ワーナー、バーバンク・サウンドの誤解

山本 : 僕はギター弾きながら歌うヴォーカリストでは、この人が一番好きなんですよ。ハイレゾで聴いて、声とかスタジオのエアー感とか、こんなに上手く録れてたんだ、とあらためて思いました。これ、ジャケット見ても、スタジオのクレジットがないんですが。
高橋 : そうですね、エンジニアも分からない。
山本 : バーバンクで録音していたんでしょうけれど。
高橋 : いや、この頃のワーナー・レーベルでプロデューサーのレニー・ワロンカーやテッド・テンプルマンが作っていた音楽をよくバーバンク・サウンドと呼びますけれど、あれ実はバーバンクでは録音してないんですよ。
山本 : そうなんですか?
高橋 : バーバンクって、ロスアンジェルスの北のワーナーの大きな映画スタジオがあった町で、この頃のワーナー盤はヤシの木が並ぶその大通りをレーベル面にあしらっていた。それでみんな騙されたんですが、バーバンクにあったのは映画スタジオ。ロック・バンドの録音なんてやってないです。じゃあ、どこで録音していたかというと、1960年代にはワーナー・レコードはまだ自社スタジオを持ってなかったんですよ。ロスアンジェルス市内のユナイテッドとか、いろんなスタジオを借りて作っていた。でも、『ディキー・チキン』は1973年なので、ワーナーがノース・ハリウッドに自社スタジオを持った直後くらいの録音ですね。このスタジオはプロデューサーのスナッフ・ギャレットが所有していたアミーゴ・スタジオというスタジオをワーナーが買い取ったものです。『セイリン・シューズ』も一部、アミーゴ・スタジオで録っています。
山本 : なるほど、そういうことなんですね。
高橋 : あと、「Roll Um Easy」のスライド・ギターもそうですけれど、『ディキー・チキン』でサウンドが洗練されたというのは、このクリーンな音色のスライド・ギターによるところも大きいですね。これはMXRのダイナ・コンプというエフェクターが出て、これをローウェル・ジョージは深くかけているんですよ。それまでは音を伸ばすには歪ませる必要があったのが、コンプレッサーのお陰でクリーンな音色でも伸びる。1973年にロスアンジェルス行った鈴木茂さんが、このローウェル・ジョージのスタイルに影響を受けて、同様の音色のスライド・ギターを弾くようになります。
山本 : もうひとりのギタリストのポール・バレアも独特のギター弾きますよね。すごくファンキーな。
高橋 : はい、『Feats Don’ Fail Me Now』の「Skin It Back」なんかは彼の弾くファンキーなリフがカッコイイですね。
山本 : ポール・バレアも凄いし、キーボードのビル・ペインも凄い。だんだん彼らの色も出てくるんだけれど、そのへんでローウェル・ジョージとバンドの関係が折り合わなくなっていく。
高橋 : そうですね。ビル・ペインを中心にしたプログレ・ジャズ・ロック的な色が強くなり。
山本 : ウェザー・リポートみたいな。そのへんがドカンと大爆発したのが、1977年の『タイム・ラヴズ・ア・ヒーロー』で、これはこれでカッコイイですが。
高橋 : プレイリストに入れたインストゥルメンタルの「Day At The Dg Race」にはローウェルは入ってないですよね。ローウェルはシンガー・ソングライターで、リンダ・ロンシュタットと付き合ってたり、ジャクソン・ブラウンのプロデュースを手がけたり、そっちの志向も強かった。でも、バンドはジャム・バンドみたいな、みんなでガンガン演奏する志向があって、ローウェル・ジョージはそっちにはあまり興味なかったみたいですね。僕はそういうローウェルのシンガー・ソングライター性が出たアルバムとして、1975年『ラスト・レコード・アルバム』が大好きなんですけれど。この中の「Long Distance Love」などはジャクソン・ブラウンにも通ずる。
山本 : 確かに確かに。プイリストにはジャクソン・ブラウンのアルバム『プリテンダー』から「You Bright Baby Blues」が入ってますが、この曲のローウェルのスライド・ギターもクリーンで、スムースで素晴しいですね。
高橋 : 他にも関連作としてプレイリストにはロバート・パーマーの「Sailin Shoes」とアラン・トゥーサンの「On Your Way Down」も入れました。「On Your Way Down」はディキシー・チキンの中でカバーされています。
山本 : アラン・トゥーサンとリトル・フィートって密接な関係があったんですかね?
高橋 : いや、たぶん『ディキシー・チキン』の時にバンドの中でニューオーリンズの音楽への関心が高まっていて、それでアラン・トゥーサンのこの曲にも出会ったんじゃないですかね。翌1974年にローウェルがロバート・パーマーのデビュー・アルバム『Sneakin’ Sally To The Alley』に参加するんですが、これがアラン・トゥーサンのシー・セイント・スタジオでの録音です。で、ローウェル・ジョージとロバート・パーマーはニューオーリンズの空港で初めて会うんですよ。それぞれロスアンジェルスとロンドンから飛んできて、空港で落ち合って、スタジオに向かった。ロバート・パーマーの「Sailin’ Shoes」はミーターズのリズム・セクションに、ローウェルのスライド・ギターを加えています。
山本 : ロバート・パーマーという人も嗅覚の鋭い人ですね。
高橋 : そうですね。ともにニューオーリンズの音楽に惹かれていて、でも、未来的なことへの意欲もあって、ローウェルとは話があったんじゃないでしょうか。『ディキシー・チキン』の中でもニューオーリンズ的なビートが強烈なのが「Fatman In Bathtub」という曲ですが、プレイリストには1978年のライヴ・アルバム『ウェイティング・フォー・コロムブス』のヴァージョンと両方入れました。というのは、リッチー・ヘイワードというドラマーがまた面白いんですよね。とりわけライヴでは。
山本 : はいはい、独特ですよね、この人。意味分かんないドラムというか。
高橋 : スネアのタメが凄いんです。のたうつみたいな独特のビート感がある。あと、ライブだと毎回叩いてることが全然違うんですよ。
山本:ローウェルと大喧嘩したらしいですね。オマエ、ちゃんと決めた通りやれと。
高橋 : それで一回クビになってます。
山本 : この頃のライヴ映像観たことがあるんですが、この人、ずっと歌いながら叩いてるんですよね。
高橋 : たぶん毎回、何か新しいものが聴こえて、それを叩いちゃうんでしょうね。『ウェイティング・フォー・コロムブス』は2022年にデラックス・エディションが出て、これがCDだと8枚組で、「Fatman In Bathtub」も4回出てきたりするんですが、リッチーのドラム聴いてると何度でも聴けちゃうんですよ。
山本 : ウェイティング・フォー・コロムブス』は1977年録音ですが、バンドの状態は良いし、ローウェルもバリバリですよね。
高橋 : 来日が1978年でした。
山本 : 中野サンプラザでしたっけ。健太郎さん、観てます?
高橋 : 前から6列目で。ローウェルのパフォーマンスも素晴らしかったですよ。太ってはいましたけれど、翌年に死んじゃうなんて、夢にも思わなかった。