
環ROY(たまきロイ)のセカンド・アルバム『BREAK BOY』。そこにあるのは奔放な少年性と、それ故に余計なものに捕らわれず本質を見抜く知性だ。エレクトロなトラックの中を自由に跳ね回るラップ、そして、的確で時にトリッキーなリリック。そんな音楽を弾き出す彼の考えに迫った。
インタビュー&文 : 滝沢 時朗
自分は『さんぴんキャンプ』に影響を受けた最後の世代だから
——2006年のファースト・アルバム以降、近年は『環ROY×○○○』というコラボレーションの形で作品をリリースされていましたが、今回はソロとして3年半ぶりのセカンド・アルバムですね。
環ROY(以下、環) : そうですね。ファースト・アルバム以降のコラボレーション連作は、自分のセンスとか、嗅覚みたいな動物的感性でノリを重視して制作してたんですが、その一連の流れをしっかりまとめて総括するタイミングに来たと思ったので、ソロ名義のセカンド・アルバムを制作しました。あと近年の僕の動きが、自分の故郷であるヒップホップ・シーンへあまり伝わっていないと感じていたので、しっかり伝わるようにすると同時に、ヒップホップを全然聞かない人にも訴求できる音楽にしたいと考えました。
——ヒップホップ・シーンから理解を得られていない部分とは、具体的にはどんなところでしょう?
環 : もうちょっと面白がって欲しかったなと。ヒップホップ・シーン内部の人達って「ヒップホップの裾野を広げたい」ってよく言うんですけど、俺もローズ・レコードのコンピレーションやらイベントに出たり、石野卓球さんのSTRNEってイベントに出たり、ヒップホップの人があまり出ない野外フェスやライブ・ハウスに出演したりと、彼らが言うヒップホップの裾野を広げることに貢献してきたつもりだったんですよ。それがあんまり伝わってないんだなと。逆にヒップホップ・シーン外部の人達には「環ROY面白いじゃん! 」ってなってくれたんですけどね。それは実感として凄くあります。
——今回PSGのPunpeeをトラック・メイカーに起用されてますが、下の世代に対してはどう思われてますか?
環 : 自由でいいと思います。日本のヒップホップ・シーンの節目的なイベントに、『さんぴんキャンプ』ってのがあったんですけど、自分はその影響を受けた最後の世代だと思ってて。俺より下の世代はあんまりその影響下になくて、「『証言』って何? 」みたいな感じなんですよ。語弊があるかもしれないけど、それって凄くいいことだと思いますね。影響を受けすぎてない分、考え方がフラットというか。俺は影響受けまくってましたからね。で、いざシーンにコミットするようになると、色々な事が見えてきて… このままではダメなんだなって漠然と思いはじめました。その思いが今回の「J−RAP」って曲に繋がってる。でも、この曲は全然ディスじゃないんです。俺、日本のラップ音楽大好きですから。とにかく若い人がフラットにヒップホップや他の音楽に触れて、その影響を素直に音楽として出せていることはすごくいいことだと思う。

——その「J−RAP」の歌詞の中に名前が出てくるKREVAについてはどう思われていますか?
環 : 俺の思ってるKREVAのクリエイティヴィティって、マスな方向にもコアな方向にも偏り過ぎないバランス感覚を維持しながら、ヒップホップっていう手法で、ドメステイックに向けたポピュラリティを提示しているところなんですよ。ライブも何回か見に行ってるけど、憧れることの出来るラッパーだなって思う。ヘッズに戻れる。あとヒップホップであることにも意識的だと思います。他にも好きなラッパーは沢山いますけど、最近はKREVA、SEEDAやS.L.A.C.K.なんかが凄く好きです。
——さんぴんキャンプを主催したECDは、どういう風に見ていますか?
環 : この間初めてECDさんのライブを見たんですよ。フォークとかブルースの人みたいな雰囲気を放ってるなーって思いました。年を重ねても自分なりの方法論を発見して、それを実践してるんだと思いました。イリシット・ツボイさんが入る事によってヒップホップの濃度がすごく上がってるけど、ECDさん自体はブルージーな佇まいだった。二人がステージで融合することによってなんともいえない独特のヒップホップになるんですよね。それが彼の提示するヒップホップ観なんだなーって思った。
——コラボレーションでミニ・アルバムを作られていた時と今回ソロでアルバムを制作する上での違いを教えてもらえますか?
環 : コラボレーションは双方のセンスを掛け合わせる作業なので、例えば、俺は嫌だけど相手がこうしたいという時は、俺が折れたりとかは全然ありました。勿論逆もありますね。これって自分のセンスからハミ出した感性を掘り下げる作業だって思ってるんですけど、ソロはやっぱり自分のいまある感性の赴くままにトラック・メイカーに色々お願いして、自分のセンスだけを先鋭化させていきました。
——色んなジャンルのトラックがありますが、単にバラバラなわけではなく環ROYの基準でトラックが選ばれていると思います。その基準はなんですか
環 : そんなに色んなジャンル? って感じで、自分はあんまり意識してないんですよ。個人的にはストレートなヒップホップのつもりが、そうでもないっていうことは多いみたい。でも、「基準はなに? 」って質問をされたら自分がかっこいいと思うものとしか言えないです。
——色々なトラックがある中で、自由にラップされていてとても爽快感があるなと思いました。ラップをする上で工夫されている事はありますか?
環 : 今回は、連作の総括だったり、連作からのフィード・バックに委ねていました。だから考えとかは特にないですね。直感です。
——今回のアルバムではフィッシュマンズやゆらゆら帝国をリリックの中で取り上げられたり、七尾旅人と共演されたりしています。日本のインディー・ロックでリスナーの層が被るところだと思いますが、アーティストとして親近感など感じますか?
環 : 自分ではよく分かんないです。むしろ、ヒップホップより親和性はあるのかも知れないですね。ゆらゆら帝国はミュージシャンのロール・モデルとして尊敬しています。旅人君(七尾旅人)は、俺がすごくファンだから一緒に曲を作りたいと思って参加してもらいました。同じイベントに出演して知り合ったんですけど、家も近所でたまーに遊んでくれます。フィッシュマンズは、2005年頃、ヒップホップ以外の音楽を聴くようになった時に、とっかかりとして聴き始めてアルバムを全部ゲットしました。すごく好きですね。
——ゆらゆら帝国が示しているミュージシャンのロール・モデルは、どういったものだと思いますか?
環 : ゆらゆら帝国はメジャーに行っても音楽性の本質はインディーの頃と変わってないと思う。ぶれずに自分たちのクリエイションを貫いていて、より多くの人間にそれを提示していて凄いなって尊敬してるんです。そうできる理由って早い段階でメジャーに行かず、自分たちの受け皿を時間をかけて作ったからなんだと思うんですね。それってすごく体力のいることだと思うので凄いなと。
変な話、全然ヒップホップなんてどうでもいい
——メジャーで一発当てることに興味はないんですか?
環 : 一発がどんなものなのかにもよりますが、今はあんまり興味ないですね。長く続かないって印象がある。時間がかかったほうがいいって言ったら変だけど 、とにかくぶれずに自分のペースで向上していけたらいいです。例えば、俺は大衆に迎合しまくりの姿勢も、クリエイションに頑なすぎる姿勢もあんまり好きじゃないんです。自分のクリエイションの核は保ちつつ、多くの人間に伝わるように作る。って感じで、乱暴にいうと商業主義と清貧主義のどちらにも偏ることなく活動したい。そのバランスをとり続けることが、自分にとっては一番高度なことなのでそれに挑戦していきたいです。

——Ustreamを使ってアルバムの先行試聴会をやられてましたが、音楽のリリース形態について意識されている事はありますか?
環 : 正直、そういう事を考えだすと、頭がリソース不足状態になるからあんまり考えたくないですね。この先は『音源を売ってお金を稼ぐ』っていうメジャーが作ってきたビジネス・モデルはもうなくなっちゃうんじゃないですか。なくなるは言い過ぎとしても、きっと市場は格段に小さくなりますよね。まつきあゆむ君みたいに配信からなにから個人で全部やっちゃうって人も増えると思うし。じゃあライブとかフィジカルに移行する? っていうと『dommune』みたいなものも出てきたし…分からないですね。とりあえず、今やれる事をやるしかないと思ってCDをだします。
——環ROYはずっとヒップホップをやり続けるのか、ずっと音楽をやり続けるのかどっちだと思いますか?
環 : ずっと音楽をやり続けたい。変な話、全然ヒップホップなんてどうでもいい。ただ自分が良いと思う音楽を作りたい。そのプロセスとし、表現方法がヒップホップなのか、変化していくのか、みたいな意識です。でも、表現って自分の本質に立ち戻っていくというか、本質を理解して召還するみたいな行為だと思うので、音楽で初めて衝撃を受けた原体験としてのヒップホップはずっと意識していくんだと思います。そういう意味ではヒップホップはどうでもよくないですね。
——最後にこのセカンド・アルバムを作ったときにどう思いましたか?
環 : 普段からヒップホップを聴かない人間にも伝わりつつ、いままで以上に日本のラップ音楽が好きな人にも届けばいいなと思いました。今後は、いい音楽をヒップホップってフォーマットを使って表現していければいいなと思います。さっき言ったバランスを取りながら、より多くの人に聞かれるようなものに挑戦していきたいですね。
Profile
環ROY(タマキロイ)/ラッパー/MC。
2006年、1stアルバム『少年モンスター』でソロ・デビュー。鎮座DOPENESS、OLIVE OIL、□□□、fragment、Eccy、NEWDEALやDJYUIなどのアーティストとコラボレートし、5枚のミニ・アルバムと4枚のレコードを発表。Fuji Rock Festival '08、'09出演。ヒップホップはもとより、ロックやテクノをも消化しながら、全国各地の様々な音楽イベントに出演し注目を集めている。2010年3月17日、2ndアルバム『BREAK BOY』をPOPGROUP Recordingsよりリリース。
Live Schedule
- KAIKOO POPWAVE Festival 出演決定!
2010/04/11(日) kaikoo popwave festival'10@東京晴海埠頭
w / クラムボン / 渋さ知らズオーケストラ / THA BLUE HERB / DJ BAKU HYBRID DHARMA BAND / TURTLE ISLAND / 七尾旅人 / キセル / DJ HIKARU / DJ NOBU / NATSUMEN / sleepy.ab / SHINCO(スチャダラパー) / DJ 刃頭 / サイプレス上野とロベルト吉野 / with ZZPPP / B.I.G. JOE / NORIKIYO + BRON-K(SD JUNKSTA) / COKEHEAD HIPSTERS / グッドラックヘイワ / YOLZ IN THE SKY / NUMB / Rival Schools(from NY) / SKUNK HEADS / SHIRO THE GOODMAN / あらかじめ決められた恋人たちへ / ORdER / NICE VIEW / やけのはら+ドリアン / LUVRAW&BTB + MR.MELODY(PAN PACIFIC PLAYA) / Dorian / Latin Quarter (PAN PACIFIC PLAYA) / TAKARADA MICHINOBU (HONCHO SOUND) / VIZZA CASH MONEY(BLACK SMOKER RECORDS) / GROSS DRESSER (MAGNETIC LUV) / tomad (maltine records)
- 2010/03/22(月) (有)申し訳インターナショナル@西麻布eleven
Door 2,000 yen (with 1 Dink) / With Flyer 1,500 yen (with 1 Drink)
DJ : ミッツィー申し訳(代表取締役) / 宇多丸申し訳Jr.(Rhymester) / 小西康陽(readymade entertainment) / RAM RIDER
Live : ポチョムキン
- 2010/03/24(水) DROP OUT ST☆R@渋谷deseo
- 2010/03/28(日) instore live@新宿tower records 7F
- 2010/04/03(土) flagship & "cottage"@名古屋club colors
- 2010/04/23(金) 環ROYワンマンライブ@渋谷o-nest
- 2010/05/04(火) REPUBLIC Vol.6@代官山unit
- 2010/05/15(土) TBA@代官山loop
「リアル」に楽しくなってきた、俺らの日本語ラップ!
184045(通称 非通知045スタイル) HIP HOPシーンの新たな流れ! ワルでもない、サグでもない、ハスラーでもない、ギャングスタでもない、ついでにカリスマでもない、イケてない... でもリアル!!! こいつら知らねえで「日本語ラップ熱いよねー」とか言う奴は、何聴いてんだ! 日本語ラップは今、さんぴん世代に負けず劣らず充実している! ZZ(ダブル・ゼータ) PRODUCTION 1st Album リリース!!
インタビューでも登場したPunpeeの実弟、S.L.A.C.K。なまけ者(Slack)のわりには、頻繁にシーンを賑わす働き者!? 前作デビュー・アルバム『My Space』から一年も経たないうちに、セカンド・アルバムが完成。この投げやりな感じ。自分とリスペクトする仲間以外は眼中にない世界観。奇を衒っているようで、中毒性の高い安定したラップのフロー... 「やりたいようにやってるだけ」で、ここまで来てしまったのか。今後も台風の目になること、マチガイナイ!
降神、MSC、小林大吾やCOMA-CHIらが競い合った『新宿スポークン・ワーズ・スラム』にて初代チャンピオンになるなど、その言葉は僕らを惹きつける何かがある。というか、ウッド・ベースを弾きながらのラップという時点で、ちょっと聴いてみたくない? ジャズやソウル・ミュージック、フィッシュマンズやはっぴいえんど、山下達郎のような良質なシティ・ポップの匂いが、ヒップホップというジャンルからムンムン。等身大のタカツキが綴るリリックは、彼の視点を共有させる生活感のあるものだ。例えば京都に住んだ事ない君も、「いつか京都で」を聴けばわかるさっ。