──で、そのデビューシングル「美しき人/マイ・ウェイ」なんですが、なんとプロデューサーが佐橋佳幸さん(作編曲家/プロデューサーでギタリスト。藤井フミヤ「True Love」などを手がけ、以前は山下達郎のバンド・メンバーとしても活動)。まさか佐橋佳幸さんがT字路sをプロデュースする日がくるとは思いませんでした。
伊東:本当ですよね(笑)。
篠田:僕らが一番びっくりしたと思う(笑)。今まで通りセルフ・プロデュースで作るという案もあったし、プロデューサーも何人か候補がいたんです。そのなかで佐橋さんにお願いすることになりました。もちろん最初にディレクターさんから名前が出てきたときは驚きましたよ。あの佐橋さんですか? って。
──そりゃそうですよね。
篠田:僕らは今、郊外の山のなかにスタジオがあるんですけど、Epicのディレクターさんと佐橋さんがそこに来てくれたんですよ。そこでアレンジの方向性を決めました。
──佐橋さんと想定していた音楽的な方向性とはどのようなものだったのでしょうか。
篠田:佐橋さんが入る前の段階からディレクターさんとはアレンジのテイストについて半年ぐらい意見を出し合ってたんですよ。デモができたら聴いてもらって、それを詰める作業をひたすらやって。ある程度見えてきた段階で佐橋さんに入っていただいて、いろんな音源を共有するなかでさらに詰めていきました。最初は「ナッシュヴィル・トゥ・ロンドン」というテーマがあったんですけど、やってるうちにロンドンの部分が消えていきました。
──そこで消えたロンドン感というのはどのようなものだったのでしょうか。
篠田:ニック・ロウがカントリーの歌手をプロデュースしたアルバムがあるんですよ(カーリン・カーターの『Musical Shapes』および『Blue Nun』)。「こういうのもいいね」という話を佐橋さんとしていたんですけど、徐々にその路線が消えていって。佐橋さんやディレクターさんと音源を共有するなかで、みんなが「これだ」と思ったのはアラバマ・シェイクスでした。
──なるほど。たしかにこの曲の現代的なブルースロック感はアラバマ・シェイクスを思わせます。
篠田:ただ、アラバマ・シェイクスそのままというよりも、あくまでもニュアンスを取り入れるぐらいの感覚ではありましたね。
伊東:「その路線でいきましょう」というよりも「この曲、いいね! 」とキャッキャ話してた感じというか。
篠田:そのなかで僕たちの好みも探っていたんだと思うし。
──イメージを共有することで互いのことを知り、信頼関係を築いていったわけですね。
篠田:そうですね。うちらの音楽はこれまで聴いてきたものが土台になってるし、そこが特徴でもあると思うんですよ。そこを大事に進められたのがよかったです。
自分のど真んなかをやりたいという気持ちがありました
──そして、新生T字路sの一発目として「美しき人」 がリリースされたわけですけど、本当に素晴らしいですね。名曲だと思います。
伊東:やった! ありがとうございます(笑)。
──いつごろに書いたものなんですか?
伊東:去年の夏ぐらいですね。
篠田:最初のデモの段階では本当にいつものT字路sの感じだったんですよ。でも、うちのスタジオで佐橋さんと簡単なデモを録り、それを佐橋さんが持ち帰って他の楽器を入れ、こちらに送ってもらうというやりとりをするなかで少しずつ変わっていきました。
──「美しき人」では斎藤有太さんのピアノと坂田学さんのドラムが入っていますが、T字路sはドラムを入れないことをこだわりにしてきましたよね。
篠田:「美しき人」みたいなブレイク感のあるリズムは以前からやりたかったんですけど、ドラムがいないとなかなかああいうことはできなくて。「だったらドラムを入れるしかないよね」ということで坂田学さんにお願いすることになりました。
──ドラムが入ることで篠田さんのベースも変わってきますよね。
篠田:そうですね。いままではドラムがなかったぶん、妙ちゃんの声のアクセントや歌詞にベースで音をあてていくような癖がついてたんですよ。そういうことを自然にやってたんですけど、ドラムを入れて演奏してみると、そこがズレになっちゃうんですよ。そこを合わせていくのはちょっと大変でした。
──ただ、そのズレを完全になくしてしまうとT字路sらしさがなくなってしまうというジレンマもあったのではないでしょうか。
篠田:うん、ありました。ただ、ドラムがいる以上はズレてるとまずいので、ドラムと合わせながらT字路sらしいベースを弾くやり方を模索しているところです。ドラムの坂田さんはピラニアンズでも叩いてますし、スカタライツも大好きなんですよね。育ってきた音楽が近いので、音を合わせやすいんですよ。
──妙子さんは作詞作曲をするうえでどのようなことを意識していたんですか?
伊東:デビュー・シングルということで、自分のど真んなかをやりたいという気持ちがありました。「美しき人」のテーマである“全力で生きる人の讃歌”って、自分が繰り返し書いてきたことでもあるんですよね。
篠田:初球はストレートから(笑)。
伊東:メロディーもド直球だと思います。めちゃくちゃT字路sらしいものをやろうと考えてたし、佐橋さんに入っていただくことでそれがどんなふうに変身するのか楽しみながら作った感じでしたね。
──じゃあ、歌詞はデモの段階からそれほど変わってない?
伊東:ちょっとした言葉選びについてはディレクターさんからアドバイスをいただいて変えたところもあります。その提案が膝をうつものばかりで。「いいものを作ろう、より伝わるものを作ろう」という目的は一緒だし、そこで熱い球を投げ合うという作業自体がとても楽しかったんです。
篠田:歌詞に関してはこれまで妙ちゃんに任せきりだったんですよ。「どう? 」って歌詞を渡されても「いいねえ! 」で終わり(笑)。でも、今回はディレクターさんとたくさんやりとりがあったのがよかったですね。
──前から聞きたかったんですが、妙子さんの歌は旅立ちをテーマにしているものが多いですよね。今回の「美しき人」 も旅立つ人に向けたはなむけの歌でもあると思うんですが、旅立ちの歌が多いのは、妙子さんが港町である横須賀出身であることとも関係しているんでしょうか。
伊東:そうなのかな? どうなんだろう…みんな旅に出たくなりませんか?
篠田:どうだろうね。でも、関係あるような気もする。
伊東:海のそばで育ったので、ずっと遠くの景色を見ていたとは思いますね。途中から三浦半島の先のほうに引っ越したんですけど、そこでは(対岸の)房総半島がいつも見えるようなところだったんです。
──海の向こう側にいった人たちのことを思うような感覚がどこかに残っているのかもしれないですね。
伊東:なるほど、そうかもしれない。