〈アトランティック〉音源の要、トム・ダウド
山本 : さて、プレイリストの方に戻って、トム・ダウド関連の音源です。2曲ともステレオですが、トニー・ジョー・ホワイトの「I've Got A Thing About You Baby」(1972年の『The Train I'm On』収録)とクラプトンの「I Can't Hold Out」(1977年リリースの『461 Ocean Blvd.』収録)。どちらも久しぶりに聴いたんですが、この2曲は本当に音が良いですね。
高橋 : ええ、ここからはトム・ダウドの話をしましょうか。彼は世界的名エンジニアとして知られていて、いろいろなエンジニアの先生でもあるんですよね。例えば、以前ここでも採り上げたアル・シュミットも後輩ですからね。でも、シュミットとは対照的に、トム・ダウドの音って綺麗に磨いた音じゃなくて、ワイルドな録音が多いんですよ。さらにジャズのレコードもたくさん録ってますけど。
山本 : 相当な数の作品をレコーディングしていますよね。
高橋 : 〈アトランティック〉のオフィスで、夜になると机を片付けて、そこでジャズ・ミュージシャンを呼んで、一晩でアルバム1枚をレコーディングしたなんて話もありますね、トム・ダウドは。50年代の〈アトランティック〉は、ちゃんとしたスタジオを持ってなかった。なので、〈ブルーノート〉のルディ・ヴァン・ゲルダーとかに比べると、ドラムの音とかはやっぱりあまり良くないんですよ。あと、トム・ダウドはもともとベーシストなんですよね。
山本 : あ、そうなんだ。
高橋 : だから、ドラムよりベースにこだわりがある。ドラムはちょっと弱いというか、だからアート・ブレーキーでも、ルディ・ヴァン・ゲルダーが録ったものと比べると全然ドラムの音が違います。
山本 : ドラムが遠かったり…。
高橋 : そうそう、シンバルの鳴りがよくなかったり。でも、ベーシストなのでチャーリー・ミンガスとか、ベーシストのレコーディングはトム・ダウドが本領を発揮するんですよ。
山本 : ああ、なるほど。そんなふうに感じたことなかったけど、そう言われるとそういう視点で聴いてみたくなりますね。
高橋 : ベース重視でベースのそばにマイクを立てて、それをキックの方にも向けて、キックの音も拾うみたいなやり方。一方のルディ・ヴァン・ゲルダーは、当時からオンマイクで、ドラムセットに丁寧にマイキングしていた。そういう意味では、トム・ダウドって有名だけれど、彼を音のいいレコードを録るエンジニアとして認識している人は意外に少ないんじゃないかと思うんです。だって彼の一番の代表作はクラプトンの『Layla』(Derek and the Dominos名義)じゃないですか。あのアルバムは、モコっとしてたり、ひずんでたり、粗くて、僕はあまり音が良いという印象は持っていないんです。
山本 : たしかに。でも健太郎さんがプレイリストに入れた2曲はとても音が生々しくて澄んでいる。
高橋 : そうなんですよ、トニー・ジョー・ホワイトとクラプトンを選んだんですけれど、この2枚はとても音がいい。
山本 : クラプトンの『461 Ocean Blvd.』は、マイアミのクライテリア・スタジオ(Criteria Studios)でのレコーディングですね。 このアルバム、 オーディオマニアが求めるスタジオの空気感、いわゆるエアーがよく録れていると思います。ハイレゾで聴くとちょっと驚きます。
高橋 : トム・ダウドはNYのアトランティック・スタジオが長年拠点でしたが、70年代にマイアミのクライテリアでも録っていますね。このアルバムを聴くと「Layla」がなんであんなぐしゃっとした音像なのかなと。あれもクライテリアだと思うけど。
山本 : 『461』の音の鮮度が高いのは、オーバーダビングが少ないからじゃないですか。
高橋 : そうですね、バンド自体の良さがそのまま記録されているんでしょうね。「Layla」はトム・ダウトが思うようなレコーディングできなかったという感じがします。
山本 : ミュージシャン・エゴに負けたって感じかもしれませんね。トニー・ジョー・ホワイトの『The Train I'm On』と『Home Made Ice Cream』(1973年)は、すごく音が良くて昔から僕の愛聴盤です。 独特のウォームな感じの音が好きで。
高橋 : 僕もトニー・ジョー・ホワイトでは、その2枚が好きですね。すごくコクのある良い音です。
山本 : クラプトンの『461 Ocean Blvd.』を含めて、このへんの作品を音が良くてハイレゾで聴くべき作品と認識している人はあまりいないと思いますが、ぜひ聴いていただきたいですね。
ライヴ・アルバムの当たり年、そして大名盤『Live』の秘密
山本 : その他プレイリストに入れているのが、オールマン・ブラザーズ・バンドの『The Allman Brothers Band At Fillmore East』(1971)から「Stormy Monday」。ダニー・ハサウェイの『Live』と同じ頃に収録、リリースされたライヴ・アルバムですね。 いわゆるモバイル・レコーディング、レコード・プラント・モバイル・スタジオというレコーディング・システムができた時代の作品ですね。健太郎さんの『スタジオの音が聴こえる』で詳細に書かれていましたけれど。
高橋 : おそらくそうだと思います。これはニューヨークですが、対してロサンゼルスではもともとモバイル・レコーディングが盛んだったんですよね。
山本 : ウォーリー・ハイダー・スタジオですね。
高橋 : そう、ウォーリー・ハイダーは車に乗せられるシステムでいろいろなジャズ・クラブに行ってはレコーディングしていた人で。このアルバムでも半分ウォーリー・ハイダーのシステムも使ってるんじゃないかな。NYではなかなかそういうのがなかったんだけど、レコード・プラント・モバイル・スタジオができて、急にNYでもライヴ・レコーディング・ブームになるんですよね。1971年に、このフィルモアのライヴ盤があり、ダニー・ハサウェイがあり、ザ・バンドのライヴ盤がありという時期ですね。
山本 : この年は凄いですよ。アレサの『Live At Fillmore West』も1971年のレコーディングで、カーティス・メイフィールドが〈ビター・エンド〉で録ったのも1971年(『Curtis / Live!』)。しかもファニア・オールスターズのあの有名な『Live" At The Cheetah』も1971年ですね。恐ろしくすばらしいライヴ盤だらけなんですよね。
高橋 : ライヴ・レコーディングの良い感じのシステムができあがったのが1971年ということですね。ライヴ・レコーディングの良いシステムができたから、アーティストの側も「よし、作ろう」となったんでしょうね。ちなみにダニー・ハサウェイの『Live』は、実はものすごく演出されたライヴ・アルバムなんですよね、とにかく歓声が大きい(笑)。
山本 : 特にA面のロスアンジェルスの方。
高橋 : そう、わざと歓声のヴォリュームを上げたりしているしね。極めつけは大合唱、これは狙って録っているだろうという。
山本 : 客が上手すぎるので、以前から健太郎さんはこれは絶対仕込みだとおっしゃってましたね(笑)。
高橋 : だって普通の人が ヒットしたばかりの「You've Got A Friend」をあのアレンジで歌えるわけないですよ(笑)。
山本 : 「Ghetto」のハンド・クラッピングなんかも異常にうまいんですよね。お客さんが只者じゃない感がスゴイ(笑)。それがまたこのアルバムの好きなところなんですが。
高橋 : 〈アトランティック〉はライヴ・アルバムにすごくポスト・プロダクション的な演出を加えているんですよね。「Jealous Guy」なんかはほとんどスタジオ録音になっていると思います。だって、ダニーはエレピとピアノ両方弾いてるし、コーネル・デュプリーのギターはこの曲だけ、左から右に移動するし。そのへんはトム・ダウドの巧みな編集術かな。
山本 : トム・ダウドというか、アリフ・マーディン?
高橋 : クレジットがないので分からないですが、ライヴ録音をアトランティック・スタジオに持ち帰って、アリフ・マーディンがトム・ダウドか、あるいは弟子のジミー・ダグラスあたりと作り直したんでしょうね。当時は気がつかなかったけれど、とにかく〈アトランティック〉がかなりあざとい演出を効かせて、作り上げたライヴ・アルバムだと思います。
山本 : それこそA面のハリウッドの〈トルバドール〉というクラブ、行ったことないので実像はわかりませんが、小~中規模のクラブの空気感、お客さんの拍手と歓声の広がり感とかが素晴らしくて。当時のその場所にワープできるというか。
高橋 : つい最近、ダニー・ハサウェイのニューヨークの〈ビター・エンド〉で1971年に行われたライヴがリリースされましたが、これはそういう演出が全くないライヴ音源で。
山本 : プレイリストの「What’s going on」を聴くと、『Live』に比べるとめちゃくちゃさびしい(笑)。
高橋 : でもコレが本当の姿だったんでしょうね。
山本 : そうかそうか。レコードは映画と一緒なんですよね。やっぱりそういう作り込みも含めて楽しむものなんですね。もちろんこの演出のないライヴの演奏も悪いわけではないけど。
高橋 : そう、これはこれで演奏に集中して聴けてすばらしいんですけどね。あと、ポストプロダクションでライヴ・アルバムを作るという行為の最たるものが『Live』の「Voices Inside (Everything Is Everything) 」。13分のジャム・セッション。
山本 : ベース・ソロを差し替えているという。どうやらマスター・テープそのものをつなぎ合わせているようですね。
高橋 : そうですね。B面は〈ビター・エンド〉でレコーディングされたパートですが、ベーシストのウィリー・ウィークスのソロが、A面収録の〈トルバドール〉で録ったベース・ソロに差し替わっている。ふつうにレコードを聴いていると違和感はあまりないけれど、ハイレゾをイヤフォンで聴くとつなぎ目がはっきりわかってしまうんですよね(笑)。あと、プレイリストにはダニー・ハサウェイの大学時代からの友人でもあったロバート・フラックの「Bridge Over Troubled Water」を入れました。この曲を含むアルバム『Quiet Fire』の50周年記念盤がハイレゾ出ていて、これがすばらしいんですよ。この曲はサイモン&ガーファンクルのいわゆる「明日に架ける橋」カヴァーですが、ロバータ・フラックはピアノで弾き語りもやっていて、コーラスも一人で多重録音している。あの曲が、こんなふうに解釈できるんだという。 このヴァージョンはエルトン・ジョンが絶賛しているようですね。
山本 : ボーカルのリバーブがすごく深いですね。バッグのストリングスとかはそうでもないけど、それ故にすごく幽玄というか、 このアレンジにはゴスペルっぽさをすごく感じますよね。
高橋 : このアルバムのエンジニアは アトランティックの専属エンジニアのリュー・ハーンがやっていて、彼もトム・ダウドの弟子ですけれど、ダウドだとこんな綺麗な洗練されたレコードは作れない(笑)。さて、ここまでいろいろ聴いてきて〈アトランティック〉の音ってどうですか?
山本 : 今回のアレサ、ダニー・ハサウェイとかモノのハイレゾを聴いて、ガッツのあるマッシヴな音の魅力に気づいた感じですね。いわゆるハイファイ的な魅力があるかっていうと、ちょっと違うかもしれないけど、でも、こういうソウルとか1960年代終わりから70年代初期の音楽の魅力をうまくすくい取っている気がします。
高橋 : 当時、LPを買ってた時、〈アトランティック〉を含めて、アメリカ盤はとにかく音にガッツがあるなあと思ってて。 言ってしまえば、ちょっとガサツな所もあるし、プレスも結構粗い感じがあるんだけれど、音がなんか前に出てくるというかね。
山本 : そしてトニー・ジョー・ホワイトの『The Train I'm On』、クラプトンの『461 Ocean Blvd.』の音の良さに改めて驚きましたね。
高橋 : では、そろそろオーディオの話をしましょうか。