【野中モモ×岡村詩野 トークセッション】女性アーティストたちは、時代の流れのなかでどのような表現を行なってきたのか──少年ナイフが信じ続ける、音楽のチカラ

2022年07月16日に開催されたトークイベント、「岡村詩野音楽ライター講座 オンライン 特別編 野中モモ×岡村詩野 トークセッション」。音楽評論家として活躍する岡村詩野と、書籍『女パンクの逆襲──フェミニスト音楽史』の邦訳を手がけた野中モモが「女性アーティストの表現」をテーマに語り合った、こちらのイベント。後半には、少年ナイフのリーダーなおこをゲストに迎えて、そのワールドワイドな活動や、音楽に対する想いについてトークを展開しました。今回は、その当日のトークをテキストでお届けします。
まず、第一部は、野中モモと岡村詩野のふたりによるトークセッション。書籍『女パンクの逆襲 フェミニスト音楽史』を紹介しながら、「女性アーティストの表現」について語っていただきました。
第一部 トークセッション「野中モモ × 岡村詩野」の記事はこちら
そして第二部は、ロックバンド、少年ナイフのリーダー、なおこを迎えた3人でのトークセッション。少年ナイフのワールドワイドな活動の話を軸に、その想いについて訊きました。
第二部 トークセッション「なおこ (少年ナイフ)× 野中モモ × 岡村詩野」の記事はこちら
「女性アーティストの表現」について考えるなかで、重要な機会となった今回のトークセッション。じっくりとご覧ください。
編集 : 西田 健
TALK SESSION : 野中モモ × 岡村詩野

翻訳家、およびライターとして活躍する野中モモ。彼女が邦訳を手がけた書籍『女パンクの逆襲──フェミニスト音楽史』とは、いったいどのような本なのか。そして、現代に至るまで女性アーティストはどのような表現を行なってきたのか。時流や背景を混ぜながら、海外から生まれたムーヴメントや現代の日本のアーティストについて、音楽評論家として活躍する岡村詩野とトークを展開しました。
書籍『女パンクの逆襲──フェミニスト音楽史』
ヴィヴィエン・ゴールドマン(著)野中モモ(訳)
ele-king books : 刊
『女パンクの逆襲 (原題: Revenge of The She-Punk)』は、イギリスで最初の女性音楽ジャーナリストとしてパンクをレポートし、現在はNY大学で「パンク」と「レゲエ」の講義を持つ通称「パンク教授」による、女性パンクについての目を見張る調査によるレポートです。
本書は単なる時系列に沿った史実を述べているだけのものではありません。著者は、「アイデンティティ」、「金」、「愛」、「プロテスト」という4つのテーマに分けながら、パンクが女性にとっていかに解放的な芸術形態であるのかという理由を探り、歴史をひとつひとつ解き明かしていきます。
70年代のロンドンとNYにはじまりながら、英米優位主義 / 白人至上主義に陥ることなく、コロンビアやインドネシア、日本や中国、ドイツやスペイン、メキシコやジャマイカ、東欧やインド、ロシアへと、女パンクの世界ツアーとして繰り広げられていきます。
構成が凝ったミックステープやDJセットのような本
岡村詩野(以下、岡村) : 野中モモさんはライターでもあり翻訳家でもあり、音楽を含めてさまざまな文化に精通されています。野中さんが翻訳を手掛けられた「女パンクの逆襲──フェミニスト音楽史」は、ヴィヴィエン・ゴールドマンというイギリスのジャーナリストであり、もともとミュージシャンでもあった方の書かれた本ですね。
野中モモ(以下、野中) : 私はお仕事をいただくたびに調べて詳しいふりをしているだけなので恐縮ですが……。ヴィヴィエンさんは、70年代後半にイギリスのパンクやレゲエをレポートしながら、ご自身もちょっとだけ音楽活動をしていた人ですね。その後、パリでラジオをやったり、映像のお仕事をしたりして、いまはニューヨークの大学の先生をされています。フライング・リザーズとか49アメリカンズとか、もともと彼女が関わってきた作品がすごく好きだったので、この本の翻訳はとても光栄なお仕事でした。
岡村 : 野中さんが翻訳を手がけられたからこそのホットな雰囲気が伝わってきますよね。
野中 : この本は、「フェミニスト音楽史」というタイトルがついているので、史実を時系列に並べる歴史年表的な内容を期待する方も多いようなのですが、そうではないんです。「アイデンティティ」、「金」、「愛」、「プロテスト」という4つのテーマを掲げ、そのテーマに関連する曲とアーティストを紹介しています。イギリスとアメリカが多めなのですけど、フランス、ドイツ、インドネシア、中国、メキシコ、ナイジェリア、スペイン、コロンビアなど、いろんな国の曲を取り上げています。曲の扱っているテーマや生まれたバックグラウンドなどを紹介し、次の曲につないでいくという形なんですよね。すごく構成が凝ったミックステープやDJセットのような本だと思います。
岡村 : 多くのアーティストが登場しますが、全くこういう音楽に詳しくないという方もスムーズに読んでいけるような流れになっていますよね。例えばパティ・スミスは、この本の中に出てくる有名なアーティストのひとりですが、彼女の登場についても「パティ・スミスというすごい人がいたんです」という書き方ではなく、ごく自然なかたちで書かれています。
野中 : いまではビックネームとされるアーティストが新進気鋭の新人だった頃に取材をしたりしているので、すごいエピソードがいろいろと出てきますね。
岡村 : この本を出版するにあたって改めて取材をしているのに加えて、当時の素材も使われているんです。だから、私も「このアーティストは当時海外ではこうだったんだ」と発見することが多かったです。野中さんは、この本を訳される中で印象に残った所はありますか?
野中 : ここが、というより、時代も土地もバラバラのものをひとつの流れに配置する語り方がすごいなと思いましたね。これまであまり掘り下げて語られなかったような背景もわかりました。また、様々なシーンが同時進行で動いていることがおもしろいですね。ポストパンクのオー・ペアーズの人々など、解散後の話や、ブランクを経て再び活動している人たちの話までフォローしている部分もあります。そこは刺激的でしたね。
岡村 : 野中さんから見て、それぞれのアーティストの歌詞で特徴的だった点はありますか?
野中 : 生活と密着しているところですね。ザ・スリッツの“スペンド・スペンド・スペンド”という曲は、宝くじで大当たりを当てたけど、そのせいで破滅的な人生を送ることになってしまった人のインタビューにインスパイアされて書いたものなんです。日本でレコードを聴いているだけでは、そういったワイドショーやタブロイド紙で話題になっていることを参照したリアルタイムの文脈がわからないんですよね。イギリスのテレビやトークショーで若いスターが労働運動や社会問題について率直に語り合っている感覚は、リアルタイムでは伝わりにくかったのではないかと思います。たとえば、バナナラマやストロベリー・スウィッチブレイドといった80年代に日本でアイドル的な人気を博していたグループも、バックグラウンドにパンクがあって、フォークランド紛争反対のメッセージを出したりしていた。この本から、インターネット以前の社会では、若者のリアルな実感を伝えるメディアとして音楽がいかに重要だったのか、そして、アーティストがオピニオン・リーダーとしての役割をいかに担っていたのかを実感できると思います。
岡村 : インターネットがいまのように浸透するまでは、日本で生活をしながら海外の情報を得るためには、イギリスの週刊音楽雑誌の「ニュー・ミュージカル・エクスプレス」や「メロディ・メイカー」のような限られた音楽メディアを何週間か遅れて見たり、大貫憲章さんがやられていた「全英TOP20」というラジオ番組ぐらいしか手段がなかったんですよね。だから、現地では実際はこういう聴かれ方をしていたとか、バックグラウンドにポリティカルなメッセージがあるところまでは、日本にいたらキャッチできていなかったかもしれないですね。