「ついに日本でやるんだ」──アジアの観客とアーティストたちが〈BiKN Shibuya〉で灯した光

〈BiKN Shibuya〉は2023年の事件だった。11月3日、文化の日。東京・渋谷O-EASTほか6つのライヴハウスを会場とする、“a brand-new asian music showcase” と銘打ったショーケース・フェスティバル。アジアから集まった観客とアジアから集まったアーティストたちが織りなす、これまで経験したことのない空気。新しいことが始まる瞬間に立ち会っているひとびとの静かな興奮。
“BiKN” は “ビーコン” と読む。篝火 (かがりび) や灯台のごとく、そこから放たれる光を受け取ったひとびとに自分たちの在処 (ありか) を知らしめる、基準となる存在だ。あの日〈BiKN〉が渋谷で灯した光は、インディー・ロック・シーンのみならず日本の音楽界全体をも照らすだろう。あの会場で見えたアジアと日本のユニティ (結束) とは、どのようなものか。中心人物の〈THISTIME RECORDS〉代表・藤澤慎介に話をきいた。
〈BiKN Shibuya〉
日程 : 2023年11月3日 (金・祝)
会場 : 渋谷 O-EAST / O-WEST / O-nest / duo MUSIC EXCHANGE / clubasia / 7th FLOOR
出演 : babychair [MY] / Carsick Cars [CN] / cinnamons [JP] / code [HK] / Cody・Lee (李) [JP] / DYGL [JP] / ena mori [PH/JP] / 鄭宜農 Enno Cheng [TW] / evening cinema [JP] / Foi [JP] / FORD TRIO [TH] / Hana Hope [JP] / ヒグチアイ [JP] / Lucie,Too [JP] / Max Jenmana [TH] / Michael Seyer [PH] / Minhwi Lee [KR] / ミツメ [JP] / Nenashi [JP] / Newspeak [JP] / OGRE YOU ASSHOLE [JP] / Say Sue Me [KR] / 淺堤 Shallow Levée [TW] / She Her Her Hers [JP] / Silica Gel [KR] / Soft Pine [TH] / 拍謝少年 Sorry Youth [TW] / Stars and Rabbit [ID] / 落日飛車 Sunset Rollercoaster [TW] / The fin. [JP] / THREE1989 [JP] / Tomii Chan [HK] / Virgin Vacation [HK] / YeYe [JP] / 優河 [JP]
INTERVIEW : 藤澤慎介
〈THISTIME RECORDS〉代表。〈Shimokitazawa SOUND CRUISING〉や〈BiKN〉を主宰する藤澤慎介。現場で会うといつも楽しそうな藤澤だが、〈BiKN Shibuya〉開催前後はちょっとしんどそうだったかもしれない。それはそうだ。日本を含めたアジアの9つの地域から35組のアーティストを日本に呼んで行うショーケース・フェス。誰もやったことがないイベント。どう考えても大変。こんな大変なことをやるには、大きな理由があるはずだ……
インタヴュー&文 : 高田敏弘
写真提供 : BiKN Shibuya 2023
そもそもは僕個人の「怨念」
──まずは、あんな素敵なイベントを開催していただいて、ありがとうございます。個人的にもほんとうに感謝していますし、そう言いたいと思っているひとも多いと思います。
藤澤慎介 (以下、藤澤) : ありがとうございます。そう言っていただけるとほんとうに嬉しいです。
──あの日、会場にいたひとたちの静かに興奮したあの雰囲気。声を上げて盛り上がるのではなく、皆が胸のうちに感動を秘めている感覚は、ひさしく味わったことがありませんでした。
藤澤 : ありましたよね、絶対。
──会場で知り合いに会うんですけど、顔を合わせるたびに「いいイベントだねー」と言いあってました。「いいイベントだよね」「なに観た?」「〇〇と〇〇」「次は?」「〇〇」「じゃあねー」といって別れて、2時間後にまた会って「ほんとにいい日だね」って。会場で会わなかったひともX (Twitter)でやたら興奮したポストをしているのを見かけるとか。そんな感じで。
藤澤 : よかったです。僕も、信頼してるひとや、いつも現場で会うひとたちが、やっぱり来てくれてたなっていうイメージがあります。

──〈BiKN Shibuya〉については開催前に藤澤さんにお話を伺ったインタヴューが他媒体にいくつか掲載されています (本記事末尾にリンク集を掲載)。このインタヴューは開催後にあらためてお話を伺うという趣旨です。
事前インタヴューで藤澤さんが言われていた〈BiKN Shibuya〉開催の動機は、アジアの結束 (ユニティ) から日本が取り残されている「危機感」、そしてその結束に加わることで生まれる「希望」だとおっしゃっていました。イベントを終えたいま、あらためて開催を決意した動機をきかせてください。
藤澤 : そもそもに立ち返って考えてみると、僕個人の「怨念」というか。うち〈THISTIME RECORDS〉はもともと洋楽系のレーベルとして始まっていて、そこから海外志向の日本のバンドのリリースとか流通とかマネジメントをお手伝いしてきました。そういったバンドが、世界でも通用するのに日本のなかではマイノリティの、いわゆるインディーズの扱いなのはなんでだろう? みたいな。
考えてみると単純に需要と供給の話なんです。極端に言えば需要がない。だけどクオリティは高い。それが世界に行ったときにまわりと比較した上で実感できる。自分が好きって言ってたものは、やっぱり良いものだったんだ、このレベルにあるぞ、とわかる。そしてアジアに行くとその気持ちがより強くなる。重要な位置に日本のバンド達もいる。アジアのひとたちは面白いし、なんか近しいことやってるアーティストがアジアのほうが多い。それも謎っていえば謎なんですけど(笑)。
そういった、やる前に間違いないだろって思っていたことが、やってみてやっぱり間違いなかった。
──いわゆる「洋楽」と「邦楽」という構造があって、そこで「アジアの音楽」というとき、それは洋楽の一部なのか、それとも三極構造なのか。どう理解していますか?
藤澤 : 基本はまだ三極構造だと思います。でも僕、去年の〈サマーソニック〉でマネスキンの盛り上がりをみたとき、結構、衝撃で。
──あのマネスキンはほんとうに衝撃でした。しかもイギリスでもアメリカでもない。
藤澤 : イタリアじゃないですか。でもこんなに熱狂できるひとがいる。やっぱいるんだって。そのとき、なんか “混ざる” なって思ったんです。その混ざるなって感覚、実はいままで一度もなかったんです。
もちろんこれまでも海外に進出するひとはいて、逆輸入的な事例が増えることで垣根がなくなるとか言われてきたけど、それはあくまでも個別の話で構造が変わるわけじゃない。すこし前までは絶望もあったんですよ。ほんと離れちゃったな、みたいな。でも絶望から逆に、いま、めちゃめちゃ近いんじゃないかって。
──開催直前に藤澤さんがXで「あのイベントちゃっと早すぎたね、とかになりたくねえなー。この先は手遅れって感覚だから」ってポストしてました。
藤澤 : そんなこと言ってましたか(笑)。
──これ、ものすごく分かるんです.いままでなかったものだから「早すぎる」と言われるのは当たり前。この先は手遅れというのもその通りで。どうしてかというと、〈BiKN Shibuya〉は、この2023年にあってしかるべきタイミングだったんじゃないかと。なんで今年だったんですか?
藤澤 : 早いに越したことはなかったんですけど、やっぱりね、やるのは大変。うちが今年レーベル20周年なので、そこに合わせたって言いかたもできたんですけど。なんにせよ日本に落とし込まなきゃいけないじゃないですか。ただ海外のアーティスト集めりゃいいだけじゃない、ってなったら大変です。アジアからだ、といっても世界で一番人口が多いし、かつ、とんでもなく広い地域で。すべてルールも事情も違う。
編集部注 : アジア地域に住むひとびとが世界人口の6割を占めている。
とにかくある程度の理想を実現しないと一発目はできないな、最初はちゃんとしないといけないな、と思ってました。何年か掛けての計画的な理想もありつつ、やっぱり一発目でデータをしっかり取りたいという。
もともとうちでやっていた〈Shimokitazawa SOUND CRUISING〉で海外のバンドを5, 6組呼ぶことは、これまでもあったんですけど、それはあくまでも日本のイベントがあって、日本のお客さんがいて、日本のアーティストがいて、そこにゲストとして呼ぶ、ですから。〈BiKN Shibuya〉はそれをぜんぶひっくり返して、お客さんが誰かもわからないというなかで、なにが起こったか原因や理由がわかるように、しっかりやらなきゃダメだという気持ちで。
──データは取れましたか?
藤澤 : そうですね。詳細は言えないですけど、お酒飲んだらぜんぶ話してます(笑)。
──いちばん気になるのは来場者の内訳です。
藤澤 : ざっくりですけど、インバウンド、つまりこのために海外から日本に来たひと、たまたま来る予定があって計画に入れたひとも含めてでしょうけど、それが2割くらい。日本でチケットを買ったのは、日本人とそれ以外が半々くらいです。
──来日外国人が2割、在日外国人が4割、在日日本人が4割だとすると、6対4で日本人が少数派ということですね。それはすごい。地域別のデータはありますか?
藤澤 : 台湾とタイからのかたが多いです。中国からのかたももちろん多い。

音楽関係者から馬鹿かって言われた
──公式ページの一番下に「後援」が書いてありますが、いくらか補助は出たんですか?
藤澤 : いや、全然出ないですね。
──まじですか。
藤澤 : ただ関係各所に協力していただいて、ちゃんと渋谷区なりに公認してもらえたのはとても大きなことでした。〈BiKN〉をやる上で「渋谷」という日本を代表する街のカルチャーや名前を強く意識していたので。ただ繰り返すと補助はないです(笑)。
──公的援助はゼロ?
藤澤 : ゼロです。落ちたんですよ、ライヴエンタメの活動支援・コンテンツ産業の海外展開促進みたいな補助金。海外のアーティストのほうが数が多いからダメだって。
──最終的には海外勢が18、日本が17アーティストでした。
藤澤 : 絶対にアジア勢を過半数以上にするって決めてたから。要項にはたしかに、関わる過半数が日本国民じゃないとダメって書いてあるんです。でも日本でやるんだからスタッフとか入れたらどうやっても過半数になるじゃないですか。文句は言ったんですけど、まあダメでしたね。審査の採点表みたいなのがあって、それはほぼ満点だったんですよ。イベントが2回目以降だと有利という項目があってそれ以外は満点。でも駄目だと。日本発のイベントとは認められません、ということでした。世界への接点しかないイベントなのに。まぁ恨み節ですね。
──今回の〈BiKN〉のような構造を想定していないんでしょうね。国内ライヴエンタメ活動の支援、コンテンツの海外展開支援、文化交流、インバウンド促進……みたいなそれぞれの枠組みの補助金はあるけど、それが混ざったイベントになってしまうと、どれも対象外になってしまう。
藤澤 : そうです。でも、現場を見ないお役所的なひとたちからしたら、たしかに、このイベントは一体なんやねん、な気もするしね。
──そうなんですよ。私も告知を見たときに「これは絶対に行かなきゃいけない」というところまではわかったけど、これがなんなのかを理解したのは、実際に会場に行ってからでした。
藤澤 : なるほど。行くまではなんやねんだった。いや分かるけどさ。そりゃね、そうなんですよ。だから僕も普段はやらないんですけど、こういうインタヴューに対応したり。でも大手メディアは来なかったですね。びっくりするくらいスルーだった。やっぱり分からないひとには、まったく分からない。チケット代も8,900円で、発表したときに音楽関係者から馬鹿かって言われたんですよ。高いって。こっちからしたら、いやいやいや、いまアジアで一番イケてるアーティストを観れてこの値段だよ? って思うし。日本で同じようなサーキット形式のイベントは4〜5,000円前後だから、日本の常識でやってればそうかもしれないけど。
