Awadagin Pratt / Stillpoint
LABEL : New Amsterdam
アフロアメリカンとしてはじめてナウムバーグ国際ピアノコンクールで優勝し、ホワイトハウスでも演奏してきたクラシック・ピアニストであり、近年ではパンデミックによる孤立とジョージ・フロイド殺害を巡る不安から生まれたマルチメディア・プロジェクト「ブラック・イン・アメリカ」を立ち上げた、アワダジン・プラットによる12年ぶりの新作は、ヴォーカル・アンサンブルにルームフル・オブ・ティースを、ストリングス・オーケストラにはファー・クライを配置するなど、若々しく野心的な陣営を従えている。T.S.エリオットの詩のモチーフである「回転する世界の静止点」=「STILLPOINT」をアルバム・タイトルに添えながら、そこから与えられるインスピレーションを自在に展開させた本作には驚くべきサウンドが詰め込まれている。〈ニュー・アムステルダム〉の共同設立者であるジャッド・グリーンシュタインの手による作曲は、ヴォーカル・アンサンブル、ストリングス、ピアノの全てを見事に絡み合わせて、ポップな響きを獲得してみせた特筆すべきサウンドで、アワダジン・プラットのピアノの限界を知らない可能性を堪能することができる。
Johan Lenox / Johan's Childhood Chamber Nostalgia Album
LABEL : Brassland Projects Inc
前回も紹介したisomonstrosityのメンバーの一人、ヨハン・レノックスはそもそも、クラシック~現代音楽専門の音楽家ではなく、カニエ・ウェスト、メトロ・ブーミン、チャンネル・トレスといった音楽家と仕事をするプロデューサーとしての側面がある。本作は彼がダイレクトに自身のルーツであるクラシック~現代音楽と向き合ったチェンバー・ミュージック・アルバムだ。アルバム・タイトルにあるように、このアルバムのテーマになっているのは、彼の子供時代へのノスタルジーである。記憶というものの儚さをサウンドにするために、サウンドを断片化したり、ストリングスやピアノの音色に、おそらくポスト・プロダクションの段階でディストーションをかけることで音色の輪郭を歪ませたり、コードとテクスチャーだけのアンビエントなアレンジを施したりと、様々な技巧を施している。本作で、ヨハン・レノックスのクラシック~現代音楽のミュージシャンとしての魅力に気づく人も多いかもしれない。ストリングスを担当するのはバング・オン・ア・カンやデヴィッド・バーン、ヴィジェイ・アイヤー等とコラボを展開するエチル、コーラスはかねてからヨハン・レノックスと仕事をしており、ボン・イヴェールやグリズリー・ベア、ザ・ナチュラル等の作品で歌声を披露するブルックリン・ユース・コーラスといった面々で、本作のサウンドを支える面々にも注目してほしい。
Nico Muhly / David Hockney: Bigger & Closer (not smaller and further away)
LABEL : Bedroom Community
ロンドンはキングクロスにある会場『ライトルーム』で、現在デヴィッド・ホックニーの展覧会が行われている。その会場の壁にはホックニーの様々な作品が壁に映し出され、観客はその映像をニコ・ミューリーの作曲したサウンドトラックに合わせて楽しむことになる。そのサウンドトラックが本作だ。アイスランドにおけるポストクラシカル~インディー・クラシックの土台となっているレーベル〈ベッドルーム・コミュニティ〉からのリリースとなっており、共同設立者にしてビョークとのコラボ等で有名なヴァルゲイル・シグルズソンがマスタリングを務めていることも本作のポイントのひとつ。ニコ・ミューリーらしいポスト・ミニマル・ミュージック的なサウンドを存分に楽しむことができるが、本作におけるストリングスの繊細さ、優しく奏でられるピアノ、スパイスとして機能するエレクトロニクスとの絡みがもたらす唯一無二のストレートな美しさは、彼のキャリアでも屈指のものといってもいい。フルート/ピッコロを担当しているのがyMusicのアレックス・ソップであることも言い添えておこう。日本でも今、東京都現代美術館でデヴィッド・ホックニー展が開催されているので、これを機会に本作をチェックしていただきたい