環境音楽的にも聴き流せる感覚とミニマルなビート・ミュージック

──特に前半部とかもそうなんですが、ひとつのモチーフから比較的中盤にかけ、最初のシンセの空間的な感じから、徐々にミニマルかつ同じビートに作品がフォーカスしていくような感じがあって。移動と景色というところで、僕はクラフトワークの『アウトバーン』を思い出して。あのアルバムも同一のミニマルなビートの上を、さまざまな景色が巡っていくように、電子音による書き割りがどんどん変わっていくというのが基本の構造だと思うんですけど、安易な考えですが本作は、その「散歩」ヴァージョンなのかなと……。
もちろんクラフトワークは好きですし『アウトバーン』も大好きなアルバムです。ただ、このアルバムを作っている最中にはそこまでコンセプチャルなことはあまり意識してなかったと思います。あらためてこういうふうに言われてみると、後付けで「そういうところもあったかも?」と言えるように思えてきて。それはそれでなかなか面白く興味深いことだななどと思っております(笑)。
クラフトワークの作品から感じとれる、コンセプチャルなマンマシーン、ロボット的なアートフォーム、美学、フィーリング、ある種、なにも起こらないようなエレクトロニックな質感で音数も少なく、ミニマルで淡々としながらも味わい深いスキマ、心地いいエレクトロ・ファンクやビートの妙、ヴォコーダー使いなどなど、細かいところで影響を受けているところはもちろんあるかもしれません。ただ、さっきも言ったように『アウトバーン』のようなコンセプトまでを意図したというのは正直なかったんですよね。今作は自分の中では『A View』から少し発展させて、自分なりの「エレクトロニックで、ファンクで、ミニマルで、アンビエントな環境音楽とか言えるようなもの?」、そういった音楽世界観をもとに「散歩」をテーマにして、そのBGMとして表現してみたかったという気持ちがあって。これまで自分がお世話になったいろいろな音楽の中から、80年代のエレクトロやそこに繋がっていった初期の電子音楽のイメージを中心にして、ダンス・ミュージックの12インチでの色々なリミックス・バージョンというフォーマットや概念をそこに加味しつつ、散歩というテーマの中であえて環境音楽的に繋いでみたかったという。
今回、インタヴューの話をいただいてから、このアルバムを作っていた当時のことを思い出してたんですが、この作品を作る前に、なんとなく久しぶりに聴きたくなってCD棚からひっぱり出してよく聴いていたのが、ハウィーBの『Music For Babies』なんです。静謐でアンビエントな世界観含めて基本なにも起こらないのですが、ゆっくりと徐々に展開しながら、ダウンテンポなリズムやビートがちょっとした刺激を加えながらじんわりと構成されてます。なんとなく聴き疲れしなくて、なんとなくずっと聴いていられる感じ。この雰囲気にはどこか影響を受けたかもしれません。
──いわゆるノンビートのアンビエントではなく、ずっとビートがループしている作品というのがひとつテーマとしてあったと。
そうですね。ただ、いわゆるダンス・ミュージックのビートの力強さや刺激とはまた違う、色々な要素を内包しながらも、もう少し柔らかで何も起こらないような感覚で、どこか環境音楽的といいますか、BGM的にも聴き流せる感覚とミニマルなビート・ミュージック。そのミニマルなビートの心地よさと刺激的な高揚感のバランスを探りながら追求したかったという気持ちはあったと思います。
1990年代初頭のUKでソウル2ソウルなどを手がけて、クラブ・ミュージックの台頭とともに頭角を現したエンジニアでもあるハウィーB。ビョークの『ポスト』や『ホモジェニック』、U2『ポップ』など、クラブ・サウンドとポップの橋渡しとなった1990年代後半の作品を手がけている。そのソロ・キャリアは同時期に勃興していたUKのダウンテンポのムーヴメント=トリップホップ的なサウンドからスタート。本作も1997年にリリースされ、当時生まれたばかりの娘のためのサウンドというコンセプトに着想を得たまろやかダウンテンポ。
クラウトロック文脈(初期はNEU!のメンバーも)から出発するもサイケデリック・ロックのイディオムからは早々に足を洗って、ポップ・ミュージックに電子音楽を持ち込み、また電子音楽をダンス・ミュージックと硬く結びつけたドイツのパイオニア。転機となった1974年のコンセプチャルな4作目。実は完全に電化されておらす、実際には生楽器の演奏も多い。気にいらなかったのかこれ以前の3枚のアルバムはいまだに廃盤に。
本筋とはあまり関係はないですが、「アンビエント・ミュージックは、特定のレヴェルを強制することなく、さまざまなレヴェルでのリスニング・アテンションに対応できそれは興味深いものであると同時に無視できるものでなければならない」というイーノ自身による、この作品のライナーノーツ内のアンビエント・ミュージックの定義はあまりにも有名ですが、参考にあげておきます。
原文も一応「Ambient Music must be able to accommodate many levels of listening attention without enforcing one in particular; it must be as ignorable as it is interesting.」
──アルバムが最終的にこういう構成になったのも、さまざまなヴァージョンを作っていった結果というのと、このリズムのテンポ感が生むミニマルな気持ち良さを表現したかったところですかね。ともかくハッと気付くと、景色が別の景色になっているアルバムという印象があって。“horizons 1”のモチーフから、徐々にミニマルなビートとか、電子音がシンプルになっていく感じに変化していく構成もそのあたりでおもしろくて。
構成に関しても、詰め込むというよりは、抜いていく作業というのが主眼としてありました。プラス、自分の音楽制作に関しての実力もそこには関係していると思います。
──4ヴァージョンの後に“horizons Interlude”というインタールードが入って前作の続篇とも言える“view 2 electro”が6曲目に、その後、ノンビートの“horizons 5”にいくという構成ですが。
“view 2 electro”は「horizons EP」と同じ時期に作った曲で、『A View』を作り終えた後の気持ちで「horizons EP」制作に取り掛かる直前に作った“view 2”(『A View』収録)のセルフ・リミックスなんですね。そういった意味でもこの曲“view 2 electro”は、今回のアルバム『horizons』と前作『A View』とを繋ぐという意味でも接点となる重要な曲となので収録しました。あとは“view 2 electro”も、CDとかレコード化したかったという思いもありました。
──あの曲が『horizons』は『A View』と地続きの証というか。たしかに『A View』にはなかった、ダウンテンポのリズムの要素が“view 2 electro”で加わって、『horizons』へというのは非常にわかりやすい。
ある意味で『A View』は、ビートを入れるところまでたどり着けなかった作品というのが自分にはあって。もちろん劇伴としてリクエストをいただいて制作を始めたという経緯もありましたけど、なかなかビートを入れづらいところに着地していって。ほとんどビートレスの作品として『A View』がひとつ完成したところもあって、次は「ビートものをやってみたい」という気持ちが出てきたんだと思います。
──ある意味で“view 2 electro”が前半のダウンテンポの流れを一区切りしてからの、ノンビートの“horizons 5”になっていますよね。これも「horizons EP」に入っていたノンビートの“horizons (environments)”とは別ヴァージョンとのことですが。
そのまま収録してもよかったんですが、“horizons (environments)”をあらためて今回の制作時に聴いてみて、アルバムの起承転結の流れにこのヴァージョンが入ったときに、自分的にはどうにも収まりがあまりよくなくて。「散歩」というテーマをアルバムにしたこともあり、そのままだとうまく着地できなかったんです。そこで“view 2 electro”から、再び“horizons”テーマの楽曲に戻ってアルバムとして自然に着地させるため、ラストの曲として入る前に、うっすらリスニングの余韻としてワン・クッションを置くと言いますか、そこにもう少し自由な時間というか、なんでもない時間、散歩中の深呼吸やさまざまな思考を巡らせられるような自由な時間もイマジナリーな音として機能できればいいなというのが考えが浮かんで。それで水辺での散歩のフィールド・レコーディングの音素材を、“horizons”のメイン・テーマと合わせた曲の構築をトライしてみようと。しかしながらフィールドレコーディングは本当に難しいです。まだまだ勉強中です。
──なんとなく、前半のビートのある曲と、最後のノンビート、それぞれ聴いているとなんとなく時間軸が違っていて、それこそ同じ道でも散歩の仕方によって全然、時間の感覚が違うみたいなところを現しているのかなと。
まさにそういうイメージを音として表現したいというのがありましたね。そして、実はこの作品、全部BPMが一緒でして。
──あ、そうか。でも、テンポを固定することで、逆に、そのサウンドの行き来みたいなもので、音楽を聴いている側の時間軸を操るみたいな感覚がこのアルバムにはあって。
さらに言えば『A View』も同じBPMなんです。
──そうなんですね。
どちらのアルバムもBPM90なんです。続きということもあって。
──まずは『A View』という景色を見ていて、さらに『horizons』で動き出したという
そうなんです。まさに歩き出したという感じなんです。コロナ禍であまり移動できなかった『A View』制作時の記憶というのもあって、世の中もようやく再始動、動き出せるようになった時代の空気もどこか関係しているのではないかとも思っています。
──2作続くことで、コンピューマさんのサウンド・カラーがひとつひとつできている感じがして。逆に言えば、DJプレイは全く違うというか、前後のDJやイベントのコンセプトによっても違いますし、さらに言えば「悪魔の沼」でやるときはユニットのサウンド・コンセプトによって、それぞれ違うと思います。もちろんダンスの現場ではなく、リスニング中心の現場であれば今作に近いテイストのDJをやられることもあると思います。ただし、作品のサウンドのカラーはひとつ確固たるものができたのかなと。ひとことで言うとクリアで、ライトな感覚というのがひとつあると思うんですがこのあたりはどう思っていますか?
もちろん、いろんな表現に対してトライしてみたいという気持ちはあるのですが、そこにはまず前提として、今の自分の制作方面での実力ということも大きく関係しておりまして。その時々にやれることをひとつひとつ、そこを努めてやっていくことに徹しているという感じです。なので、DJでプレイしているような、よりフロア・ミュージックとしてのテクノやハウス、エクスペリメンタル、レフトフィールドなダンス・ミュージックなどのトラック制作もトライしてみたいとも思っています。ただ、今はこの段階ということで、順を追って……という。やっと『A View』ではじまって、『horizons』にまでようやくたどり着いたというのが自分にとっては正直なところなんです。自分が次にチャレンジしてみたい音楽の方向性というものがいくつかありまして、アーティスト活動を続けられるうちに、それらの領域を広げながら少しづつひとつひとつトライできればいいなと思っております
──とはいえ、『A View』と『horizons』で、ひとつ表現の形がつくれたという感じはします。
『A View』や『horizons』の音楽の世界観は、もともと演劇「眺め」の舞台音楽としての依頼から発展したものでした。先ほど河村さんがおっしゃられたような、こうした作品の音の「クリアでライトな感覚」というのは、改めて考えてみると、私が昔、タワー・レコード渋谷店5Fのあの売り場のコーナーを担当させていただいていた時期に、売り場で展開や紹介をさせていただいていた音楽作品(編注2)の感覚がなんとなくあるのかなとも思います。そこで紹介していた現代音楽やフィールド・レコーディング、アンビエント、電子音楽、初期エレクトロニカなどなど……さまざまなジャンルの音楽を並列で同時に楽しみながら、なおかつクラブ・カルチャー、ヒップホップや様々なダンス・ミュージックを経た感覚で、自分にとってのリスニングするための音や音楽という、あらためてそういう音に向かい合えたこと、そうした感覚が自分が作る音に反映されているじゃないかなとも思いまして。そこでそうした音楽を紹介していた感覚でDJミックスを試みた『SOMETHING IN THE AIR』を2012年にリリースしたんですが、それがちょうど売り場を担当していた1990年代後半〜2000年代初頭からおよそ10年近く経っていた頃なんですね。さらに『A View』や『horizons』を作ることができたのは、そこから10~12年ほど経ってという時期なんですね。なんとなく思うのですが、おそらく自分にとってそういう音世界を表現したいという周期があるようで、今がちょうどそのタイミングだったということもあるのもあるかもしれないですね(笑)。
編注2 : 渋谷タワーレコードが、現在の地に移転した1995年から5階の一角に設けられた〈その他の音楽〉で、コンピューマこと松永耕一は2004年までバイヤーを担当し、一部の音楽好きには通称〈松永コーナー〉として知られていた。新旧の電子音楽、アヴァンギャルド、フィールド・レコーディング、アンビエント、現代音楽、エレクトロニカ、ワールドなどなど、さまざまな音楽を紹介していた。