【LIVE REPORT】〈月金でギンギン!〜職場の死神背負って来い〜〉吉祥寺 キチム編
文 : 真貝聡
写真 : MAYUMI-kiss it bitter-
ふと時計を見ると、開場時間が迫っていた。「お客さん、入れまーす!」というスタッフの一言とともに扉が開き、お客さんがゾロゾロと店内へ。
開演の時刻になると出囃子が流れて、最初に登場したのは立川吉笑だ。

「え〜、3年前の2016年に新宿MARZでMOROHAさんのイベントに呼んでいただきまして。その日は最初にMOROHAさんのミニライブ、次に私のネタ、最後に再びMOROHAさんのライブというサンドウィッチ形式だったんです。それで『緊張するなぁ。音楽好きのお客さんに落語はどう映るのかな』と思っていたら、よりにもよってMOROHAさんがミニライブの最後に「三文銭」をやったんですよ。それを聴きながら『「三文銭」は早すぎるだろ!』と。ライブの終盤にやる感じの曲じゃないですか。それをやった後に、私が陽気に出て行ってもお客さんはヒリヒリした状況ですから中々厳しくて。しかも、その後のライブで最後に「四文銭」を歌われて。あの日はボコボコにされた記憶がありますね」
コアヒートのごとく徐々に笑いで温まる会場。適度に肩の力が抜けた吉笑の語り口は、まるでワルツを踊るように軽快だ。
「……あのぅ、アフロさんとは腐れ縁でございまして。中学の同級生なんですよ」
突然の報告に「へぇ!」とざわつく会場をよそに話は進む。
「私は田中という本名で、滝原(アフロの本名)は名簿が前後だったこともあり、自然と仲良くなりまして。当時から滝原はラップに目覚めましてですね。とは言っても長野の田舎ですから、ラップなんか誰も知らない中で1人没頭していたんです。同じ時期に私は立川談志というね、大師匠に魅了されて常に落語、落語という感じだったんです。ベクトルは真逆でも、どちらも尖ってるみたいな。向こうはラッパーを目指して、私は落語家を目指して尖っている者同士。先生は大変ですよね。片田舎の中学校で朴訥な青年しかいない中、落語にかぶれている奴とラッパーにかぶれている奴がいるわけでございまして……」
そして1秒だけ間をおいて腕を組み、サッと表情を変えた。
「おい! いいかお前達、明日は体育祭だぞ! ちゃんと練習しなくちゃダメだろ。それから滝原! お前はちゃんと歌ってるのか。歌にハマって何かやってるんだろ? 国歌斉唱をちゃんと歌え!」
「先生ちげえよ! 俺は歌じゃないよ、ラップだから」
「ラップだか知らないけどさ、よくない不良の音楽を聴いているんだろ。何だ、ラッパーっていうのになりたいのか?」
「ラッパー(↓)じゃねえよ、ラッパー(↑)だよ」
「とにかくちゃんと国歌斉唱を歌え。そこがお前の見せ場なんだから、ちゃんと大きな声で歌え」
「わかりました。だけど先生、「君が代」のリリックを覚えてないんですよ」
「何だリリックって?」
「リリックはリリックですよ」
「それは歌詞のことか? 〈君がぁ〜代ぉわぁ〜〉だ」
「わかりました。だけどトラックの入り方がわからなくて」
「トッラクの入り方? 「君が代」の?」
「1バース目はわかりやすいんだけど、2バース目がわかりづらいんですよ」
「2バース目ってなんだ! 田中もゲラゲラ笑ってる場合じゃない! お前も芸人になりたいのかよくわからないけど、ちゃんと組体操をガーッといけ! ガーッと!」
「先生、組体操の出囃子を変えてもらえません?」
「組体操の出囃子!? お前達は全然わからん!」
吉笑は右へ左へと体の向きを変えて、再び正面を向きなおした。


「……こんな会話を我々はしたんですね。そんな二人が東京へ出てきて、当時の先生方はどう思っているのかなと考えながらね……中学校の同級生が東京へ出て、夢を叶えて30歳で出会うってすごく良いじゃないですか」
みんな吉笑から目をそらさずじっと話に聞き入る。
「本当にそうだったら、今日の会もやりやすいんですけども……実際、私は京都出身ですし、長野に行ったことはありませんし、本名は田中じゃないですし、年齢も違いますしね」
まさかの裏切りに会場からワッと声が上がる。
「これが落語家です。嘘ばっかり言うんです。でも、ここでネタバラシをしなかったら、皆さんは信じたまま帰って、下手したらWikipediaを更新する人もいたりして。そうやって作られていく歴史もあるかもしれない。こっちがタネを言わなければ、それが真実になってしまう可能性もあるんですよ。落語家もラッパーも言葉を使って空間を作るわけです」
驚かせ・笑わせ・感心させる。三拍子そろった枕を披露して、いよいよ1つ目のネタ「一人相撲」へ。──大の相撲好きである大店の旦那は「もう相撲見物へ行くのは辞める」と言ったものの、先ほどから溜め息をついてばかり。見かねた番頭が「相撲は行かへんと自分で決めたんちゃいますか!」と言うと、「これまでは店を空けてまで、大阪から江戸まで相撲見物に行ってきたわけやけどな。そんなことしたら店の者に示しがつかんやろ? 今日という今日は“相撲断ち”をしようと思ったけれどもな……いざ辞めてみたら気になるんや」と未練がある様子。そんな旦那さんの状態をいち早く察知していた番頭。実は奉公人を使って旦那さんの代わりに相撲を観に行かせ、取組みの結果を伝えるよう指示していたのだ。「でかした、番頭!」と喜ぶ旦那さん。しかし、戻ってきた奉公人の1人目・金造は説明がとにかく下手くそ。2人目・熊五郎は誰よりも早く到着するのに必死で、ろくに取組みを見ていない。3人目の八五郎は何故か力士ではなく、行司のことだけを鮮明に話す始末。ついに旦那さんが「番頭! こいつら好き勝手に喋って、一切取組みについて話さないって、どうなってんねん!」と激昂すると番頭が諭すように口を開いた。「こいつらが好き勝手喋るのもしょうがありませんわ」「なんでしょうがないねん!」「考えなはれ……だって、こいつらがやってるのは一人相撲ですから」
サゲを聞いて観客は感嘆の声を漏らした。こうして1発目は古典らしさを醸した新作落語を披露。2本目は「明晰夢」。──休みの日に家の中で何をするでもなく、ゴロゴロしている八五郎に妻が呆れた表情を浮かべて話す。「お前さん、お願いだから表へ行っておくれよ。いつまでも家にいちゃあ、私の息がつまるじゃないか」「嫌だよ。休みなんだから、たまには家でゴロゴロするんだ」八五郎が気だるそうに返すと、「じゃあ、湯でも行ったらどうだい」と勧める。しかし、八五郎はわざわざ金を払って体を濡らして、また手ぬぐいで体を拭くなんて面倒くさい。だったら最初から湯に入れなければ良いじゃないか、と提案をいっこうに聞き入れようとしない。とはいえ、妻が何度も説得するもんだから、しょうがなく表へ出る。すると同じく暇を潰していた金さんと遭遇。「暇だったら寄席を観に行こう」と誘われて、八公は金さんと寄席へ行くことに。


「待てよ、金さん。落語って銭がいるのか? なんで?」と八公が金さんに尋ねる。「だって見たことも聞いた事もねえ、おっさんの話しを聞くんだろ? そんなの銭なんか要らねえじゃねえか」「落語家さんはな、俺たちの銭をもらって生活するんだから。誰か知らない落語家に銭を払う、それが粋じゃねえか」こうして金さんに説得させられて、銭を払い席に着く八公。すると前座が舞台に上がり早速話し始めた。開口一番「お前さん、お願いだから表へ行っておくれよ。いつまでも家にいちゃあ、私の息がつまるじゃないか」どういうことか、目の前の前座は先ほどの自分と全く同じシチュエーションを話しているではないか。「おい! これ、どこかで聞いた気がするぞ!」しかも、寄席に行くやり取りまで一緒である。そして前座のネタに登場する主人公たちも、八公と同じように寄席へ行きつく。まるでパラレルワールドである。いよいよ訳がわからなくなり、「どうなってるんだ」と金さんに尋ねると「お前さん、知らないのか? これを聞いてる俺たちも落語だよ」「俺たちも落語?」「教わってないのか。これはな、どこかで誰かがやってる落語の中の俺たちなんだよ」つまり舞台でいう劇中劇である。ぐるぐると次元をめまぐるしく行き来するSFのような話。滑らかな口調から、徐々にギアを上げていく喋りは聞いていて映像が浮かぶだけでなく、心地いい。気づけば2つネタを聞き終えて、立川吉笑の高座は幕を閉じた。
そして、転換後にステージに姿を現したアフロとUK。MOROHAのライブは「二文銭」でスタートした。2曲目「奮い立つCDショップにて」では、サビになると何人もの観客が首を上下に振ってリズムを刻んでいる。こうやってみんなが座りながら聴くMOROHAというのも、中々貴重な光景である。先ほどの吉笑の高座で異空間に感じられた店内が東京・吉祥寺の現代へ引き戻される。

3曲目に「スタミナ太郎」を披露して、4曲目は「勝ち負けじゃないと思える所まで俺は勝ちにこだわるよ」。2番まで歌い終えると、突然UKがギターの演奏を止めて、アフロはゆっくり口を開く。「……NUMBER GIRL復活ですね」その表情は険しかった。「リスナーとしては拳を突き上げましたが、その拳で自分の襟元を掴んで『お前、何リスナーみたいなこと言ってんだよ。ふざけんなよ』って。続けていくことの大変さ、勝ち残っていくことの大変さ、負けてもしがみついていった人たちの姿を見て、久しぶりに帰ってきたバンドにシーンの話題をかっさらわれているこの現状を『お前はどう思うよ』って自分に語りかけました。リスナーだったら喜べたのに……悔しさ忘れたら辞めちまえ。悔しさ忘れたら……」そこまで話すとUKが再びギターを弾き始めた。〈本当ありがとう 待ってくれている人 もうちょっとだけ 待っていてくれ〉〈ごめんな 待てずに去っていった人 いつか必ず迎えに行くよ〉その時、僕は何度もアフロ、UKと目が合ったような気がした。
そして新曲「米」でアフロは歌う。〈守るってなんだ 食わしていくことか それもそう でもそれだけじゃないな〉〈生きるってなんだ 息してることか それもそう でもそれだけじゃないな〉〈金さえあれば 金さえあれば 金さえあれば 金さえあれば 金さえあれば どうだった〉「勝ち負けじゃないと思える所まで俺は勝ちにこだわるよ」と同じように、MOROHAは本当に自分にとって必要なのはお金じゃないと思える、その先を確かめたくて歌ってるように聴こえた。
「音楽はお金じゃないって、言い合えた友達がいて。そういう優しいまっすぐな友達は、音楽に対して真面目になるのも早かったんだけど、人生に対して真面目になるのもやっぱり早くて。向き合えた奴からいなくなった……。残った俺は自分の腹黒さに怯えながら、いずれ飲み込まれてしまうんじゃないかなと怯えながら、それでもしがみついて歌ってる。責めるなら責めたらいいさ。でも、俺……必死だったんだ」そう言って「tomorrow」を披露。薄暗いライブハウスと違い、お客さんの顔が良く見える店内。1人でライブを観に来てた30代ほどの女性が、隣の人にバレないよう涙を拭っていたのが印象的だった。その人は何回もハンカチで顔を隠していた。


再びアフロは話し始める。「吉笑さんの落語の中に、見たことも聞いたこともなない人にお金を払うなんて変でしょ、という下りがあって。皆さんはのうのうと聞いている感じでしたけど、俺はグサッと刺さってしまって。俺の歌はそれに値するのだろうかと考えました。実際問題、あなたの大切に思っている人は俺たちの音楽を聴くよりも、大切な人から声をかけてもらった方が染みるんじゃないかなとか、響くんじゃないかなとか。そう思うと、俺がここに立つ意義はなんだろうとすごく考えさせられました。そうやって作品で会話するというか、恐らくだけど立川吉笑という男も、その下りを読み上げるときに問いかけをしていたはずで。その問いかけの先に、こんな1日があったとすれば、それほど嬉しいことはないなと思っております」
そして最後の曲に入る前、アフロは『MOROHA自主企画「月金でギンギン!〜職場の死神背負って来い〜」』開催の理由を話した。「なぜ、この企画をやろうと思ったのかと言うと、これから春フェスっていうもんが始まりまして。そこに来る客は全員生ぬるいと思っております。楽しもうと来ているお客さんや、『今日は休みだ』と朝っぱらからビールを飲んでいるお客さん。方や平日に学校や仕事でボロボロになって、その体を引きずってライブハウスに来るお客さんの目つきは絶対に違う。俺たちが真っ向から向き合わないといけないお客さんはどっちだって」その2択の答えは明確だ。この日は週末金曜日。スーツ姿の人たち目が、力強く2人を見つめている。 「今日は最終日の金曜日ということで、皆さん死神を引きずって来てくださったと思うんですけど。一旦、ここで皆さんの死神の息の根を止めますが、俺たちは他のアーティストが言わないようなことを言ってのし上がってきたから、みんなが言わないような真実を言い当ててここに立っているわけだから言わせてもらうと、3日後にはまた月曜日がやってまいります。その先で、また目ん玉をギラつかせて会えるのか、目が会った時に何かしらの後ろめたさを感じてスッと目を逸らしちまうのか。どっちなんだろうなって、そんな思いを抱えながら最後の曲をきっちりやって終わりたいと思います」そして「五文銭」へ。


UKの演奏は指の動きが激しくも、狙撃手のように1音1音を正確にとらえている。こうして間近で演奏を観ると、改めてその凄みを感じる。そしてアフロは怒っているような、泣いているような、嘆いているような、感情の入り混じった声で歌っていた。曲が終わりに差し掛かる時、最後の言葉を投げた。「死神なんて言うなよ、必要だって思ったんだろ。その憂鬱さは、その責任感は、あなたが生きる上で必要だって思ったんだろ。自分で選んだんだ。それと立ち向かわないとならないんじゃなくて、それと立ち向かうまいと、そう思った瞬間があったんだ。死神だなんて言うな。そいつがいるおかげで、生きて、生きて、息をしているのとは別の意味で。飯を食うのとは別の意味で。生きて、生きて…」まるでその声はすがるように震えていた。「俺はたくさん負けてきたし、たくさんズルもしてきたけど、最後に俺は俺のことを褒めてやりたい。よく頑張ったって、よく逃げなかったって。力一杯抱きしめてやりたい。その時は自分の選んだ死神と向き合って、とことん愛し合っていくんだよ。その先で俺は、俺は、俺のことを……幸せにしたい」こうして2人は1時間のライブを終えて、ステージから降りた。
終演後、クラムボンの原田郁子がいたので声をかけた。「今日の会場は郁子さんが、アフロさんに提案されたって聞いたんですけど」「そうなんです。ここ(原田郁子の妹・原田奈々さんが経営しているカフェ)でMOROHAを観たいと思って、私からアフロ君にメールをしたの」平日に会社や学校と戦って、その体でライブに来るお客さんを相手に向き合いたいと自主企画を立ち上げたMOROHA。50分間、話芸一本で勝負をした立川吉笑。そんな2組のライブを観たいと会場を用意した原田郁子。いろんな人の思いが交差する、貴重な1日はこうして幕引きとなった。
MOROHA過去作はこちらにて配信中です
OTOTOY独占のライヴ音源も!!
LIVE SCHEDULE
MOROHA
YAVAY YAYVA RECORDS presents MOROHA 日比谷野外大音楽堂 単独ライブ
2019年7月13日(土)@日比谷公園大音楽堂
開場 : 17:00/ 開演 : 18:00
前売 4500円
その他のライヴはこちらをご確認ください。
立川吉笑
ROUTE寄席〜立川吉笑独演会〜
2019年3月18日(月)@東京ROUTE BOOKS
開場 : 19:00/ 開演 : 19:30
前売 2000円
その他の公演はこちらをご確認ください。
PROFILE
MOROHA
アフロ(MC)
UK(Gt)
2008年結成。
舞台上に鎮座するアコースティックギターのUKと、汗に染まるTシャツを纏いマイクに喰らいつくMCのアフロからなる二人組。
互いの持ち味を最大限生かす為、楽曲、ライブ共にGt×MCという最小最強編成で臨む。
その音は矢の如く鋭く、鈍器のように重く、暮れる夕陽のように柔らかい。
相手を選ばず、選ぶ筈が無く、「対ジャンル」ではなく「対人間」を題目に活動。
ライブハウス、ホール、フェス、場所を問わず聴き手の人生へと踏み込む。
道徳や正しさとは程遠い、人間の弱さ醜さを含めた真実に迫る音楽をかき鳴らし、賛否両論を巻き起こしている。
雪国信州信濃から冷えた拳骨振り回す。
公式HP : http://moroha.jp/
Twitter : https://twitter.com/yavay_yayva
立川吉笑
落語家。1984年生まれ。京都市出身。
立川談笑門下一番弟子。
2010年11月、立川談笑に入門。
わずか1年5ヵ月のスピードで二ツ目に昇進。
古典落語的世界観の中で、現代的なコントやギャグ漫画に近い笑いの感覚を表現する『擬古典<ギコテン>』という手法を得意とする。
気鋭の若手学者他をゲストに迎えた『吉笑ゼミ。』の主宰や、50週間連続独演会の開催(2016年)、渋谷ユーロライブでの本公演など、勢力的に落語会を開催するだけでなく、NHK Eテレ『デザインあ』、ネット配信『WOWOWぷらすと』など各種メディアへの出演。
『中央公論』での「炎上するまくら」、水道橋博士のメルマガ『メルマ旬報』での「立川吉笑の現在落語論」など、書く仕事も積極的に取り組んでいる。2015年には初めての単行本『現在落語論』(毎日新聞出版)を刊行。
などなど、「立川流は〈前代未聞メーカー〉であるべき」をモットーに、縦横無尽に活動中。
公式HP : http://tatekawakisshou.com/
Twitter : https://twitter.com/tatekawakisshou