みんなが違った感覚のままで暮らしていくにはどうすればいいか?

見汐:2019年に掲載されたインタビューで、イ・ランさんが「私のつくるものは日常的に自分の人生を生きていながら、感じていることをただ綴っていくだけのことだと思っています」と話していたのが印象的でした。それは今も変わらないですか?
イ・ラン:変わっていません。私は、社会の仕組みにうまくなじめずに生きている人がたくさんいると思っていて、そのなかで表現者という職業を持てたことは本当にありがたいことだと感じています。
私と似たような感覚を持ちながら企業に勤めている人は、職場で衝突が起こるたびに「変わってるよね」と言われて、自分でもそう思うようになってしまう。そうやって精神的に追い込まれてしまうことがあると思うんです。
見汐:私は自分自身を変わっている人だと思ったことはないけど、10代の頃は他人の物差しで見ると「普通はそうじゃない、そう考えない」と諭されて話が続かないことも多かったです。その都度自分の発言や行動そのものが間違っているのか?と考えては窮屈になっていくことがアホらしくなり、それ以降自分が心地よく在れる場所を作ることにすごく真剣に向き合ってきた結果、今の暮らしがあるけれど、未だに思うのは勤め人として働くことは皆、当たり前に出来ているように思うかもしれませんが、誰にでも適応する(仕事の)やり方や在り方ではないと思っています。それは「好きなことを仕事にすべき」ということでもないんですが。
イ・ラン:でも難しいのは、会社勤めしている人に「芸術家になれ」と言うわけにはいかないということですよね。みんながそれぞれ違った感覚のままで暮らしていくにはどうすればいいかと考えると、どうしても社会の問題に突き当たるんです。その問題を時間とエネルギーを使って考えるのが芸術家の仕事だと思っています。
ただ、私のように社会に向けてメッセージを発する芸術家は、韓国でもほとんどいません。芸術家がアート以外のことをすると攻撃されやすいんです。だからみんな、自分にはできないようなことをしていたビート・ジェネレーションの詩人やミュージシャンに憧れるのかもしれません。
私は、「社会的じゃない表現」なんて存在しないと思っています。結局みんな伝えたいことがあるから詩を書いたり、歌を作ったり、踊ったりして表現すると思うんですよね。
見汐:私は自分を、社会的メッセージを表立って発信する表現者とは思っていなくて。自分の音楽に限っていえば作品を聴いてくださる人達が腰を振って踊ったり、笑い合ったりお喋りするきっかけになる位で充分じゃないかと思います。そうした娯楽や遊びの延長上にも社会や他者を知る為の入り口があると思っています。(聴く人にとって)たかが音楽であってもいいし、されど音楽であってもいい。時として人の言葉より、一瞬で胸ぐらを掴まれる理屈じゃない魅力が音楽にはある。私の場合、作品を作る上で音楽が必ずしも時代(社会)を映す鏡でなければいけないとは思いません。
ただ、この世の中で暮らしている以上、100パーセント社会と断絶しきった表現ができるのか?とは考えます。そうするには世捨て人として生きる、何をも介在させない位の強靭な自意識が必要なのか?逆に自意識なんてしょうもないもの、全く不要なのではないかなどと考えることがあります。
合理的、コストパフォーマンスなどと言われるものから最も遠い所にあるものが音楽だと思うし、そうあってほしい。そういう風に考えている私のような人間でも不自由さを感じず細々とであれ生きていけるという意味では、厳しい社会の中にもある種の許容があるのかな、と感じたりもします。

イ・ラン:最近、台湾のメタル・バンドでボーカルをやっている人と作品を作ろうとしているんですが、その人、実は国会議員を二度務めていて。同性婚を認める法律を作ったり、多様な境遇の人が生きやすくなる法律の制定に尽力してきた人なんです。
芸術家は「表現することに徹するべきだ」と言われることもありますが、私は「どう生きるかを考えること」が芸術家の役割だと思っています。そして、国会議員になって法律を変えていくというのも、そのひとつの方法なんじゃないかと思っています。
芸術家が忘れてはいけないのは、「パンツを脱ぐこと」。つまり、裸の自分でそこにいる感覚を大事にすること。そして、社会とズレているという自覚を持って生きることです。社会と合わない感覚を持っている人がたくさんいると知っているからこそ、芸術家という仕事は無関心な人間であってはいけない仕事だと思います。
見汐:それはすごく大切なことだし、とても共感します。ただ、実際は無関心な人のほうが多い気もします。どう生きるかを考える以前、どうやって生きていけばいいのかを悩んでいる人が多いようにも思います。イ・ランさんが言うように裸の自分でそこにいる感覚を大切にしている人に対して寛容じゃない、受け入れるだけの度量がどんどん狭くなっていっているなとも思います。
イ・ラン:すべてを知ることは私にもできないけど、何かを作りたいという最初の動機は、「かっこいいものを作りたい」という気持ちだと思います。そこでなにを表現するかということを考えると、結局社会問題に立ち返ると思うんです。誰かに何かを伝えたいと思ったら、自分に対しても周りに対しても無関心ではいられなくなる。初めは麻衣さんのように、自分自身と対話を繰り返すことで自分のことを理解することに時間をかけて、そのプロセスがあるからこそ、自然と今自分が生きている社会や環境に目が向いていくんだと思います。
見汐:イ・ランさんは社会の中での自分の役割が明確なんだと思います。芸術=特別なことではなく、「仕事」として受け止めている感覚が強いんだと思います。仕事とは、私にとって自分の意志で「仕える」、「従事する」ということです。他者にやらされていることではない。そういう意味では仕事をしているという感覚は私の中にはないし、(仕事が)嫌だなと思うことも少ないです。
一般的に「芸術」と聞くと高尚なもの、特別なものとして認識されているように思います。実際、そうあって欲しいと感じる私もいます。私のような凡人なんかには理解できない圧倒的な物を見たい、聴きたい読んでみたいとも思うからです。ただ、仕事とはどこか切り離されて考えられることも多いけれど、(自分のやっている)音楽に限って言えば私は特別なものだと思っていなくて、食べていくために選んだ仕事という認識です。趣味でもありません。「言い方なんてなんでもいいじゃないですか」という人もいますが、自分の人生、生き方を具体的に捉える為にはそういった言葉、言い方は自分にとってとても重要であると思っています。
イ・ラン:私も10代の頃は芸術は特別なものだと思っていました。家を早くに出て、大学はローンをもらいながら通って、生活費を工面するためにレストランのキッチンで働いていました。そのとき一緒に働いていたお姉さんたちを見ていて、「みんな何かを作っているだけなんだな。自分もそうだ」と気づきました。それ以来、芸術が他の仕事比べて特別だという感覚はなくなりましたね。
見汐:イ・ランさんの言葉や所作ひとつとっても、音楽や本、作品になっていなくても、ちゃんと人に届いているなと感じます。ただそこにいるだけで、もう仕事になっているというか。今日話したこの時間でさえ、私にとってはカウンセリングのような感覚がありました。他者を心地よくさせる不思議な人ですね。
そして、イ・ランさんのまわりにはきっとそういう話を構えずフラットにできる環境があるんだろうな、もしくはそういう場所を自ら作ってきたんだろうなと感じて、改めて尊敬しています。誰かの話に耳を傾けるということは時間もエネルギーも必要だし、こちらも毎日がいいコンディションではないし場合によっては難しいことだと思うんです。それでもそういう場所を築けていることに、ただただ尊敬します。
イ・ラン:ありがとうございます。最後に、今日話したいと思っていたことがひとつあります。「口語の美しさ」というものが必ずあるということです。人間は書くことよりも話すことのほうが先でした。今日のような対話もそうですが、独り言も大事だし、“話すこと”に宿る美しさを最後に伝えたいです。

対談を終えて
言葉は理解を深める為、意味を伝える為にあるだけではなく、わからないことをわからないままに発した先、つづれ織のように編まれることで改めて自身の問題、皆んなで考えなければいけないものごとやその本質が見えてくるものなのかもしれないと思うと、なんでもいい、“話しをする”ことほど尊いものはないと思いました。共感や同意を得るというより、解り合えないことを炙り出していく行為でもあると思いました。「解り合えなさ」が、他者との距離を縮めることもあります。イ・ランさんとのお喋りはカウセリングを受けているような時間でした。次回お会いする時は、一緒に演奏ができれば嬉しいです。(見汐)
フォトギャラリー
撮影 : 安仁
イ・ラン ライブ情報

SHAME (Lang Lee Japan Tour 2025)
2025年9月27日(土)東京 東京キネマ倶楽部
出演:イ・ラン with オンニ・クワイヤ(10編成フルバンド)
開場 16:00 / 開演 17:00
前売 ¥8,000 / 当日 ¥8,500
【税込、ドリンク代別、全席自由・整理番号順でのご入場】
チケット:e+(イープラス)
制作・問い合わせ:株式会社シブヤテレビジョン
(電話:03-6300-5238|平日 12:00〜18:00)
2025年9月28日(日)東京 東京キネマ倶楽部
出演:イ・ラン with オンニ・クワイヤ(10編成フルバンド)
開場 16:00 / 開演 17:00
前売 ¥8,000 / 当日 ¥8,500
【税込、ドリンク代別、全席自由・整理番号順でのご入場】
チケット:e+(イープラス)
制作・問い合わせ:株式会社シブヤテレビジョン
(電話:03-6300-5238|平日 12:00〜18:00)
2025年9月30日(火)名古屋 港文化小劇場
愛知県名古屋市港区港楽2丁目10-24
出演:イ・ラン with イ・ヘジ(チェロ)
開場 18:00 / 開演 19:00
前売 ¥4,500 / 当日 ¥5,500
*その他、各種割引料金あり
【税込、全席自由・整理番号順での入場】
チケット:パスマーケット(PassMarket)
共催・制作・問い合わせ:Minatomachi Art Table, Nagoya [MAT, Nagoya](info@mat-nagoya.jp)
2025年10月1日(水)京都 京都文化博物館 別館ホール
京都府京都市中京区三条通高倉
出演:イ・ラン with イ・ヘジ(チェロ)
開場 17:30 / 開演 18:00
前売 ¥6,000 / 当日 ¥6,500
【税込、全席自由・整理番号順での入場】
チケット予約:Cow and Mouse(cowandmouse489@gmail.com)
公演概要ページ:Cow and Mouse(https://www.cowandmouse.info/langlee-2025)
共催・制作・問い合わせ:Cow and Mouse(cowandmouse489@gmail.com|080-3136-2673)
2025年10月3日(金)東京 キリスト品川教会
東京都品川区北品川4丁目7-40
出演:イ・ラン with イ・ヘジ(チェロ)
開場 18:00 / 開演 19:00
前売 ¥6,000 / 当日 ¥6,500
【税込、全席自由・整理番号順での入場】
チケット:e+(イープラス)
制作・問い合わせ:株式会社シブヤテレビジョン
(電話:03-6300-5238|平日 12:00〜18:00)
*全公演、日本語訳詞をリアルタイムで映写いたします。また、車椅子をご利用されるお客様用のスペースをご用意しております。その他、介助をご希望のお客様は、事前に該当する公演の問い合わせ先へご連絡ください。
*保護者同伴に限り未就学児入場可
*小学生以上:要チケット
イ・ラン 新刊情報
イ・ラン『声を出して、呼びかけて、話せばいいの』
稀代のアーティストによる「家族」をめぐる書き下ろしエッセイ集。日韓同時発売。
著者:イ・ラン
仕様:四六判 208ページ
翻訳:斎藤真理子
価格:1,980円(税込)
発売日:2025年9月25日(木)
出版者:河出書房新社
PROFILE:イ・ラン
韓国ソウル生まれのマルチ・アーティスト。
2012年にファースト・アルバム『ヨンヨンスン』を、2017年に第14回韓国大衆音楽賞最優秀フォーク楽曲賞を受賞したセカンド・アルバム『神様ごっこ』を2016年にリリースして大きな注目を浴びる。2021年に発表したサード・アルバム「オオカミが現れた」は、第31回ソウル歌謡大賞で「今年の発見賞」を受賞、第19回韓国大衆音楽賞では「最優秀フォーク・アルバム賞」と「今年のアルバム賞」の2冠を獲得するなど絶賛を浴びた。
さらに、エッセイ集『悲しくてかっこいい人』(2018)や『話し足りなかった日』(2021)、コミック『私が30代になった』(2019)、短編小説集『アヒル命名会議』(2020)を本邦でも上梓し、その真摯で嘘のない言葉やフレンドリーな姿勢=思考が共感を呼んでいる。
■X : https://x.com/langleeschool
■Instagram : https://www.instagram.com/langleeschool/
見汐麻衣 ライブ情報

440(four forty) presents 2man live
lakeと児玉奈央 × 見汐麻衣 with Goodfellas
2025年9月29日(月)下北沢 440(four forty)
出演:lakeと児玉奈央 , 見汐麻衣 with Goodfellas
開場 19:00 / 開演 19:30
前売 ¥3,500 / 当日 ¥4,000 (1D¥600別)
チケット:e+(イープラス)
見汐麻衣 with Goodfellas members
見汐麻衣 Vocal,Electric Guitar
大塚智之 Bass
坂口光央 Keyboard,Synthesizer
増村和彦 Drums,Percussion,etc
lakeと児玉奈央 members
児玉奈央 Vocal
長久保寛之 Guitar
伊賀航 Bass
北山ゆう子 Drums
加藤雄一郎 Sax
見汐麻衣 新刊情報

見汐麻衣『寿司日乗 2020▷2022東京』
本書は、見汐が自身のnoteに書き留めているライフログ『寿司日乗』の中から再編した2020年~2022年、3年間の日記集。平穏無事な毎日がコロナ禍によって一変し、突如東京の街も人も深閑とした面持ちで過ごす時間が増えた時期を、暮らしの圏内をぐるりと見渡しながら静かに綴った日々の記録が収められている。
デザイン・装画は音楽家、アートディレクター/グラフィックデザイナーとして活躍するBIOMANが担当。
著者:見汐麻衣
仕様:B6版 ZINE 280ページ
デザイン・装画:BIOMAN
編集:見汐麻衣・BIOMAN
価格:1,500円(税込)
発売日:2025年5月11日(日)
発売元:Lemon House Inc.
https://lemonhouse.official.ec/items/105276574
PROFILE:見汐麻衣
シンガー / ソングライター
2001年バンド「埋火(うずみび)」にて活動を開始、2014年解散。2010年よりmmm(ミーマイモー )とのデュオAniss&Lacanca、 2014年石原洋プロデュースによるソロプロジェクトMANNERSを始動、2017年にソロデビューアルバム『うそつきミシオ』を発売後、バンド「見汐麻衣 with Goodfellas」名義でライブ/レコーディングを行う。
ギタリストとしてMO'SOME TONEBENDER百々和宏ソロプロジェクト、百々和宏とテープエコーズ、石原洋with Friendsなど様々なライブ/レコーディングに参加。また、CMナレーションや楽曲提供、エッセイ・コラム等の執筆も行う。2023年5月、初のエッセイ集『もう一度 猫と暮らしたい』(Lemon House Inc.)を発売。
■HP : https://mishiomai.tumblr.com
■X : https://x.com/mishio_mai
■Instagram : https://www.instagram.com/mai_mishio
■note : https://note.com/19790821
■Bluesky : https://bsky.app/profile/maimishio.bsky.social