないんですけど、いい曲すぎて泣いちゃったんですよ。そんなことって今までの曲作りで一度もなかったんです。これがやっぱ人と音楽を作る奇跡っていうか、化学反応なんだろうなって。他の人の情感とかニュアンスが乗るだけで、こんなに泣ける曲に変わるんだって気づかせてもらった。今まで何百曲も作ってきたんですけれど、その瞬間は曲を作るっていうことの尊さみたいなものを感じたハイライトの瞬間だったんです。だからこの曲は一生歌っていくだろうなと思ったし、ここ最近のライヴでも一番最後のいいところで披露していて。毎回ちゃんとグッとくるし、感情が高ぶって終われるから、すごい力を持った曲だなと思います。
──アルバムの構成は最後がユニークですよね。「Closet Lovers」から「自演奴」、そして「Virtual Drugs (fxxkin’ search)」を経て最後の「匿名奇謀」に至る。「匿名奇謀」はこのアルバムの中で浮いてますよね。
Nolzy:そうなんです。この曲だけロックなので。
──この流れを作るのはなかなか大変だったんじゃないかと思うんですが、どんな風に作っていったんでしょうか?
Nolzy:このアルバムを作る上での一個の大きなテーマにすらなり得るぐらい課題だったのが「匿名奇謀」をどう配置するかっていうことで。「匿名奇謀」は映画のタイアップもあったし、影響を受けたロックバンドの信頼している皆さんに参加してもらうというドラマもあったすごく大事な曲だから、アルバムには入れたい。でも、アルバムでやろうとしてる音楽性のコンセプトとあまりにも離れすぎてて、どうやっても浮く。ただ、「自演奴」はミクスチャーなんで、かろうじてその接着剤になりそうな気がする。「自演奴」はR&Bっぽいコード感も一部にあるから、ギリギリアルバムのコンセプトにハマる。「自演奴」でR&Bからロックに連れてくみたいなストーリーは見えてたんです。とはいえ、それをただ並べてもあんまりそういう風には聞こえないから、それをアルバムの中に成立させるための曲として「Closet Lovers」と「Virtual Drugs (fxxkin’ search)」を書きました。