CROSS REVIEW 3 『Outer Ego』
『実験的なサウンドと新しい逃避の提示』
文 : 津田結衣
夏のバカンスをいつまでも終わらせないために幻想を作り出すサイケな音楽──チルウェイブは2000年の終わりにそんなドリーミーな音を奏でるWashed OutやToro y Moiなどを示すサブジャンルとして生みだされた。リヴァーブに覆われたサーフロック由来のボーカルや、ダウンテンポにウォーミーな電子音響、ニューウェイヴなシンセといった要素をローファイに落とし込んだそのサウンドは、日本ではレーベル〈CUZ ME PAIN〉を中心としたシーンを作り上げる。The fin.はそうしたムーブメントの最中に結成され、いまなおチルウェイブの美学を更新し続けているようだ。
プロデュースにBradley Spence(アルト・ジェイ、レディオヘッド作品を手がける)を迎えたセカンド・アルバム『There』(18)ではインディ・ロックを軸にした、煌びやかなシンセポップを確立。Bradley Spenceに加えてJake Miller(ビョーク、アルカ、ピューマ・ブルー作品を手がける)を共同プロデューサーに迎えたEP『Wash Away』(19)ではダンスミュージックに寄せたアンビエンスなトラックが垣間見えた。
それらに続くサードアルバムとなる『Outer Ego』はYuto Uchino(Vo,Syn,Gt)のセルフプロデュース作品であるが、4人体制から2人体制へと徐々に移行するなかで行われてきたサウンドの実験と、逃避への独特な眼差しが、今作にひときわ発露されているといえよう。アルバムの軸となるのは、ダウンテンポにニューウェイブを思わせる80sシンセをユーフォリックに絡ませた“Shine”、“Loss, Farewell”や、四つ打ちドラムとリバーヴに浸ったアルペジオ、明快なリフで展開していく“Over the Hill”といった、これまでのThe fin.印ともいえる曲だ。
一方で、前作EPにも増してダンサブルなトラックが多いのも聴きどころ。“Short Paradise”、“See You Again”のビートは控えめにもUKガラージへ片足を踏み入れ、“Safe Space”ではくぐもったハウスビートをアブストラクトな持続音が包み込む。ビートやシンセの多彩なアプローチからはPanda BearやBoards of Canadaなど、チルウェイブの影響源となったアーティストの影がチラつき、『Outer Ego』はそのサブジャンルを敷衍していった作品であるような印象を受けた。ただ、サウンドの中心に置かれた歌には諦念や現代的なパラノイア──自分は正しいはずだが常に正か誤かにジャッジされてしまう──が描かれている。
不況でモラトリアムを延長させられた、10年以上前のアメリカの若者が求めるメランコリックな逃避としてのチルウェイブを再現するには、確かに今は混沌としすぎている。しかし逃避はいまだに有効な手立てであり、切望されるものだ。前作のインタヴューで自身が話すように、「自分を表現して、自分の中にある何かをアウトプットしていく」ものとしてソングライティングを行うというYutoは今作で、彼自身の内面と外側の軋轢をサウンドと詩で描くことで、聴くものの現実の痛みをとりのぞく、ヒーリングの役割をも果たしている。それは新しい逃避の提示とはいえないだろうか。決してこちらを鼓舞するわけではない。
それでもアルバム最後に収録された、“Edge of a Dream”は多幸感あふれるオルガンのような音をあっさりと切り上げた数秒後に、逆再生のテープのようなシンセとアコースティックギターで一気にどこかへと引き上げようとする。その先にあるのは光か、あるいは自己の喪失だろうか?それはこれからのThe fin.を見ることでしかわからないのだろうが、今はこの先が見たくて堪らない。
津田結衣
OTOTOY編集部。〈Spincoaster〉、〈KKV Neighborhood〉でもライティングを行う。主に国内のアンダーグラウンドで活動するアーティストを中心に執筆し、今年6月には2020年の現場における熱をパッケージするzine『MISTRUST』を刊行。
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