クラムボンの『モメント e.p』シリーズの意味
──音楽が単曲でプレイリストで聞かれるようになって、アルバムの価値が相対的に低下しているのは確かですよね。2015年がストリーミング元年で、翌2016年にSpotifyが日本上陸。この2016年にクラムボンは自主製作で『モメント e.p』をライヴ会場限定で、既存の流通網を通さず販売店を募って直接取引でリリースするということを始めます。もちろんサブスクもダウンロードも配信は一切なし。これが3枚続くわけですが、改めて当時こうした形態でリリースしたのはなぜでしょう。
編注4 : ファンによる販売店など『モメント e.p』シリーズの詳細 http://clammbon.com/momentep/
ミト : 2015年が国内のサブスク元年だとすると、ちょっと後からみると象徴的ですよね。
──サブスクという形で音楽が消費されていく風潮への、クラムボンなりの「反時代宣言」という風にも見えますよね。
ミト : 2015年に武道館をやってコロムビアから出ますといって抜けたわけですが、個人のレーベルとしてなにかやるにあたって、もはや音楽メディアを売るというのは、それ自体がアイテムにならないと存在しえないものだと思ったんですね。もちろんライヴのときにTシャツも作りましたし、タオルも作りますけど、一番物販として納得できるものってやっぱり音楽で、良いジャケットを作って、盤を作って。それでかかった費用と今後活動を回せるぐらいのお金を、直接回収できたら良いんじゃないかなってなったんですよ。確かに『モメント e.p』の曲を、サブスクでやらないって大分逆行している風になりますよね。自分たちが素直に、納得できる形で音楽を届けたい、それが自分たちのアーティストとしての姿だと思ったんで、『モメント e.p』をそういう形式にしたんです。たまたまそういった流れの年にあったということだと思う。影響はあったかもしれないけど狙ってやったというよりも意識としては潜在的なレベルだったと思いますね。
──時代の符合って感じですよね。
竹中 : やっぱりそれは、ミトさんがさっきおしゃっていたレアリティに対する「確かめ」みたいなところですかね。
ミト : そういう部分はあったと思います。クラムボンは、武道館までやってある程度のヴァリューがあるということの確認と証明はできたかもしれませんけど、かといって、すごいポピュラリティがあってシーンに台頭するというよりも、どちらかと言うとそのシーンを俯瞰してみたいというのが事実で。そこから生まれるポップ・ミュージックが作りたかったということで。それを考えると、いま小野島さんに言われて改めて思いますけど、やっていることに当時も迷いがなかったんだなと思いますね。
──音源が以前のようにお金を稼げるものではなくなってるから、音楽活動の中心ではなくなってきている。ライヴとかTシャツとか物販で稼いでるアーティストがいて、それはもちろんいいんだけど、同じアイテムを売るならやっぱり音源を売るのがミュージシャンとして正道だと個人的には思うんです。そこでクラムボンが自分たちが精魂込めて作った音源を、会場限定のパッケージとして売るのはすごい健全なシステムだと思いました。
ミト : そうだった、と改めて思いましたね。でもあれがずっと続くとも思ってなかったので。『モメント』を続けるとしたら、パッケージとか、流通できる方法をもうちょっと模索してたと思うんですよ。
──大手の流通とかレコードショップに委ねなかったのはなぜですか?
ミト : 僕らのファンのお店だけで売った方がすぐに絶対数がはけると思うのと、出版費用とか盤の値段、流通経費とか考えると。
──中間搾取されたくないということですね。言い方は悪いですが。
ミト : そうですね(笑)。そこにお金を使うのならファンの人のお店で売った方がいいよねという。
竹中 : サブスクリプションのサービスも各社いろいろだとおもいますけど、配信手数料として(最初に)数十パーセントとっているみたいなことへの、ひとつのミュージシャン側の回答でもありますよね。
ミト :『モメント e.p』は、本当に僕らにとってピュアに音楽に費やせるやり方だった。そもそも、その音源が良くなければお金は入ってこないわけで、それぐらいシビアなものであるべきだと思っていて。サブスクという流れになると、もっと不透明に見えてしまうことの方が多いと思うんですよね。
──サブスクの問題点はアーティストの取り分が少ないってことはずっと言われていてて。テイラー・スウィフトもトム・ヨークもそれに抗議して自分たちの音源はサブスクに提供しないって言ってたんだけど、いつのまにかあまり言わなくなってしまって。
ミト : もちろん私たちも最終的に『モメント』は、選曲して『モメント l.p.』として配信と、LPとして出してますけどね。CDじゃなくアナログで出すという私たちのこじれてる感じはありますが(笑)。
──2016年の後半に、OTOTOYがTuneCore Japanの流通音源の取り扱いを開始しています。TuneCoreも配信時代ならではというか、デジタル・ディストリビューターの存在もこの頃にクローズアップされてきたものですよね。
竹中 : そうですね。おそらくサブスクリプションに特化したディストリビューターなんでしょうけど、OTOTOYのようなダウンロード・ストアでも流すのは同じデータですからお願いしますということで。
──TuneCoreがおもしろかったのは一般の個人でも契約して、サブスクやダウンロードに流せるってことですよね。
竹中 : そうですね。作品単位ごとに年間いくら払い続けるというスタイルですが。
──言ってしまえばレコード会社と契約しなくても、少なくとも配信はできるという。
竹中 : ダウンロードで言えば、OTOTOYは、直接個人のアーティストがCD1枚をオフィスに直接持ってきて、その場で契約を交わせばすぐに販売はできるんですけどね(笑)。もちろん、それをサブスク含めて大規模に、スマートにやったのがTuneCoreみたいな会社ですね。
──そういうビジネスっていうのはこの時代ならではのものというか。
竹中 : あとは国際的には南米とかアフリカとか、グローバル・サウスの音源を集めるというのも重要になっていて、そもそも現地で違法なコピーしか出回っていなかったような商品が、ディストリビューターを通してグローバルなシーンにどっと流れてくるという構図もできましたね。音楽のマーケットが一気に変わったタイミングだと思います。
──サブスクの登場で、結果的に違法ダウンロード問題というのはほぼ消滅したというか。
竹中 : そうですね。たまにBitTorrentで大規模に有名アーティストのアルバムを流してとかで捕まる人はいますが。それがいちいち大きなニュースにならないくらいにはなったということですよね。
サブスクリプション・サービス普及のなかでダウンロード・ストアができること

──2018年には日本国内では売上げ金額でダウンロードがストリーミングに抜かれました。そのなかでOTOTOYはワーナー・ミュージックの包括契約がスタートして、カタログの販売がスタートしています。
竹中 : recommuni時代にメジャーから相手にされなかったという話が出ましたが、その時代がやっとこれで終わったという感じですね。
──粘り強い交渉の結果ですね。
竹中 : それもあると思いますが、違法ダウンロード案件が問題にならなくなったとか、サブスクリプション・サービスがはじまったとかそういう世の中の流れもあって、メジャー・レーベルが態度を軟化させてくれたというのもあると思いますね。当時、ワーナーさんに関してはロスレスは待ってくれという話になったんですが。そこから1年ぐらいでロスレスも解禁になって。そこにはダムの壁に空いた穴のように、同じ年にユニバーサルさんが最初からロスレスをOKしてくれて、「ロスレスだと売れますよ」という実績ができたというのがありますね。それによって他のレーベルもロスレス解禁の流れになっていくという。
──利幅としてはCD作るより、ロスレス売った方がレーベル側も大きいはずですよね。
竹中 : 恐らくそういうことだと思います。ただ、あまり前例がなく、ロスレスをダウンロード販売するという前提がなかったらしく、アルバム価格が設定されていなくて、合計価格が曲数 x 単曲の割高価格のものすごい高い値段になっていたり、そういう不具合はまだ結構ありますね。とはいえ、スタートしないよりは全然マシで、OTOTOYはそういうものを整理しつつ、2018年からメジャーのロスレス配信を続けているという感じですね。
──またこのあたりで海外でTIDALがはじまったり、2021年にはApple Musicでもハイレゾ、ロスレス音源に対応したり、いわゆる高音質サブスクリプション・サービスがはじまった。必ずしも高音質がダウンロードだけということではなくなってきたんですね。
竹中 : やり玉にあげるわけではないですが、事実として『mora qualitas』さんがそこまで普及しなかったり、日本国内ではまだやはりハイ・クオリティな音源はファイルを手元に置いておいて再生したいというのが頭にあるんだと思います。そうした感覚でストリーミングで音楽を聴く感覚がまだユーザー側に普及してないのではと思います。僕の仮説なんですけど、手元にある安心感とかパッケージ感とかアーティストとの一体感とか、そういう感覚が頭に残っていて、そこに対して商品を用意するというのはまだ意味があると思っていて。
──もうストリーミングだから音が悪いということもない。それでも例えばクラムボンの音源が出たら自分もサブスクで聴くだけではなく、ハイレゾ・データを買うわけですが、それがなぜかと言われればやっぱりアーティストへの支援という感覚が大きいんです。
ミト : 世界的に見てもそう思って買っている人は多いと思いますよ。
竹中 : アーティストに返る料率はダウンロードの方があきらかに高いですしね。
──ストリーミングはアーティストの取り分が少ない。いくら制作費が昔に比べてダウンしているからと言って、少なくないお金がかかる。それを少しでもリカバリーするとなると、「次の作品も作ってください」という思いも込めて買うというのはすくなくとも自分としてはすごく大きいですね。
竹中 : それはありがたい話ですね。
──そろそろ時間が来ました。最後に未来の話をしましょう。
ミト : 日本のなかでのサブスクとハイレゾ市場的なところで言うと、今後どうするかというよりは「こういう風になってしまったな」というのが強いというか。というのもいろいろなところで売れている音楽に関しては、さまざまなところに露出していて、サブスクだろうがハイレゾだろうが関係なくなっているという。例えばアニメの主題歌で流れているのをパソコンで聴くぐらいだったらそれでいいという。ただ、そうではない人たち、しっかり音楽に向き合うような聴き方に関して、もっとキャッチーに伝えるというかそういうきっかけやアクションがあればいいなと思っています。
──クラムボンの今後のリリース形態はどうするんですか?
ミト : え、今後? うわー(笑)。
──それは個人でコントロールできるものでもないですしね。
ミト : そう、メンバーもいるので。そういうことで言うと、お金のことはあとで考えるとしても、やっぱりピュアに自分たちが盛り上がって、良いと思ったものを届けられるところに余計なフィルターを通さないようにしたいということだから。そういう意味ではYouTubeで動画を出すのが一番早いんじゃないかなと思ってます。画像がHDで音声がどれくらいクオリティがあがるのかなっていうところが付随しますが。より音楽化も動態的なものに変わると、即戦力は強いかなと。
竹中 : Netflixはサブスクリプションのサービスですが、自分たちで音質のクオリティは決めていて、それぞれの回線のスピードによって可変するという感じなんです。通常のスピードであればライヴ動画を届けるすごく良い装置になるかもしれない。テレビがちゃんとしたオーディオシステムに繋がっていれば、音楽でハッとするような経験を家のなかに持ち込む仕組みとして成功していると思う。YouTubeにも同様の仕組みはあるのですが、歴史的事情からNetflixと比較するとまだ「劣化テレビ」としてのイメージが強く、音楽でハッとするという点ではユーザー側の認識がまだ成熟していない感じがします。
──竹中さんとしては、OTOTOYの将来像をどう考えてますか。
竹中 : 一般的に音楽の捉え方が変わってきていて、いまミトさんが言ったように、今どきは音楽がアニメや映画の付属物みたいな感覚で世の中に出ていって、最終的に音楽よりも元の映像コンテンツの印象しか残っていないというのはよくあることで。1990年代に一番CDが売れていた時期のように、音楽そのもので勝負する、音楽そのもので人生が変わるみたいなところに引き戻したいんですよ。音楽にはもともとそういう力があると思うので。1990年代の頃のタワー・レコードみたいなブランドになれないかなと思っています。
ミト : 理想ですね。
──自主制作の音源を作るというのは考えてます?
竹中 : レーベルに手を出すというのはどうかな、という疑問を持っています。販社としてのポジションを考えたときに、そこはわきまえておいた方がいいかなと思います。OTOTOYに気付いてくれている層が、もっと音楽好きに進んで行くとか、もっと音楽を知るとか、そういう風になってほしいと思いますね。今後の中長期的な話でもあり、OTOTOYをはじめたときから思っていたことでもあるんですが、そこは変わってないですね。
本記事同時公開『年表 : OTOTOYの15年と日本の音楽配信史』を参考にぜひご覧ください