CROSS REVIEW 1
『パンデミックの先にある未来を模索してきた軌跡』
文 : 黒田隆憲
「めくるめく」という言葉がこれほど似合う音楽はそうそうないだろう。これまで同様、息をもつかせぬ怒涛の展開と、ほとばしる音の粒子、そしてそんな密度の濃いサウンドスケープの隙間を滑空する涼しげなボーカル。清浦夏実と沖井礼二によるポップグループが作り上げた通算4枚目となるアルバムは、「世界記録」という意味を持つタイトルに相応しい内容である。
しかしながら本人たちの公式声明によれば、このタイトルは「世界記録」というよりもむしろ、彼らがコロナ禍で様々な「世界」に飛び込んでいったこと、2022年の日本に生き、感じたことを「記録した」という意味でつけられたという。
確かに、沖井の「YMO愛」が炸裂したTWEEDEES流のテクノポップ・チューン“meta meta love”は、TVアニメ『ユーレイデコ』とのコラボ曲であるし、前作『DELICIOUS.』に収録された、“エトワールはオルゴールの中へ”の延長線上にあるような美しいワルツ“ルーフトップ・ラプソディ”や、性急なシンコペーションに心躍らされるソウルチューン“二気筒の相棒”は、『ゲッサン(月刊サンデー)』で連載中の漫画『国境のエミーリャ』にインスパイアされて出来た曲たちだ。
また、清浦と沖井の作詞作曲コンビでSOLEILに提供した60年代ガレージサイケ を彷彿とさせる“ファズる心”や、沖井が竹達彩奈の歌手デビュー曲として提供した“Sinfonia! Sinfonia!!!”のセルフ・カヴァー、さらには帽子店「CA4LA」とのコラボにより生まれたディスコチューン“Béret Beast”など、ここには様々な世界線で生まれた楽曲たちが並列に並んでいる。
スタイル・カウンシルやエンニオ・モリコーネ、ザ・フー、ヘンリー・マンシーニなど古今東西さまざまな音楽に影響を受けつつ、それをパンキッシュなリズムの上で再構築した彼らのめくるめくサウンドスケープは、夢心地でありながらコロナ禍で移動すらままならなくなった世界や、そこで繰り広げられてきた人々の断絶や分断に対する、ある種の「抗い」のようにも響く。
例えば冒頭曲“Victoria”では、〈僕達は情報を身にまとい 万能の旅に出る〉と、物理的な「移動」を制限されても私たちには「情報」と「想像力」という武器があることを思い出させてくれるし、かと思えば“GIRLS MIGHTY”では、〈偏屈なこの星をすりおろして甘く甘くトッピング〉〈退屈なこの星を切り刻んでコショウを一振り〉と歌い、「ポップミュージックには、ポップミュージックなりの戦い方がある」という彼らならではの矜持を見せつける。そう、本作がさまざまな世界線が交差するメタバースのような構成になっているのも、立場や価値観、スタイルの違いを尊重し合いながら、同じ世界で共存する道を見出したかったからではないだろうか。
本作『World Record』には、ポップミュージックの持つ力を信じる清浦夏実と沖井礼二が、パンデミックの先にある未来を模索してきた軌跡が刻まれているのだ。

黒田隆憲
1990年代後半にロックバンドCOKEBERRYでメジャーデビュー。その後フリーランスのライターに転身し執筆活動を開始。2013年には、世界で唯一の「マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン公認カメラマン」として世界各地で撮影をおこないました。2018年にはポール・マッカートニー、2019年にはリンゴ・スターの日本独占インタビューを担当。著書に『シューゲイザー・ディスク・ガイド revised edition』(共同監修)、『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』、『メロディがひらめくとき』など。
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