2023/12/04 17:00

高橋健太郎x山本浩司 対談連載

『音の良いロック名盤はコレだ!』 : 第7回

お題 : エリック・クラプトン 『461 Ocean Boulevard』(1974年リリース)

オーディオ評論家、山本浩司と、音楽評論家でサウンド・エンジニア、そしてOTOTOYプロデューサーでもある高橋健太郎の対談連載、第7回。本連載では、音楽、そしてオーディオ機器にもディープに精通するふたりが、ハイレゾ(一部ロスレス)音源と最新オーディオ環境を通して、改めて“音の良さ”をキーワードにロックの名盤を掘り下げてみようという連載です。

毎回1枚の作品をメイン・テーマに、そのアーティストの他の作品、レコーディングされたスタジオや制作したプロデューサー / エンジニア、参加ミュージシャン繋がりの作品などなど、1枚のアルバムを媒介にさまざまな作品を紹介していきます。今回は1974年リリースのエリック・クラプトン『461 Ocean Boulevard』をメインにとりあげます。今回のオーディオ機器は、本連載初のあえてのアナログ機材、インテグレーテッド・アンプ、AuraのVA 40 rebirthをフィーチャー。ブランド創業35周年の節目に、同ブランドのルーツとなる銘記VA 40の名前を冠し、その設計思想を引き継いだモデル。今回はこの機材をリスニング環境に「音の良い名盤」をお届けします。

本連載7枚目の音の良い“名盤”

名エンジニア、トム・ダウトの手腕が光る1枚

今回、進行用にふたりが用意したプレイリストはコチラ、ぜひ聴きながらお読みください

山本 : 音の良いロック名盤、今回はエリック・クラプトンの『461オーシャン・ブールバード』ですよね。1974年。

高橋 : 山本さん、このアルバムはリアルタイムではどんな感じで聴きました?

山本 : エリック・クラプトンは僕は中学の頃、ブリティッシュ・ハード・ロックとかをよく聞いてて、だから、クリームはよく聞いてたんですけど、ブラインド・フェイス、デレク&ドミノスと音が泥臭くなっていったじゃないですか。

高橋 : クラプトンがアメリカ南部の音に憧れて。

山本 : そう。当時はガキだったんで、それが最初あまりピンと来ないで、でも、その後、ボブ・ディランとザ・バンドのアルバムとかにハマって、だんだん、こういう音楽の良さが分かってきた、という感じでしたね。で、今日は健太郎さんにプレイリストを作っていただきましたが、テーマとしてはこれ、エンジニア、トム・ダウドの仕事を振り返るみたいな。

高橋 : そうですね、『461オーシャン・ブールバード』で山本さんと話したいと思ったのは、一つにはトム・ダウドって有名なエンジニアで、アメリカのレコーディングの歴史を作った一人なんですけれど、オーディオ・マニア的にはそんなに歓迎されていないというか。

山本 : ま、そうですよね。ちょっと音の抜けが悪いとか、そう言われがちだった気もしますよね。

高橋 : だから、オーディオ・フェアなんかでも、スティーリー・ダンやイーグルスはかかるけれども、トム・ダウドがやったロック・アルバムって、あんまりかからない。

山本 : まあ、オーディオのショーって、ロック・ファンばっかりが来るわけじゃないので。でも、トム・ダウドはジャズも結構、録っていますよね。

高橋 : 60年代はジャズの録音もたくさんやっていて、ブルーノートのルディ・ヴァン・ゲルダー、アトランティックのトム・ダウドという感じでしたね。でも、これもヴァン・ゲルダーほどオーディオ・ファンには評価されない。ロックの世界では『いとしのレイラ』が彼の代表作みたいに言われがちですが、でもデレク&ドミノスのあのアルバムって…。

山本 : 抜けが良いとは言いがたく…。


高橋 : 割と音がぐちゃっとしてますよね。だから、若い人はこのエンジニアって、そんな凄いの?みたいになっちゃうと思うんですよ。でも、『461オーシャン・ブールバード』は音が良い。

山本 : そう、今回、『461オーシャン・ブールバード』の192kHz / 24bitのハイレゾ・ファイルを聞いて、僕もこれ、すごくいいなと思いました。いかにもこの頃のエリック・クラプトンらしい音ですけど、ハイレゾで聞くとね、ボリューム上げていっても、全然うるさくないんですよ。いぶし銀的な音の魅力が伝わってくるし、このハイレゾはすごく良いなと思いました。

高橋 : クラプトンのアルバムとしては、この前が1971年の『いとしのレイラ』だっただけに、え!急にこんな音良くなるの?っていうぐらいの違いだと思うんですよね。

山本 : ギターの音が素晴らしい。「I Can’t Hold Out」のリズム・ギターの音とか、めちゃめちゃいいですよね。

高橋 : ギター・アンプの気持ち良い鳴りを見事に捉えてますよね。多分、トム・ダウドって、ジャズとリズム&ブルースの録音はたくさんやってきた。でも、ロックの録音って、ちょっと勝手が違うというか、特にエリック・クラプトンって、マーシャル・アンプをフルテンで鳴らす人だから、音が大きいじゃないですか。それでデレク&ザ・ドミノスの頃までは、それに対応しきれなかったんじゃないかという気がするんですよ。

山本 : え、それはエンジニア・サイドがということ?

高橋 : そうそう。リズム&ブルースのセッション・プレイヤーって、すごい音、ちっちゃいんですよ。昔、スタッフが初来日して、ローリング・ココナッツ・レビューってフェスで演奏したんですけれど。

山本 : あ〜、クジラのコンサートでしたっけ。

高橋 : はい。それであの時、大貫妙子さんがステージ脇でスタッフの演奏見て、すごい音ちっちゃいと驚いたという話を聴いたことがある。

山本 : ドラムはクリス・パーカーでしたね。大貫さん、その後、クリス・パーカー使ってますね。

高橋 : 大貫さんみたいな繊細なヴォーカルの後ろでロック・ドラマーが叩くと音がデカ過ぎちゃう。でも、リズム&ブルースのスタジオ・プレイヤーって音が小さくて、タイトなグルーブのある演奏する。で、トム・ダウドはそういう世界で仕事してきたエンジニアだったから、マーシャルをフルテンで鳴らすようなロック・バンドは同じ方法論じゃ録れなかったんじゃないかと思うんですよ。ロック・ミュージシャンって、コントロールが効かないから、デレク&ドミノスの現場は色々大変だったんじゃないかとも思います。ところが、『461オーシャン・ブルーバード』ではすべてが整理されて、ドラムの音もいいし、ギターの音もいいし、空間も綺麗だし、だから、当時聴いた時もびっくりしたんですよね。

山本 : うん、ギター・サウンドが本当に抜けが良くて、気持ちいいし、ジェイミー・オルデイカーのドラムとカール・レイドルのベースも土臭いんだけれど、ちゃんとプレイのニュアンスが伝わってくる録音で、このハイレゾで聴いて、本当にびっくりしましたね。

マイアミ、クライテリア・スタジオのサウンド

高橋 : 1曲目の「Motherless Children」のギター・リフは確か、Pignose(ピグノーズ)っていう小さなアンプを使ってるんですよ。

山本 : クラプトンともう一人のギタリスト、ジョージ・テリーでしたっけ、二人が左右で同じリフを弾いていますよね。

高橋 : 3本くらい重ねてるかもしれない。そういう時にマーシャルをガーンと鳴らすだけじゃなくて、手のひらに乗るような小さなアンプも使ってみたり、そういうテクニックというか、遊びみたいなことも出来るようになったんだと思うんですよね。それで空間を上手く生かしたサウンドを作ってる。

山本 : すごく自然な音ですよね。あと、このレコード、全米ナンバーワンになってるんですね。調べるてみると。

高橋 : ボブ・マーリーをカヴァーした「I Shot The Sheriff」が大ヒットしましたし。クラプトンのソロ・キャリアって、実質的にこのアルバムから始まったと言っていい。これ以前は、そこまでヴォーカリストとしても認められてなかった。みんな彼のギター・ソロを期待して聴いてた。ところが、この『461オーシャン・ブールバード』はギター・ファンが期待するようなギター・ソロはほとんどないんですよね。

山本 : ザ・バンドの『Music From Big Pink』の影響とか、いろいろ言われますけれど。

高橋 : デレク&ドミノスはロック・ギターの教科書みたいなギター・ソロがあったんですけれどね、プレイリストの3曲目に入れた「Bell Bottom Blues」然り。

山本 : ところで、このアルバムで、クラプトンがメインに弾いてるギターって、何か分かりますか?

高橋 : ブラッキーのストラトキャスターがメインだと思いますが、あと、このアルバムが出た後の1974年の初来日公演ではギブソンのエクスプローラーという珍しいギターを弾いてたんですよね。

山本 : 久保田麻琴と夕焼け楽団が前座やった時?

高橋 : そうそう、僕が見た日は違ったんですけど、その来日公演ではエクスプローラーっていう角ばったデザインの、生産数もものすごく少ないギターを弾いていました。『461オーシャン・ブルーバード』のストラトじゃない、ハムバッキングのギター・サウンドはそれかもしれません。。

山本 : このアルバムも含めて、プレイリストの曲はほとんどがマイアミのクライテリア・スタジオでレコーディングされていますね。

高橋 : はい、トム・ダウドは1970年代の始めにアトランティック・レコードを辞めて、マイアミに移住したんです。それでマイアミのクライテリア・スタジオを使って、数多くの仕事をこなすようになった。クライテリア・スタジオはマイアミにあったMCIという音響機材のメーカーと近しく、MCIのカスタム・コンソールが入っていました。MCIは60年代後半から70年代にかけて、リーズナブルな価格のコンソールを売り出して、大躍進するんですけれど、MCIの本拠地にあるクライテリアは量産型ではないフラッグシップ・モデルが入っていました。

山本 : そのカスタム・コンソールで、イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』が作られたし、ビー・ジーズの『サタデー、ナイトフィーバー』も作られたって話を健太郎さん、書いてましたね。あれ、めっちゃ面白かったですよ。

高橋 : そう、70年代半ばにクライテリア・スタジオはそういう大ヒット・アルバムを生み出すんですが、それもエリック・クラプトンの『461オーシャン・ブルーバード』からの流れでしょう。このアルバムが大ヒットした後に、同じRSOレーベルのビー・ジーズがクライテリアに行って、ディスコ・アルバムを作って大成功した。イーグルスはエンジニアのビル・シムジクがやはりマイアミに移住して、クライテリアを使うようになった。

山本 : プレイリストに入っているアレサ・フランクリンの「Rock Steady」もクライテリア録音なんですか?

高橋 : そうです。

山本 : これも最高ですね。

高橋 : こういうR&Bは上手いですよね、トム・ダウドは。それから、この時期に彼が手がけたサザン・ロックからオールマン・ブラザーズとウェット・ウィリーを選びました。

山本 : ウェット・ウィリーというバンドは知らなかったけれど、これも良いですね。

高橋 : 隠れた名盤です。サザン・ロック・バンドなんだけど、ファンキーなR&Bの感覚もあって。こういう一連の作品があって、クラプトンの『461オーシャン・ブルーバード』ができた気がします。

山本 : クラプトンは当時、ドラッグやアルコールの問題あったと言われますが、このレコーディングの時はだいぶクリーンになってたんですかね。

高橋 : ああ、そんな感じしますね。「Motherless Children」は古いスピリチュアルをもとにしていますし、ジョニー・オーティスというR&Bの世界では有名なバンド・リーダーの「Wille & Hand Jive」を取り上げたり、真摯にアメリカン・ミュージックを勉強している感じがある。




[連載] エリック・クラプトン

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