プロデューサー、テッド・テンプルマンの手腕
高橋 : 『Minute By Minute』より『運命の掟』の方が音が良いのはなぜかな?と思って調べてみたんですけど、まず『Minute By Minute』はワーナースタジオで全部作られていて、『運命の掟』はワーナースタジオとサンセットサウンド、LAのふたつのスタジオで録られています。ドゥービーズは当時のワーナーで売れたバンドの中の筆頭にあげられるんですけど、プロデューサーはテッド・テンプルマン。その当時のワーナーのプロデューサー陣には、レニー・ワロンカーとかがいて。
山本 : レニー・ワロンカーが手がけた一連の作品は、当時「バーバンク・サウンド」って呼ばれていましたよね。
高橋 : うん、そうそう。で、テッド・テンプルマンって元々ミュージシャンなんです。1960年代にはハーパース・ビザール(Harpers Bizarre)というバンドでフロントに立って歌っていたんですよね。ワーナーのバーバンク・サウンド、いわゆる1960年代終わりぐらいのレニー・ワロンカーなんかがやっていたことはどっちかというとスタジオで職人たちが集まってドリーミーなポップミュージックをやる、その裏方をやっていたのがライ・クーダーだったり。
山本 : ニック・デカロとかね。
高橋 : そういう裏方に支えられていたバンドがハーパース・ビザールだったんだけど、テッド・テンプルマンは結局ワーナーに就職して裏方になるんですよ。その後のプロデューサーとしてのテンプルマンがすごかったのは、それまでのワーナーにいなかった、サウンド的にダイナミックなバンドを手がけるプロデューサーにシフトしていくんですよね。それでドゥービー・ブラザーズが当たって、とにかく売りまくったわけです。70年代のロックはシーンが大きくなって、流れ的にだんだんスタジアム・ロックみたいになっていくんですが、ワーナーはそこが弱かったんです。それを変えたのがテッド・テンプルマン。
山本 : なるほど。確かにワーナーのそれまでのサウンドと言えば、ランディ・ニューマン的なちょっとノスタルジックな感覚があって。そこにカリブ海の音楽なんかもうまくアレンジするという、スタジオの密室作業みたいなちょっとマニアックなイメージですよね。そこから1971年にテッド・テンプルマンはワーナーで、ドゥービーズのファーストと、プレイリストにも入っていますが、ヴァン・モリソンの『Tupelo Honey』を手がけた。
高橋 : 『Tupelo Honey』は大名盤ですね。ヴァン・モリソンの『The Essential Van Morrison』というベスト盤がハイレゾ化されていて、ここから”Tupelo Honey”を選びました。当時、テンプルマンはヴァン・モリソンをやったことでシーンに認められたところがありますね。そういえばテッド・テンプルマンはとあるインタヴューで、これまで仕事をしたミュージシャンで、最高だったアーティスト、最悪だったアーティストを訊かれて、最悪だったのはヴァン・モリソンって答えています(笑)。
山本 : それは人間的に、ということかな?
高橋 : そうでしょう。けっこう気が変わっちゃって対応するのはタイヘン、そういう話でした。で、最高だったのはエディ・ヴァン・ヘイレンだそうです。テッド・テンプルマンはドゥービーズに続いて、さらにヴァン・ヘイレンのデビュー作を手がけてワーナーを激変させたんですよね。
山本 : そうか、豪快で大衆的なバンド・サウンドを作り上げてワーナーを儲けさせたわけだ。
高橋 : そう、彼がいなかったら1970年代以降のワーナーはちょっと危なかったかもしれない。他にこの時代にテッド・テンプルマンが何をやっていたかなというと、ニコレット・ラーソン。これ、山本さん好きでしょ。
山本 : 大好きです(笑)、1978年のデビュー・アルバム『Nicolette』。あとプレイリストにはリトル・フィートの『Time Loves a Hero』(77年)があって。これも素晴らしいアルバムですよね。
高橋 : これはローウェル・ジョージが死んでしまう直前の、ビル・ペインを中心にしたリトル・フィートの作品で。とてもプログレッシヴなアルバムです。
1970年代後半のウエストコースト・サウンドとスティーリー・ダン
山本 : リトル・フィートの『Time Loves a Hero』と『運命の掟』のタイトル曲(“Livin' on the Fault Line”)には、音楽的な共通点を感じます。インプロヴィゼーションがスリル満点で、「ん?ウェザー・リポート?」という局面に音楽的に流れたりするし。
高橋 : ビル・ペインとかマイケル・マクドナルド、デヴィッド・フォスターなど、当時のロスアンジェルスは才能あるキーボード奏者がたくさん出てきましたよね。プログレッシヴなフュージョンの要素が入っているロックというのがウエストコートから出てきた時期。だから、もう少し土臭い音楽が好きな人は離れていっちゃった感もありますね。しかし『Time Loves a Hero』は今聴くとすごくかっこいい。ローウェル・ジョージが前面に出ていた時代のブルージーなのも好きだけど、ビル・ペインのキーボードを前面に出したこの作品も素晴らしい。
山本 : やっぱり、このあたりが1970年代後半のウエストコーストの最高のバンドたちという感じがします。
高橋 : その背景にはスティーリー・ダンの存在があるんですね。彼らはもともとニューヨーク出身で、なかなか売れなかったから「ウエストコーストに行ってバンドを組んで成功するんだ」という感覚で拠点を変えて。彼らはどちらかと言えばスタジオ・バンドで、それまでの西海岸にはない幾何学的な構成で音楽を作り上げていった。こうした音楽性の影響力がすごいあったと思うんだよね。その周辺からドゥービーズにジェフ・バクスターが流れていったりして。こうしたスタイルのロサンゼルスの音って今も続いていると思うんですよ。この時代の音の良さって実は微妙な時代でもあって。
山本 : アナログ録音後期。さまざまな録音用機材が発明されてという時代ですね。
高橋 : 音色がちょっとキラッとしていて……実は、そのへんはぼくはちょっと苦手な部分だったりします。『運命の掟』はそういう感じを抱かせない芯のある音で。この時代になるとレコーダーのチャンネル数が16から24トラックになってという時代で。
山本 : 『運命の掟』は完全に24トラック・レコーディング?
高橋 : これはどう考えてもそうでしょうね。16チャンネルの方が出てくる音が太いというのはあるんだけど、おそらく、この辺になると24チャンネルでレコーディングしていると思います。『Minute By Minute』は24チャンネルでも足りてないんじゃないかな? スティーリー・ダンのように2台レコーダーを同期させて……というくらいのチャンネル数を使っていそうな感じがする。
山本 : たしかに『Minute By Minute』はワイドレンジなんだけど、『運命の掟』に比べると音が少し薄い感じがします。
高橋 : やはりチャンネル数が多くなっているからじゃないですかね。そんなわけで、やっぱり近年ぼくがこのあたりを聴きなおしているのは、最初に述べたようにサンダーキャットの『Drunk』がきっかけ。そこにマイケル・マクドナルドとケニー・ロギンスを引き込んでいて。あのアルバムが2017年かな。
山本 : さらに、1970年代後半から1980年代前半のAOR的なポップスが“ヨット・ロック”と呼ばれるようになって。
高橋 : その名前はコメディ番組で言われるようになって半分バカにしてというか。ベトナム戦争が終わって、浮かれて、着るものとかもロック・ミュージシャンがスーツ着てみんな金持ちになってという。で、ヨットに乗っているジャケが多いというからそう呼ばれるようになった。